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encounter with him


 教室を出た瞬間、どっと冷や汗が流れてきた。


 「あんたは男であたし達は女。‥この意味分かるよね?」


 そう蔑んだ目で女子生徒がこちらに言い放った言葉が胸にこびりついて離れなかった。


 怖い。怖かった。


 自分の存在を全否定されたようで、お前は異端なんだと突きつけられたようで。


 カタカタと体が震える。きっと今、僕の顔は真っ青なんだろう。


 『どう足掻いても私達とお前は違う、お前は紛い物だ。』


 どこからかそんな声が聞こえた気がした。


 「‥分かってるよ、そんなこと。誰よりも僕が、一番。」


 ぽつり、と呟いてから後ろを振り返って確認するけど、誰もいない。


 ‥僕の幻聴みたいだ。

 

 幻聴が聞こえるってことは僕、かなり危ない精神状態なんだろうな。


 早く帰ろう。


 やっとの思いで重い足を動かして、正面玄関へと続く廊下を進む。


 コツ、コツ、と音を立てて人気のない廊下を歩く。


 なんだか頭が重い。支えるもの億劫だ。


 もう、玄関まで下を見て帰ろう。


 そう思って下を見た僕の目に写ったのは、僕の足。


 男子にしては細いけど、女子にしてはやや骨張った、どちらとも言えない足。


 女でも男でも無い僕の足。


 女になりきれない僕の足。


 なんだかこんなところにまで紛い物だと思い知らされるようで気分が悪くなってきた。


 重い頭を上げてチラリと前を見る。すると数メートル先に玄関に続く曲がり角が見えてきた。


 ‥‥あの角を曲がれば玄関なんだ。


 僕は懸命に足を動かして進んだ。すると、玄関に続く曲がり角がもう目の前になっていた。

 

 帰れる。帰れるんだ!

 

 そう思うと、ほんの少し足取りが軽くなった気がした。

 

 もうほとんど残っていない気力を振り絞って駆け抜けようとしたその時、


 ーードン!


 激しい振動と衝撃が頭に襲ってきた。視界がグラグラして焦点がうまく合わない。


 「おわっ‥あ、悪い!大丈夫か?」


 頭の上から声が聞こえてきた。


 多分、僕がぶつかってしまった人だろう。


 下を見て走っていた僕が悪いのに、先に謝らせてしまうのは失礼だ。


 早く謝らなきゃ。


 「い、いや、僕が下見て走ってたのが悪いんだし、謝らなくていいよ。僕の方こそごめんね」

 

 そこでようやく顔を上げた。


 そして、そこにいたのは片思いの相手の彼だった。

 

 え!?どういう事!?なんで彼が!?うわっ、近くで見るとさらにかっこいい‥じゃなくて、えっとええっと、


 ぶつかってしまった恥ずかしさと、心の準備無しに会ってしまった彼と、近くで見るとさらに格好いい彼にパニックを起こした僕の脳と口は何を思ったのか


 「ぼ、僕は瀬戸柚月(せとゆずき)あっ、あの君は?」


 と、初対面のしかもぶつかっただけ、という相手に自己紹介を始めてくれやがった。


 うわぁぁぁっ、何?なんだよ、ぶつかっただけの相手に自己紹介って彼も絶対引いてるよ。こんなの自己紹介じゃなくて事故紹介だよもう!


 恥ずかしさと後悔で彼の顔を見ていられなくなって俯いた僕の頭上から


 「俺は夏旗海斗(なつばたかいと)、よろしくな、瀬戸」


 という、優しい声が聞こえた。


 嬉しい。嬉しすぎる。いきなり自己紹介をし始めた不審な生徒に引くことなく自分も自己紹介を返してくれるなんて!


 あぁ、良かった。彼がクラスの人とは違って。


 「えっと、瀬戸は早退するのか?気をつけて帰れよ」


 「あ、うん。ちょっと気分が悪くなっちゃってね」


 「そうか、無理すんなよ。あ、時間だ。んじゃ、瀬戸俺はもう行くな」


 えっ、もう行っちゃうの?あぁ、まぁ、時間なら仕方ないか‥。


 「気を付けて帰れよ」と言って夏旗君の背中が遠ざかっていく。これほど時間を恨んだのは初めてかもしれない。


 優しい人だな。本当に。


 

 ‥‥でも、夏旗君は僕が女だと思っているからあんなに優しくしてくれたのかもしれない。


 本当の僕を知ったら、夏旗君も離れていくかもしれない。


 頭をブンブンと振って嫌な想像を追い出す。


 初対面の人にあんなに優しくする人だものきっと僕のことを知っても変わらないでいてくれるさ。


 そう考えて、夏旗君の笑顔を思い出す。


 まるで少年のように笑う彼。思い出すだけで心が温かくなる。


 大丈夫。彼なら大丈夫。


 そう自分に言い聞かせて、僕は正面玄関へと向かった。






 

 

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