三十八.戻ってきた仁
ガチャ
「た……ただいま…………」
ドタドタドタ
「あなた! お帰りなさい! お腹すいてる?」
「あ、あぁ」
「ご飯にしましょ! たくとー! パパが帰ってきたからご飯にしましょー!」
2階に呼びかける詩織。
「はぁーい!」
拓人が2階から降りてくる。
「パパ! 今日は一緒にご飯食べれてよかった!」
リビングに行くと。
私の大好きな麻婆豆腐とサラダ、白飯と味噌汁。
これも私の好きななナメコの味噌汁であった。
私が帰ってくるのを分かっていたような。
そんな感じさえする。
「さあ、座って! 今日はたまたまあなたの大好きなものを用意してたのよ!」
「そ、そうなんだな。嬉しいよ」
ぎこちない笑みを浮かべている。
「食べましょう?」
「あぁ。いただきます」
「「いただきます!」」
レンゲを持ち、麻婆豆腐を掬う。
パクッと口に運ぶ。
ピリッと辛いが奥から旨みが来る。
この妻の手作りの麻婆豆腐がたまらなく好きだったことを改めて思い出した。
急に涙が溢れる。
手で目を覆い隠す。
「あなた? どうしたの?」
「……美味いよ。私の大好きな味だ……」
自分でも分かる程、涙声になっている。
「そう……よかったわ」
詩織の声も心無しか涙声に聞こえる。
目から溢れる涙が止まらない。
俺は、この1年何をしてたんだろう。
患者のためとはいえ、この2人を放っておいて。
私の気持ちに、余裕が無いのに、患者さんに余裕のある心を持ってもらおうというのが無理な話だろう。
そんな事も分からない位に、私は追い詰められていたのだろう。
患者さんの為だと思っていたが。
自分の自己満足だったのではないだろうか。
ズズズッと味噌汁を食べる。
ナメコのプリっとした感触が舌に伝わる。
あぁ、美味いなぁ。何年も食べてなかったような感覚だ。
家での飯もいつぶりだろうか。
いつの間にかただ食べる作業のように感じていた。
身体が動けばいい。
その程度にしか考えていなかった。
「詩織、美味しいよ」
詩織も涙を流しながら頷いた。
「ゔん。良かっだわ」
詩織が泣いている。
私は詩織を泣かせてしまったんだ。
私はあの日に誓ったのに。
詩織を泣かせることがないように。
一流の医者になって、親父の跡を継ぐと。
親父も仕事ばかりで、ロクに家には帰ってこなかった。
帰ってきても大して話をした覚えもない。
でも、何故だろうか。
医者になりたいと思っていた。
ある時親父の病院に行った時に見た光景が目に焼き付いている。
◇
「今日で治療は終わりだよ。退院だ。良かったね」
親父が知らない女の子に微笑んでいる。
「ありがと! 先生が助けてくれたからだよ! 私ねぇ、先生と結婚するんだ!」
「はっはっはっ! そいつぁ難しいぞ? 俺は、もう結婚して自慢の一人息子が居るからな!」
「えぇぇー。いいじゃん! ケチッ!」
「ありがとな! そんな風に思ってくれて。先生な、自分の子供とあまり話せないんだよ」
「なんでぇ? 話すの苦手なの?」
「い、いや……何を話していいか分からないんだ」
「えぇ!? テレビの話とか、今話題になっている事とか、幼稚園の事とか……いっぱいあるじゃん!」
「そうなんだよなぁ。でも、何が好きかとかテレビを何見てるとか、分かんないんだよな」
「ふーん! 変なの! でも、先生は私を助けてくれた白馬の王子様なんだよ! だぁーい好き!」
「はっはっはっ! そりゃありがてぇ」
◇
あの光景を見てから、私は親父に負けたくないとそう思ったんだろう。
自分も医者になって人を助けると。
親父以上の人になりたいと。
何時からそれを忘れていんだろうか。
親父とは真逆の人に寄り添っていない医者になっていたのではないだろうか。
それでは、周りの医師もついては来ないだろう。
