第117話 帝都オルフェニア
ミズトは、屋敷にある馬車や荷車をかき集め、囚われていた人々と拘束した野盗、総勢百人ほどを引き連れ帝都オルフェニアへ向けて移動していた。
(なんで受刑者の護送みたいなことやらされてんだ、俺は……)
隊列の最後尾を歩きながら、ミズトは愚痴をこぼした。
【仕方ありません。野盗を置いて行くわけにもいきませんし、囚われた人々に任せるわけにもいきません】
(そうなんだろうけど、だからってエドガーだけ馬で先に帝都へ行きやがって)
【それも仕方ありません。ミズトさんは帝都オルフェニアへ行ったことがありませんし、この件を衛兵に伝えるのはフェアリプス王国騎士のエドガーさんの方が適任です】
(それもそうなんだろうけど……)
理屈ではなく、ミズトはただ子守りみたいなことが嫌なだけだった。
しかし、そんな我慢を強いられたのは一日だけ。
野盗の拠点だった屋敷から帝都オルフェニアへは馬車で二日ほどかかるが、出発した翌朝には、エドガーから報告を聞いた帝都の衛兵たちと合流することができ、ミズトは子守り役から解放された。
「一つお伺いしますが、報告に行ったエドガーさんがどうされたかご存知でしょうか?」
ミズトは合流した衛兵の一人に尋ねた。
「エドガー? ああ、あの王国騎士か。さあな。そのまま帝都に入って行ったが、どうしたのかは知らんな」
「そうですか、分かりました。ありがとうございます」
(なんだあの野郎、戻ってもこないで)
【戻らず先に帝都でクレアさんを捜索した方が効率的です】
(まあそうなんだろうけど……)
ミズトは野盗たちを衛兵に任せ、走って帝都オルフェニアへ向かった。
*
世界最大の国家、レガントリア帝国。その帝都オルフェニアはミズトの想像を越える大都市だった。
都市を囲む防護壁は高層ビルのように高く、巨人の進撃にも耐えうるほど堅牢さを感じさせる。
そして、その壁の向こう側には、大都会東京を彷彿する密集した建築物が広大に続いており、遠くからでもその姿を望むことができた。
また、フェアリプス王国の王都ルディナリアとは異なり、城を中心として道が放射状に延びているのではなく、碁盤の目のように道が縦横に整然と配置され、帝都の入口から最も奥に巨大な宮殿が建てられていた。
その洗練された大都市からは、巨大な権力の印象をミズトは受けた。
さらに帝都に近づくと、その壮大さがより一層ミズトを圧倒した。
巨大な石造りの門が空高くそびえ立ち、門の両側には、精巧な彫刻が施された塔があった。その頂上には赤い旗が風に揺れている。
そして、強大な力を誇示するような大きな門の前には、たくさんの人が帝都へ入るために列をなしていた。
「異界人のくせにA級冒険者だと?!」
散々並んだミズトが冒険者ギルド証を衛兵に提示すると、あからさまな不快感を浴びせられた。
「はい、幸運にも多くの支援を受け、A級冒険者になることができました」
ミズトは丁寧に答えた。
「当たり前だ! 異界人程度が実力でA級になれるわけないだろう! まったく、どれだけ幸運に恵まれたんだかな!」
「恐縮です」
「冒険者ギルドも冒険者ギルドだ! 名誉あるA級冒険者に異界人とか、いったい何を考えてやがる!」
(異界人を嫌うのは勝手だが、そんなのいいから通してくれねえかな)
【この方は自分より待遇の良い異界人のミズトさんを妬んでいるようです】
(まあ、そういう感情も分からなくはないが…………面倒くせえなぁ…………)
ミズトはそれから五分ほど衛兵の感情を浴びて、やっと解放されることになった。
「いいか、異界人! A級だからって勘違いするんじゃねえぞ! お前らはあくまで異界から来たよそ者だ! 人様の世界で迷惑かけるんじゃねえぞ、分かったな!!」
「はい、肝に銘じたいと思います」
(ってか人様に向けて指を差すんじゃねえよ)
ミズトは衛兵の指をちょん切ってやろうかと思いながら頭を下げ、目を合わせないようそのまま帝都内へ入って行った。
「ミズト、やっと来たか」
門を抜けると、数分もしないうちにエドガーが声を掛けてきた。
「エドガーさん?」
この広大な都市で、行き交う無数の人々の中から、エドガーが自分を見つけ出したことに、ミズトは驚いた。
「野盗の件は片付いたようだな」
「はい、呼んでいただいた衛兵の方々に引き渡しました。それよりも、クレアさんの行方はいかがでしょうか?」
「いや……こうも広いとな……。ミズト、悪いが冒険者ギルドで情報収集を頼む。それに、クレア様を救出したのが異界人なら、お前の方が捜しやすいかもしれんしな……」
(ん? なんか煮え切らない言い方だな)
【この広大な帝都で、手掛かりを見つけることが難しいと感じているようです】
(なるほど。生真面目なこの騎士が絶望するほどデカい街だからな)
「承知しました。闇雲に捜して見つかるような街ではなさそうですし、まずは冒険者ギルドで手掛かりを確認しましょう」
「ああ……頼む……。冒険者ギルドはこっちだ」
エドガーは暗い表情で言い、ミズトに背を向けて歩き出した。