六.火の神を感じる
リエルが現代日本に来てから3カ月程たった。
掃除、料理、日本語はもうほぼ完璧に覚えている。
毎日特に変わった日々ではなかった。
平日は掃除と御飯作り。
週末は日向が来て勉強を教えてくれた。
そんな月日が流れ。
ある事件が起こる。
ゴォォォォォォォォォ
「凄い風じゃのう。こりゃあ今晩は何かありそうじゃな」
「何かって? 何が起きるの?」
「そりゃわからんが。神さんが騒がしいでのぉ」
「ふーん。僕にはまだわかんないな」
えんじいとリエルは本殿の掃除をしながら外を眺めていた。
外では強い風が吹き荒れていた。
この頃には、リエルは日本語が流暢に話せるようになっていた。
ゴォゴォと風が吹く中。
えんじいと布団に入る。
「…………………………さぁん」
声が聞こえた気がした。
むくっと起き上がる。
耳を澄ますが何も聞こえない。
というか、風の音がうるさ過ぎるのだ。
ゴォォォォゴォォォォォォ
「………………ぞうさぁん」
再び耳を澄ます。
「すみ…………ん……えんぞうさぁん」
「えんじい! 外で誰かが呼んでる!」
「何じゃ? 何事じゃ!」
ムクリと起き上がる。
玄関の方へかけて行く。
こんな夜中に何があったというのか。
心配になるリエルもついて行く。
ガラガラと玄関を開ける。
すると、近所の人が立っていた。
「どうしたんじゃ!?」
「炎蔵さん! 風上の方で火事がおきてるんだ! このまま燃え広がるとここも焼けちまうぞ!」
風上の方を見る。
確かに少し赤く見える。
そこが家事の現場なんだろう。
「わかったわい! 消防には!?」
「連絡してる! ただ、他にも火事が起きてるらしくて直ぐには来れない!」
「近くの家の水道からバケツリレーじゃ! リエルも行くぞい!」
「うん! バケツありったけ持ってくる!」
「急ぐんじゃ! ワシは先に行っとるぞ!」
「わかった!」
急いで本殿と住宅の間の物置き場に走る。
バケツが5個ある。
手持ちの部分に腕を通して何とか持つ。
そこからはできる限り全力で走った。
赤く見えるところを目指す。
近づくにつれて火の粉が舞っているのが見える。
「あれは……窓が沢山ある家?」
火事になっているのはアパートであった。
リエルはアパートがどういうものかを知らない。
一軒家しか見たことがないので当然だ。
向かうと1階が燃えていた。
2階に火が移ろうとしている。
えんじい達は必死にバケツで水をかけている。
「えんじい! 持ってきたよ!」
「おう! 水汲んでくるんじゃ!」
「わかった!」
水を借りている住宅に行き。
全てのバケツにめいいっぱい水を入れる。
次々とバケツが持っていかれて水がかけられて行く。
しかし、火の勢いは止まらない。
嘲笑うかのようにボォォボォォォという音を立てて燃えている。
風が後押ししているように思えてならない。
リエルも立ち上がってバケツの水をかけに行く。
何回かけただろうか。
もう2階にも燃え移っている。
「たけしーーー!」
「誰か! たけしを助けてください!」
今来たであろう男女が叫んでいる。
事情を聞いている人がいる。
えんじいに伝えに来たようだ。
「なんだか、子供が寝てるから少し買い物に出たんだと! 戻ってきたらこの火事だったそうだ! 部屋はあの部屋だと!」
「なんじゃとぉ!? 中に子供がいるじゃと!?」
指差されたのは今燃え移り始めた2階の部屋であった。
ゴォォォォという凄い音で燃えている。
「あんなに燃えてしまっていては、間に合わんのじゃ!」
火を収める方法。
何かないか?
このままじゃ子供が。
僕に何かできないか!?
