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猫の箱  作者: 四季ラチア
一話目
3/12

一、三。

主人檳榔子の下に就く若女将、銀朱(ぎんしゅ)は、猫たちの世話人であり教育係でもある。

学びの間に集まった猫たちは、銀朱から封筒を渡される。中身は客からの評価の言葉と報酬。猫たちは目を輝かせた。

「これくらいあれば遊びに行けそうね!」

「また僕を指名したいって!」

死を売る猫たちは、ほとんど客からしか承認を得られない。たとえそれがいっときのものでも、偽の言葉でも、愛がなくとも、猫たちにとっては賞賛や次回指名の仮約束でじゅうぶんに喜べた。

ある猫は化け猫だと捨てられた。

ある猫は金が欲しかった。

ある猫は死性愛だった。

ある猫はどんな形であれ愛されたかった。

色売り屋に住み着くことで、猫たちの心は満たされていた。外の世界で猫が愛されることなど、満たされることなどないのだから。

だから猫の住処は此処しかない。

色売り屋という狂った屋敷しかない。

「彩潰しはお前たちのお陰で成り立っている。今後も宜しく頼むぞ、猫ども」

銀朱は麗しく微笑む。

「夕方までは自由時間だ。今日は木蘭(もくらん)の班、外出を許可する。くれぐれも猫だとばれるなよ」

長い袖を翻し、銀朱が立ち去ると…木蘭の班の三人娘が甲高い声を上げて学びの間を出て行った。

他の猫たちも席から立ち上がり、思い思いの行動を取る…紅梅は真っ先に群青の元へ向かった。

「群青、貴方にも報酬は渡されたのだろう」

「……ああ」

群青は気怠げな表情で紅梅を見上げた。その隣に柳が現れる。

「屋敷の中でも菓子などが購入できますが、なるべく貯金をしておくことをお勧めしますね。人目は気になるが、外の方が上質な品が並んでいますから」

「群青は私たちと同じ桜萌葱(さくらもえぎ)の班だろう。今度の外出は明後日だ。一緒に行こう」

「……」

群青は少しだけ口角を上げ、小さく頷いた。

瞳はうつろに、笑うことはない。

笑ってなどいない。

柳はちら、と群青の手元を見る…広げられた紙には、数文の罵倒の言葉が書き殴られていた。

「……苦情ですか」

「ああ」

群青が彩潰しに入って四日。猫としての手解き…殺されることに慣れる教育を受けても、群青は猫になり切ることはできなかった。殺害を煽る科白も、喜びの嬌声も上げられず、ただの人間と同様に、必死になって抵抗し、暴れ、拒絶する。死ぬことを恐れる。死を売れず、生に執着した。

そのみっともなさを指摘した苦情、色気も糞もないという文句、危うく顔を傷つけるところだったという非難…群青には十人の、十人分以上の罵倒の言葉が送り付けられていた。

「やはりそのご年齢から猫商売を行うのは難しいでしょう…今までは人の世で生きていたのですから、今更色売り屋に住まおうとしても…ねえ?」

「そもそも…どうして群青は色猫になろうと決めたのだ。今までは人の世で生きていたのだろう。その歳までよくばれなかったな」

「……化け猫は人の世では生きられない」

「それは…」

「檳榔子様が俺を見つけてくださった…それだけのことだ。俺は猫だ。ただ人間の中で生きることに疲れただけなんだよ」

群青は封筒の中へ苦情文を仕舞い込む…柳は少し腹立たしげにその行動と表情を見下ろしていた。

…と、はらりと一枚の紙が机から落ちた。 紅梅は拾い上げ、思わず目を通す…そしてぱっと笑みを浮かべた。

「おい、群青、これを見ろ。読んだのか?」

「どうしました、紅梅様?」

「腐れ文句ばかりではなかったようだ。群青、貴方をとても気に入ったと書いてあるぞ。しかも、次回の指名を約束している!」

紅梅が机に置いた手紙には、美しい文字で群青への称賛の言葉が書き綴られていた。確かに『次回も貴方を指名したい』と書かれている。

…群青はため息をつき、深く眉間に皺を寄せ、唇を噛む。あからさまな不快感。

「……物好きか。或いは誤った相手に出しているのではないか」

「銀朱様が間違うはずがない。これは紛れもなく貴方への評価だ、群青!」

「素直に喜んだらどうですか。これから貴方への常連様になるかもしれないのですよ…文面とはいえ、丁重に扱いませんと」

「……殺されるのに、か?」

ふ、と群青は笑うような息を吐いた。

猫になりきれない嫌悪の言葉は、どうにも紅梅や柳には、理解に苦しむ反応だ…猫は殺されてこその存在意義、価値がある。猫は殺されるために生きている。群青にはまだその心得が無い。

…柳は肩をすくめ、その場を去る。

対して紅梅は無理に微笑み、群青の机に手をつき、顔を覗く。

「群青…慣れる必要はない。貴方は、貴方が思うように生きればいい。私たちは死ねないが、生きるのは自由だ。群青は生きたいのだろう…それでいいんだ」

「……知らないな。俺はただ…」

群青は評価の手紙も封筒に入れ、再度閉じた。

「…俺は、檳榔子様のお望みに応えたい。それだけだ」

呪縛のような、感情のない呟きだった。

報酬は紙幣五枚…計八千の金額。

ここ四日、十一人に、気が狂うかと思うほど殺されたにしては少ない報酬だった。

猫とはそんなもんだ。

次回、残酷なシーンがあります。

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