第114話 入国審査
(ああ……マジ疲れた……。何もしないって、こんなに疲れるとは……)
船が港町エルポートに着くと、ミズトは憔悴した表情でタラップを降りた。
【精神攻撃無効のスキルを持つミズトさんが、精神的疲労状態に陥っているようです】
(まあ、中身は普通のおっさんだからな……。もう船はいいや。なあ、エデンさん、この世界は馬車か船以外の移動手段ってないのか?)
【一般の方の移動手段は他にありません。特殊な例として、ワイバーンのような騎乗可能なモンスターと従魔契約を結ぶことや、飛行魔法や転移魔法という手段が挙げられます】
(へえ、そういうのもあるのか。今度、冒険者ギルドから魔法書の入手方法を買ってみるかね)
魔法の移動手段には興味を持った。
「入国審査はこっちだ! 順番に並べ!」
小さなテント前にいる兵士が、強い口調で声を上げた。
今までミズトが旅をしてきた場所は、あくまでフェアリプス王国という国内だけの話。
ところが今回は海を渡り他国へやって来たのだ。前の世界でもそれなりに厳しい入国審査はあった。こちらの世界でも入国となると厳しい審査があって当然なのだ。
船から降りた人々は皆、声を上げた兵士のいるテントに並び始めた。
ミズトもエドガーに習い、列の後ろについて順番を待った。
「次の奴、こっちだ」
テントの中には三つの審査受付があり、ミズトは十五分ほど待つと、真ん中の受付に呼ばれた。
「貴様、異界人だな?」
「はい、そのように呼ばれています」
不快さを隠そうともしない受付の男に、ミズトは愛想よく返事をした。
「ヘラヘラしたガキだな。ほら、さっさと乗船券を見せてみろ」
「乗船券ですか?」
ミズトはそんなもの渡された覚えがなかった。
もしかしたらエドガーが二人分持っているのかもと、彼の姿を探したが、すでに審査を終えテントから出ていた。
「おいおい、異界人のガキ。貴様、まさか無賃乗船か? 異界人がそんなことしたら、どうなるか分かってんだろうな?」
受付の男が合図をすると、近くにいた兵士が剣を抜いた。
「ちょっとお待ちください。同行者が持っているのかもしれません。連れてきてもいいでしょうか?」
入国して早々、早速トラブルが起きてミズトは面倒な気分になってきた。
「はぁ? 貴様以外に異界人など乗っていなかったぞ。いい加減なことを言うと、この場で処罰するぞ!」
(はぁ、じゃねえよ。それを言いたいのはこっちだ)
「いえ、異界人ではなく――――」
【ミズトさん、船には乗船券ではなく、冒険者ギルド証で乗船されたのをお忘れでしょうか?】
(ああ、そういうことか……)
「申し訳ありません、勘違いでした。乗船券ではなく、私は冒険者ですので冒険者ギルド証で乗船しておりました」
「冒険者だと? 笑わせるな! そんな格好した冒険者がどこにいるってんだ!?」
受付の男は持っていたペンでミズトを指した。
ミズトは武器以外の装備を気にしたことがない。
いつも何の変哲もない布の服を着ていて、杖を持っていないと冒険者には見えないのだ。
長い船旅を終えたばかりのミズトは、唯一の装備である杖もマジックバッグに入れたままだった。
「失礼しました。船の中では不要でしたので、装備はしまったままでした」
ミズトはエレメントリウムの杖と冒険者ギルド証を取り出した。
「マジックバッグだと? 生意気な異界人だ――――。ん? なんだ、これは?」
受付の男は虹色の冒険者ギルド証を受け取りながら言った。
「冒険者ギルド証になります」
「ハッハッハッ! こんなカラフルな冒険者ギルド証があるわけないだろ! しかもA級だと? 偽装するならもっと上手くやるんだな。異界人が、笑わせてくれるよなぁ?」
受付の男がそう言うと、周りにいた兵士も声を上げて笑い出した。
「どうした? 何事だ?」
奥から少し年配の兵士が姿を現した。
「隊長、聞いてください。この異界人、こんな偽物の冒険者ギルド証を見せて、よりにもよってA級冒険者を名乗りやがったんです」
受付の男は、持っていたミズトの冒険者ギルド証を、現れた年配の兵士に見せた。
「なっ!? ちょ、ちょっとよく見せろ!」
年配の兵士は冒険者ギルド証を奪って確認すると、
「この馬鹿者が!! これは本物のA級冒険者ギルド証だ!」
「…………はい?」
「世界に数人しかいないA級冒険者のみに所持が許された、虹色に輝く冒険者ギルド証をお前は知らんのか!? それに、フェアリプス王国で異界人の冒険者が、A級に昇級したと話題にもなっておったぞ!」
「そ……そ……そんな……」
「たいへん失礼しました。A級冒険者殿を疑ってしまい謝罪します。まだお若いのでうちの者も信じられなかったようです」
年配の兵士が冒険者ギルド証をミズトへ直接返した。
「いえ、気にしていませんので。もう行っても構わないでしょうか?」
「もちろんです。この世界に、A級冒険者が入れない国はありませんので」
「そうですか。では私はこれで」
ミズトは色鮮やかな冒険者ギルド証に一度視線を向けると、そのままテントを後にした。
「ミズト、遅かったな。何かあったのか?」
テントの外では、フェアリプス王国騎士のエドガーが待っていた。
「いえ、特になにも」
「そうか、ならいい。それよりもこれからだ。闇雲に探し回るわけにもいかないだろう。まずは情報を集めるぞ。お前はギルドで頼む。俺は酒場などで聞き込みをしてみようと思う」
「分かりました。クレアさんの行方に関係しそうな情報がないか聞いてみます」
二人は近くの宿を取ると、すぐに別行動で情報収集にあたった。