『助けが必要なようじゃのぉ』
「!? あなたはあの時の! 助けて下さるんですか!?」
『私は、火の神です。火に働きかけることができます』
「あの火を消せないですか!?」
『消すことはできませんが、避けさせることはできます』
「じゃあ、お願いします!」
『私の名前は火之迦。この名において火に願うといい』
「わかりました! えんじい! 僕が行く!」
えんじいの元へ駆けて行く。
そこにあったバケツの水をかぶる。
バッシャア
「リエル!? 正気か!?」
「僕なら大丈夫!」
そう言うとアパートへ駆けて行く。
後から止める声が聞こえるが、リエルの耳には最早聞こえていない。
階段にたどり着く。
一階の部屋から炎が吹き上げている。
「ホノカの名において願う! 炎よ! 横に避けて!」
すると、吹き上げていた炎が階段を避けたのだ。
ボォォォという音は変わらない。
しかし、明らかに炎の方向が変わった。
「よしっ!」
急いで駆けあがる。
部屋のドアを開けようとするが鍵がかかっている。
ガチャガチャと引っ張ってみるが、開かない。
「どうすれば……」
『内側から吹き飛ばしてもらいましょう。避けて』
急いで玄関の前から避ける。
ドガァァァァン
玄関の扉が吹き飛んだ。
その後は炎が引いていく。
「ホノカの名において願う! 子供の元まで炎を避けて道を作って!」
ボォォウという音と共に炎のトンネルができる。
その先には、子供が倒れている。
急いで走る。
炎が避けてくれているが、熱いのに変わりはない。
「おいっ! 大丈夫!?」
意識がない。
そのままお姫様抱っこで抱えて走る。
炎が映らないように身を屈めて子供を守る。
部屋を抜け、外に出る。
すると。
ボボボボォォォォ
後から炎が迫ってきた。
神の願いも限界があるようだ。
階段を駆け下りる。
降りた先で安全な場所を探す。
「リエル!? 無事じゃったか……」
リエルの前に膝をついてはぁぁと力が抜けたように地べたに座り込む。
あの炎の中に行けば、助からないと誰もが思う事だろう。
その中から救出できた。
いわば奇跡であった。
「たけしぃぃーー!」
子供に縋りつく母親。
後ろ一緒に縋りつき涙を流す父親。
「ごめんなぁ。おいて行ったりして」
その時、パチリと目を覚ました。
「あれ? なんか熱い中にいたんだけど……」
「このお兄ちゃんが助けてくれたのよ」
母親がリエルをさす。
子供はジィっとリエルを見ると。
「お兄ちゃん? 綺麗なお兄ちゃんだね? ありがとう!」
「「本当に、有難う御座いました」」
子供は笑顔でお礼を言い。
両親は涙を流しながら、何度も頭を下げていた。
「気にしないでください。一人の命、助けられてよかったです」
「本当に、有難う御座いました!」
ニコリとほほ笑むリエル。
家族だけにして少し離れる。
いまだ燃えているアパートを見るとバケツでまだ水をかけている。
そこにまた加わろうとするが。
「リエルはよい! もう休んでおれ!」
えんじいに止められる。
「大丈夫だよ? 手伝えるって!」
「無理するでない! まったく無茶しおってからに!」
そう言って手を振り上げる。
殴られる!
そう思い目をつぶった。
ワシャワシャワシャ
頭をグシャグシャになでられる。
「まぁ、良くやった。一人の命を助けたのは大きいぞ」
ニコッと笑うえんじいを見て。
ニコリとリエルも微笑む。
「うん。無事でよかった」
ウゥゥゥゥーーーーウゥゥゥーーーー
ようやく消防車が到着したようだ。
消防士が下りてきて安否確認をしている。
そしてこちらに向かってきた。
駆け寄ってくる。
「君かい? 炎の中に飛び込んで行ったというのは?」
「はい……そうです」
「助かったからよかったけど、一歩間違えば君も死んでいたんだよ? 我々を待ってほしかった」
「でも! それじゃあ、助からなかったかもしれない!」
「でも、助かったかもしれないだろう? 君の命もたった一つの命なんだ。大事にして欲しい」
その言葉を聞いて少しムッとした顔をする。
その顔を見て消防士がニコッと笑った。
「しかし、すげえ度胸だ! あの炎は我々でも尻込みするほどだ! それに丸腰で行くとはあっぱれ!」
「そ、そうですか。水被って行ったけど……」
「いや! すげえ奴が居たもんだ! うちの署員にも見習ってもらいてぇくれぇだ!」
「そうですか……」
「さっきは一応建前であぁいう風に言わなきゃいけねぇんだよ。俺らが来てからじゃ間に合わなかったかもしれねぇし、兄ちゃんだから助けられたのかもしれねぇ。本当にありがとう」
ペコッと頭を下げる消防士。
「いえ。必死だったんで……」
「大したもんだ! 後は任せてくれ!」
そう言うと消火活動に入った。
みるみるうちに火が消えていく。
今回の火事で、リエルは神と交信する手段を得たようなのだ。
感覚でわかる。
「リエルよ。本当に無事でよかったのじゃ。後で、ちゃんと聞かせてもらうからのぉ?」
えんじいからは逃れられないようだ。
この後、取り調べがある……のか?
面白いと思って頂けた方、ブックマークと下の評価をして頂ければ、大変励みになります!
よろしくお願いします!