番外編(メイリュードナ視点)
彼女を見た時の衝撃は今でも鮮明に思い出せる。
当時の俺は婚約者はおらず様々な女が寄ってきていた。ただ、特に興味もなくかといって無愛想というわけでもなかったが、最低限の社交は行っていた。まあ、女はだれでも似たようなものだと思い込んでいたのだが…。この考え方を変えてくれたのが彼女だった。
ある日の侯爵家の夜会でのことだった。その日も同じように最低限の社交をしてたのだったが、視界の端に一人の女性を見かけたが特に興味が湧いたわけではなかったが、一人で壁際にいたので目についたのだ。このような場に女が一人でいるのはなかなかに珍しいことであるし、エスコートをしてくれる相手も近くに居ないようだった。
その時だった、近くを通りかかったメイドがふらついて持っていたグラスの中身を少しこぼして壁際に立っていた彼女に少しかかってしまった。貴族令嬢は自分のドレスが汚れることを嫌い、少しでも汚されると相手を怒鳴りつけることもあるぐらいだ。特に今回はメイドが汚してしまっているのだから、間違いなく彼女も怒鳴り散らすであろうと思っていた。このような場においてメイドの地位は低く、相手から何を言われても黙って耐えるしかないのだ。実際に、メイドに対して怒鳴り散らしている令嬢を見かけることもある。しかし、俺は予想外の方向に裏切られることとなる。
彼女は、メイドに対して怒鳴り散らすのではなく、優しい顔で声をかけたのだ!
これは俺の女に対する認識を180度変えるできごとであったし、何より俺自身が彼女という存在から目が離せなくなってしまった…。
その後、彼女はメイドの体調や様子を気遣い近くにいたほかのメイドに声をかけ彼女を休ませるように伝えている声が聞こえてきた。
「あの、彼女の顔色が悪くて体調も優れていないようなので、どこかほかのところで休ませてあげてください。わたしのことは気にされなくて大丈夫ですので…。」
この言葉を聞いた瞬間に俺は彼女の心の広さと優しさに触れ、彼女以外の女が目に入らなくなってしまった。彼女のことをもっと知りたい、そう考えてしまい彼女のことを調べるように執事に頼んだ。
思い返せば、これが間違いなく俺の初恋であったのだろう。まあ、彼女を調査してもらってすぐに婚約者がいるとわかり、儚く散ってしまったが…。
ただ、俺はどうしても彼女があきらめきれず、それどころか、彼女以外の女を見ても同じような人物に見えてしまい、興味すら持てなくなってしまった。両親はこんな状態になってしまった俺に見合いを強制することなく、好きにさせてくれた。そこは本当に感謝している。のちに聞くと、俺の家系は恋に一度落ちてしまうとその人以外とはどんな手を尽くしても結婚はおろか婚約すらもうまくいくことはないらしい…。つまり、俺は彼女以外とは婚約することもできないという状態だったらしい。
唯一、予想外だったのは彼女と出会った後の俺は彼女以外に価値を見出せず、最低限だった社交が、女と話すこともなくなり、話しかけてきてもそっけない返事となるため、『鉄の公爵』というありがたくもない2つ名をつけられてしまった。彼女と結婚できないならば独身でいいと思っていた俺はこの2つ名のおかげか、女に話しかけられる回数は減ったのでまあよかったのだろう。
しかし、俺はこの後に人生最大の幸運を得ることとなる。この話はあまり俺にとって面白くないので、割愛するが、最愛の女性である俺の女神を手に入れられたのは本当に幸せで、俺は間違いなく世界一幸運な男なのだろう。
「エイプリーナ、世界で一番愛している。」