第109話 深淵からの帰還
王都ルディナリアでは珍しく雨が三日続いたある日、フェアリプス王国の王城、ルディナリア城内にある玉座の間に緊張が走った。
国王セドリック四世が王国騎士団の出撃を命じたからだ。
「お待ちください、陛下! 騎士団を動かすのは、どうかご再考ください! ましてや騎士団長を向かわせるなど!!」
フェアリプス王国の執政官、ヘンリー・ハミルトン公爵は慌てて進言した。
「ハミルトン卿よ、これは緊急事態だ。王国で最も信頼を置けるものを行かせるしかないだろう」
国王セドリック四世は玉座に座ったまま言った。
彼は髪と同じ茶色い髭を大量に蓄えているが、ハミルトン公爵より十歳以上若く、まだ四十台前半だった。
八年前に父王を亡くし、若くして王位を継いでフェアリプス王国を支えてきた名君として、王国民から慕われている人物だ。
そんな国王セドリック四世に意見を言えるのは、先代の王からも信望の厚かったハミルトン公爵ぐらいだった。
「しかし、それでは帝国を刺激してしまいます! レガントリア帝国の皇帝がこのアウロラ大陸に興味を示したという噂もございます! 今は、かの帝国に我が王国へ関与させる口実になるような行動は控えるべきです!」
「おぬしの言いたいことももちろん分かるが…………ではどうすれば良いと言うのだ? このまま放っておくわけにもいかぬだろう」
「それは……」
ハミルトン公爵は言葉を返せなかった。
「陛下、発言をお許しください」
ハミルトン公爵の横で控えていた、フェアリプス王国騎士団長リック・ラングレーが声を挟んだ。
「リックか。良い、申してみよ」
「はっ。陛下は先日派遣された『テルドリス遺跡』の合同討伐についてはご存知でしょうか?」
リックは膝を着いたまま、顔を上げて言った。
「テルドリス遺跡? たしかB級以上の冒険者による討伐隊だったか?」
「はい。最初の討伐隊は失敗しましたが、二十日ほど前に第二次討伐隊が討伐に成功しております」
「ああ。あれは勇者パーティが参加したからな」
「それが、あの討伐で最も貢献度が高かったものは、別の冒険者だったという話です」
「ほお、勇者を差し置いてか。A級冒険者でも参加していたのか?」
「いえ、その冒険者は異界人のB級冒険者でした」
「異界人の冒険者? リックよ、おぬしは何が言いたい?」
国王セドリック四世は、少し興味を持ったのか上半身を傾けた。
「その異界人というのが、うちのエドガーと、クレア王女の知り合いのようです」
「なに? なぜそのような者とクレアが知り合うのだ?」
「それは、先日クレア王女が冒険者の真似事をされていた際に、その者とパーティを組んだと言っています」
「あの戯れでそのようなことが……」
「はい。そしてその者は勇者参加の討伐隊において最も貢献するほどの実力を持ち、冒険者ギルドからはA級への推薦状も届いております」
「リック、おぬしまさか」
「王国騎士でもエドガー一人ぐらいなら何の問題もないかと」
「なるほど、託してみる価値があると言うのだな? よし、エドガーを呼ぶのだ!」
国王セドリック四世は立ち上がると、張りのある声を玉座の間に響かせた。
*
『無限迷宮』
それはフェアリプス王国の王都ルディナリア北東にある、忘れ去られた古の巨大ダンジョン。
数多の冒険者の挑戦を退け、攻略するどころか生きて帰って来ることさえ不可能と言われ、いつしか誰も近寄ることはなくなっていた。
温暖な気候で自然豊かなフェアリプス王国内にあるはずが、その入口周辺には動物の姿はなく草木一本すら生えていない。
まるでそこだけ切り取られた別次元のように、それはそこに異質に存在していた。
この世界の人々でさえ、その名を口にする者はもはやおらず、ましてや異世界からやって来た者たちには、その存在すら知られていない。
そんな異界人たちには、表示された世界ログがどれだけの意味を持つのか、理解のしようがなかった。
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ミズト・アマノさんが『無限迷宮』を攻略しました。
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ミズトが『無限迷宮』から帰還したのは、中に入ってから半月後のことだった。