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男と「陽の宝石」

 聞き慣れた鳥の鳴き声がどこか遠くから聞こえる。

 女の絶叫にも似たソレは酷く不快で、目を覚ますには十分すぎたんだ。


「…」


 ……いつの間にか寝ていたようだ。

 壁に頭部を当てていたせいか首が痛いな。


 ボーっとしながら腰の辺りを手で探る。

 戦利品はどこかに落としてきてしまったようだ。


「…糞ったれの魔法使い共め…」


 今…どのくらいの傷を負っている?

 割りに合わないなんてモンじゃないぞ……。


「…手と足は…ある…な」


 四肢が無事に動くことを確かめ、一息つく。



 今、俺は胡散臭い神殿の中庭に居る…だろう。


 よく地下から這い出ることが出来たと自分でも思う

 国を挙げて讃えられ、王直々に勲章でも貰いたい所だな!


 けどまあ俺は盗人だからな。貰えるのは足枷か。


 ……ああ、糞

 あんな依頼受けるべきじゃなかった。




 複数の足音が聞こえる。

 まだ遠くだが、ここに寝転んでいてもいずれ見つかるのは明白だ。


 俺は爆風をモロに受けた体をどうにか起こし移動を始める。逃げ道は全て塞がっているだろう。全く、国教の総本山を舐めていた。


 ……いや、舐めていたつもりは無かったがここまでとは思わなかったんだ。脱出は一旦諦めた、不可能だ。


 だから俺は方向転換し、せっかく這い出てきた地下に戻る事にした。仕方のない事だがもう這い出てきたのはバレている。




 王政国家である【ロウ国】は魔法文化が発達していた。


 その国教である「ロマネウス教」は、魔法の祖である魔法使いの男「ロマネウス」を主としている。俺は宗教なんざ下らないと教典すらロクに読んだことは無いが、国民の殆どは敬虔な信者だ。まあ、国教だしな。


 ここはその総本山、人里離れた丘の上に立つ胡散臭い神殿だ。神殿の名前?ロマネウスウラなんとかなんとか…神殿だ。うろ覚えだ。



 警備が見ていない隙に階段を素早く下る。もちろん足音はおろか物音を立てるようなヘマはしない。


 地下は音が反響しやすいから、少しの物音でも命取りになる。そうやってスルスルと通路を移動し、安全地帯に入り込む。


 そこは俺が宝具を盗み出した部屋だった。

 部屋の中央には棺桶が置いてあり、その背後に巨大な爺の像が鎮座している。宝具のあった仰々しい箱は棺桶の上に飾ってあった。


(ここは不味いな…)


 幸い今は誰も居ないが、まさしくここが犯行現場だ。

 直ぐに宝具を戻しに警備が入ってくるだろう。


 身体を180度回転して通路を出ようとした時、警備が歩いている所だった。宝具を大事そうに抱えている。最悪だ。十中八九この部屋に入ってくるだろう。


 俺は止む無く爺の像の後ろに隠れた。


「しかしなんという愚か者だ…」

「ええ…神の宝杖を盗もうなどと…」


 俺の悪口を言っている。構わず爺と同化するように背中に張り付いていると警備共はどこかに立ち去っていった。

 俺の捜索を手伝いに行ったのだろう。


 像の背後から抜け出して盗みそこねた宝具を見る。灰色の袋に入っているのをそのまま持ち出していったので分からなかったが、どうやら杖らしい。


 どれ、この俺をここまで追い込んだ宝杖とやらを拝んでおくとしよう。足音は完全に途絶えてしまったし、少しくらいは構わないだろう。


 木箱を開けて紐を緩め杖を引き抜く。随分と古い杖だ。完全に取り出すと、杖の持ち手に朱い宝石が埋め込まれていた。



 俺は長いことそれを眺めていたような気がする。

 随分と大きな陽の宝石だった。


 このまま眺めていては危ないと思いつつも目が離せない。

 何か…中に…居るような……。



 誰だ…?



 この中に居るのは…俺か…?