明日から立て直さなきゃならない。
そして、謝ろう。
こんなに不甲斐ない院長で申し訳ない。
そして、こんなに不甲斐ない夫で、父親で申し訳ない。
「詩織、拓人、私はここの所、君達を蔑ろにして自己満足に浸っていた。本当にすまなかった」
テーブルに頭がつくくらい頭を下げる。
すると、拓人が返事をした。
「ううん! 僕ねぇ、パパ見たいな人を助けることに一生懸命なお医者さんになりたいんだ!」
不意打ちだった。
涙腺から涙が洪水のように溢れ。
前が見えない。
「パパ!? 大丈夫!?」
「うううぅぅぅ。だい……じょ……うぶだ。そんな風に……思って…………くれてたのか……」
「うん! ママがね、パパがおうちに帰って来れないのは、患者さんの事を1番に考えているからだって言ってたの! それってさ! 凄いお医者さんだよね!」
詩織のおかげで私は仕事が出来ていたんだな。
今改めてわかったよ。
「詩織……本当にありがとう。君には頭が上がりそうにない……」
「ふふふっ。どういたしまして。でも、もう少し家に帰ってきてくれると、嬉しいな?」
はにかんで言う詩織に。
恋に落ちた時の事を思い出したのだった。
あの時、大学の時は詩織は薬剤師を目指して大学に入っていて、サークルが一緒だったから意気投合したんだったな。
その時も分からない薬学の授業の内容を教えて貰って、お礼を言った時だった。
その時の顔が私の心を打ち抜いたのだった。
「うん。もう少し帰ってくるようにするよ。私も、君と拓人の顔が見たいからね」
「絶対よ!?」
「うん。約束するよ」
「嘘だったら針千本飲ませるんだから!」
「わかったよ」
「「…………あはははは!」」
この家族が繋がった瞬間だったのではないだろうか。
その後の仁は元に戻ったように、患者さんに親身に接していた。
そして、周りの医師たちに一度謝罪したのであった。
自分が無理な仕事の仕方をしてたことで周りの人が休みづらくなり、嫌な思いをさせたと、そう謝ったのであった。
それ以降、仁は定期的に家に帰り家族との時間も大切にするであった。
◇
そんなある日。
「ごめんください!」
「はぁーい!」
玄関に出てきたのはリエルであった。
「あっ! この前は、ありがとうございました! おかげで詩織と拓人との関係が壊れずに済みました」
「あっ! 仁さん! どうですか? その後は?」
「はい。家には定期的に帰るようにしてます。そして、詩織の手料理と、拓人との話が楽しみです!」
「それは、良かったですね。僕も病院に行ったかいがあった!」
「その節は、わざわざありがとうございました!」
「その後は、玄さんとは話しました?」
「いえ、まだ話してはいません。そのうち話そうと思います」
「早い方が、いいと思いますよ?」
「いやぁ、いきなりドヤされそうで…」
「お義父さんが、心配して私もあなたもリエルさんにお願いしてくれたんですよ?」
「親父が……?」
「詩織も、リエルさんのお世話になったのかい?」
「はい。耳元でずっと声が聞こえていた時期があって……」
「あぁ、詩織がブツブツ何かを言っていた時だな? その時は驚いたもんだ。何したのかと……」
「あまり、信用出来ないと思いますが、妖が付いていました」
「あやかし? 化け物と言う事ですか?」
「まぁ、そんな様なものですね。それを滅したんです」
「うむ。それこそ、神の所業」
「その度は、本当にありがとうございました」
「私からも礼を。ありがとうございました」
「いえいえ、仁さんも元に戻られて、詩織さんも見違えるほど明るくなって、本当に良かったです!」
この一家にはリエルが神々しく見えたのであった。
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