第108話 楽しみの終わり
狩りを楽しむものと、生きるために抗うもの。
それは戦いですらなく、結末の決まった喜劇のようだった。
それでもミズトは、怒り・悲しみ・恐怖・焦り・無力感と、様々な感情と共に抗い、抗い、抗い続けた。
しかし、いつしか全ての感情が薄れていき、心の中に大きな空洞ができていた。
「……なんで俺が……こんな目に……」
上級ポーションを三十個ほど使ったあたりで、ミズトは持っていた『女神の銀剣』を落とした。
準備していた上級ポーションは、まだ半分も使っていない。
まだまだ戦い続けることは出来るのだが、これ以上続けても何も変わらない。どうにもできないと悟ってしまったのだ。
「んー、何だ貴様。まさか戦意を失ったのか?」
「…………」
「おいおい、楽しみはこれからではないか。最後まで足掻いて見せろ」
「…………」
「ほら、『超越者』の力はこんなものではなかろう?」
「はは…………俺は『超越者』でもなんでもない……普通のおっさんでしかねえよ。いや……認めたくはないけど、普通どころか寧ろ負け組って言ってもいいかもしれないな……。あの女神が言ってたとおり……俺は大した趣味もねえし……この歳で家庭を築くこともできなかった……。会社では名ばかりの管理職で、年下の部長に怒鳴られてもヘラヘラと頭を下げ、若い部下にはハラスメントに怯え、嫌われないようビクビクしながら物分かりのいい大人ぶる。何にも面白くねえ人生だった。それがなんだ、転移に巻き込まれて死んで、最後にこれか!? 俺にだって親はいるが、孫の顔も見せてやれなかった! 一番大事な親孝行をしてやれなかったのに、よりにもよって親より先に死ぬなんて、最悪の親不孝をしてしまったんだぞ! なんなんだ、俺の人生は! 俺はなんでこんなとこにいて、なんで殺されねえといけねえんだ!!」
「貴様、感情が溢れすぎて、言いたいことがよく分からなくなっているぞ」
「うる……せぇ……」
「まあよい。だいぶ楽しませてもらったが、ここまでのようだの。異世界から連れて来られた貴様には同情の余地もあるが、我が狩りを楽しむ方が遥かに大事なことだ。死んでもらうとするかの」
「…………」
黒い靄がミズトに近づいてきた。
死を覚悟したわけではないが、抵抗する気力はなくなっていた。
「ん? なんだ貴様、女神に力を制限されているのか?」
「?」
「なるほどの、そういうことか。女神に制限されておる奴を狩っても、面白くもなんともないのぉ。あの女神め、せっかくの楽しみを興醒めさせおって。あやつの思惑は知らんが、ここは少し仕返しするとするか」
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■■■■がスキル『女神の憂鬱』を削除しました。
スキル『女神の知恵袋』が『女神の叡智』へ進化しました。
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イベントクエスト初日の夜、世界中にいる異界人たちは、初日のクエスト結果に釘付けだった。
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経験値収穫祭 ランキング
順位 パーティ名 獲得
1位 天を超越した者 5,021,893
2位 神楽1班 745,213
3位 閃光の天使 730,812
4位 日本卍会総長 669,125
5位 もふもふ一丁目☆ 668,818
6位 神楽2班 666,530
7位 ブルーベリーガーデン 583,764
8位 悠真と仲間たち 582,916
9位 日本卍会壱番隊 581,291
10位 もふもふ二丁目☆ 580,997
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「クソが! どこのどいつだ、汚ねえ手を使ってイベントやってる奴はよ!」
クラン『神楽』の幹部の中で、最初に声を上げたのは大柄のコウダイ・イワミだった。
イベントクエストに参加しているクラン『神楽』の幹部が、ダンジョン内のセーフティエリアに集まっている。
「汚い手を使ったかどうかは、まだ分からないですよ」
「ああ? ミオ、てめえ何言ってやがんだ! ヒロさん率いるてめえら1班が負けるなんて有り得ねえだろ! こんな経験値、汚ねえ手を使ったに決まってら!!」
コウダイは怒りに任せ壁を叩いた。
「そうでしょうか? 私たちの知らない、経験値を大量に獲得する方法があるのかもしれませんわ」
「そんなの、あってたまるか!!」
コウダイは壁をもう一度叩いた。
「落ち着け、コウダイ」
『神楽』のクランマスター、ヒロ・ヤマガミがコウダイを制止した。
「ヒ、ヒロさん……けどよ……」
「そう気負う必要はない。俺たちの目的に比べれば、イベントクエストなどただの遊びだ。それぞれ息抜きのつもりで楽しくやればいい」
ヒロは壁に寄りかかったまま、皆を見回して言った。
低音で抑揚のない言い方だが、メンバーには優しさが伝わっていた。
「分かった、ヒロさんがそう言うなら、俺は言うことねえよ。それにしてもジンの奴はざまあねえな! 卍会が四位だってよ! なあ、ミオもそう思うだろ?」
「はい、あの負けず嫌いのジンが、我々『神楽』以外に負けたとあっては、悔しがる姿が目に浮かびます。ただ、問題は我々の知らない『日本卍会』以上の存在がいるということですね。昼ぐらいから数値の上がらなかった『天を超越した者』は別としても、『閃光の天使』は一班とずっと互角の数値です。パーティ名はその場で名付けられるので、既知の者なのか何とも言えませんが、今後は注意する相手になるかもしれません」
「ケッ、それでもうちは唯一のランク5だ。直接ぶつかりゃあ、どこにも負けねえよ」
「はい、誰であってもヒロさんが負けることはありません」
クラン『神楽』のメンバーは、二人の会話に黙って頷いていた。
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クラン『日本卍会』のメンバーも、よく潜るダンジョンのセーフティエリアに集まっていた。
「てめえら、これはどういうことだ!! 俺様がなんで四位なんだ!? ああ?」
全身タトゥー姿のジンが怒鳴ると、クランメンバーは萎縮してしまっていた。
「お、俺らにもどういうことだか……」
「ふざけんな! てめらがだらしねえからだろうがっ! 俺様の足を引っ張んじゃねえよ!!」
「す、すみません、ジンさん……」
「いいか、てめえら! このイベントが終わったら、何としても一位と三位の奴らを探せ! 俺様の元へ連れてくるんだ、分かったな!!」
「へ、へえ……」
「とくに一位のイカれた名前の奴だ! この経験値、どんな手を見つけやがったんだ? なんとしても聞きだすぞ!!」
『日本卍会』のクランマスター、ジンはランキング一位のパーティ名を睨みつけた。