表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花屍累累  作者: 若紫
1/1

1

  外で咲き誇る桜に負けないくらい頬を染めながら外を見遣る君を見るようになって何日経っただろうか。その姿を見ながら胸を痛めることを何度繰り返しているのだろうか。私が来たことに気づいてこちらを見る君に性懲りもせず何度恋すればいいのだろうかーーー。


「先生!」


可愛らしい声が響いて現実に戻る。「今日も来てくださって嬉しいです!」さっきの染まった頬の名残もそのままにこちらへ話しかけてくる君は本当に愛らしい。


「もちろんだよ。今日の加減は大丈夫かい?痛くない?」

「ええ。薬もよく効いているみたい」

「それはよかった。今日も『彼』はいたかい?」

「ええ!本当にかっこいいのよ!今日は眼鏡を掛けていたわ!」

「僕の眼鏡よりもかっこいいかい?」


「まあ先生は意地悪だわ。先生ももちろんかっこいいですわ。」なんて頬を膨らます君は愛おしい。例え誰かに恋をしていたとしても。


  苦笑してから何かあったら呼ぶようにと言いつけ、病室を出る。彼女に恋をするたびに自分が彼女の目に映っていないことに絶望するのだ。こんな実りもない恋はやめてしまえと警鐘を鳴らすにも関わらず。彼女はもうすぐ死ぬ。進行の早い癌だ。あともって3ヶ月だろう。

  最初はただの同情だった。自分の妹と同い年の子が死ぬなんて可哀想にと思って病室に行ってみたのが間違いだった。「私もうすぐ死ぬんですって。もうお見舞いも誰も来ないんです。みんな私を見ると辛くなるみたいで。先生、お願いだから私が死ぬまでだけ毎日話してくださらない?」会って見るとなんてことない普通の子だった。死神が小さな背中に張り付いているなんて思えない、ただの寂しがりやで甘えたがりの18歳の女の子だった。約束通り毎日通っているうちに彼女の強さに惹かれた。決まってしまった人生にも悲嘆せず歩み続ける彼女の美しさに惹かれた。少し古風な話し方して大人っぽく見せるのが好きなんだと頬を染めて笑う彼女に。面会に来なくても親のことは恨まないという明かな善人である彼女に。自分なんてただ親が医者だったからと言って医者になってしまったつまらない人生だ。人を救いたいとは思わない。ただ自分の仕事をして金をもらうだけ。善人なんて言葉とは縁遠い。そんな自分の人生も彼女と出会って変化した。初めて人を救いたいと、生きてて欲しいと思った。彼女の病気の治療法を探して毎日論文を読み漁る。自分がしてはいけないことをしていることはわかっていた。死期が近い、それも少女に同情するなんて、ましてや恋をするなんて。叶わない上に辛くなるのは決まっている。そんな生産性も将来性もないことを医者である自分がするなんて。幸運にも昔から感情を隠すのがうまく、誰にも気づかれていないのが救いだろうか。皮肉にも隠そうとすればするほど自分の思いが深まっていくのを腹の奥底で感じる。何度も自分の感情を否定しようとした。「ただの同情だ」「恋なんかじゃない」何度も忘れようと合コンに行ったりしたのに思いつくのはあの子の愛らしい顔ばかりだ。そうやってだんだんと自分の感情に色がついて言った時。彼女から相談があると言われた。なんだろうと思って面会者用の椅子を引きずってきて座る。いつになく真剣な顔をする君を見つめていると、


「私恋をしたかもしれません」


 なんて。世界が止まった。彼女がそこにいて何かを話しているのに何も入ってこない。何を話しているのだろうか。何を、言ったのだろうか。『スキナヒトガイル』?。

 「窓から見ていたんですけど。ほら、そこの坂の上に大学があるじゃありませんか?毎日たくさんの人を見ていたんだけど、本当にかっこいい人がいるんです。知的で、」男の良さを語る彼女を見ていられない。自分の母校である併設された医学部に通う大学生。背は高く黒髪で知的。この前気づいて手を振ってくれたのだと、そうやってこれまでに見たことのない顔で笑う。『今恋をしているのだ』そうやって君の全てで訴えかけてくるようだ。ああ彼女は恋をしているのだ。俺じゃない違う誰かに。その事実が俺の心を縛っていく。締め付けられていく。これが失恋か。なんて嘲笑っているうちに彼女の話は終わっていたようで。「どう思うか?」なんて聞いてくる彼女に「それは恋だね。」なんて思ってもないことを返して。「もうすぐ回診があるからもういくね。また聞かせて。」なんて思ってもないことを返して。

  外へ出てから「自分はうまく答えられていただろうか。」「彼女のことを応援できていただろうか」なんて。もう直ぐ死んでしまうのに。彼女は死んでしまうからその恋はきっと叶わない。それに気づいて仄暗い喜びを感じてしまった自分にゾッとする。自分はいつからこんなにも醜い生き物になってしまっていたのだろうか。否、元々醜かったのが彼女の善性に当てられて善人になった気分になっていただけなのだ。その日は失恋と自分の醜さに無理やり直面させられて一つも集中できず、挙げ句の果てには同僚に体調不良を疑われて早退させられてしまった。

 

 帰り道。桜が地面を埋め尽くす。彼女は来年の桜を見ないだろう。見ることはできない、運命に許されていないのだ。そして俺の恋ももうあと3ヶ月で終わってしまう。だったら。だったら最後くらい彼女に人生の美しい面を見せるべきではないだろうか。恋は、愛は美しい。息を呑むほどに。そうやって小説にも書いていた。あの子の恋を美しく彩る手伝いをするのが俺なりの愛の形ではなかろうか。自分の醜さを昇華する唯一つの手段でもあるのではないだろうか。『君の恋が叶いますように』突然頭に流れ込んできた懐かしい歌。中学時代に英語の授業で英語版を歌った歌だ。これほどまでにこの状況にピッタリな歌はないだろう。彼女の恋を応援する。叶わないとしても。叶えられないとしても。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