 俺が宝玉の中に居る…声が聞こえてくる……。



『いらっしゃい』


 女の声だ。こちらに手を伸ばして迫ってくる感覚だ。

 脳が、本能が、全身が危険だと俺に訴えかけてくる。


 しかし俺はソレから目を離す事が出来ない。



「ッ黙れ…そっちには……行かねぇ」



『怖がらなくても良いんですよ』


 落ち着いていて、誘うような声。

 何とも甘美な響きだと思った。





「──────っ!」


 だけど、それは、俺の嫌いな台詞だった。





「っあああ!!」


 無我夢中で叫ぶと閃光が部屋を満たし、俺は杖から弾かれた。

 そのまま壁にぶつかるが、当たりどころが良かった。直ぐに立ち上がり、状況を確認する。



 危なかった。

 このまま見ていたら俺はあの中に吸い込まれていただろう。


 地面に転がった杖の宝石は沈黙し、静かに部屋の灯りを受けていた。

 今となってはあの色も毒々しい赫に思える。



「なんだってんだ…」


 呟いてみて、俺は固まった。

 今の甲高い声は何だ?


 思わず両手で顔を覆う。

 髭がない。


 そのまま辺りを見回す。

 目線が明らかに下がっている。


 手を下ろし、自身の両手を見る。

 綺麗な肌だ。少しぷにぷにとしている。

 着ていた服はダボダボだ。


 「…は?」



 どういう事だ?

 何が起きている?


 動揺を沈めた所で、複数の足音がこちらに迫ってきていることにようやく気が付いた。

 俺は慌てて宝具を掴み石像の裏に潜り込む。


 「おい!宝具が無いぞ!」


 「薄汚い【神器集め】め…なんて罰当たりな…」

 「探せ!まだ近くに居るはずだ!!」


 心拍が抑えられない。

 それでも必死に気配を殺し、気付かれないように努める。






 死を覚悟していたが、何故か俺が見つかることは無かった。

 どうやら奴等にとって爺の像に近寄るのは憚る事らしい、助かった。



『どうにかなりましたね』


「ああ、お前誰だ?」

『あれ、驚かないんですか』


 ……いや誰だ、本当に。

 唐突に脳内に響いてきた声に驚かない訳がない。

 しかし…口に出して言うのも面白く無いので外面だけは平静を保った。



『えっと、私…そこのオンボロ杖に封印されていたんですよ』


 それはなんとなく分かる。

 というか、俺を宝石の中に引きずり込もうとした女の声そのものだった。


「…俺に何をした?」


 返事は無かった。

 苛立ってくるが、そんな事をしている場合ではない。


 とにかく身を隠す。

 騒ぎが収まる頃合いを見計らって脱出する…予定だったが、この身体で出来るのだろうか。

 暫くそうしていると、女の声がまた聞こえてきた。


『これは…事故というか、私としても不本意な結果なんですよ』

「…」

『本当は貴方の精神と身体全部入れ替えるつもりだったのに…』

「…」

『貴方が余計なことするから精神だけ入れ替わり損ねたんですよ?なんてことしてくれるんですか』


「…それはこっちの台詞だ!」


 なんて言い草だ。

 声を出さないと決めていたがそういう訳にも行かなくなった。


 どうやらこの女は俺を犠牲に入れ替わる形で封印から開放されるつもりだったらしい。

 ゾッとする話だった。


「それで、失敗したのにお前は何で俺の中に居る?」

『何とか半分だけ抜け出せたからと言うか…多分そんな感じですかね』

「お前いい加減にしろよ」

『そんな可愛い声で凄まれたらキュンと来ちゃいますね』


 思わず自分の頭を殴りそうになった。


 気を取り直し、俺は女の話から、2つの情報を得ることが出来た。

 1、元の身体に戻る方法は唯一つ、もう一度宝石を見る事だけ。

   これは全く信用出来ない。

   宝石をもう一度見たら今度こそコイツに精神まで乗っ取られるだろう。


 2、宝石を砕いても、溶かしても、中の肉体と精神も同じように壊れて二度と戻らない。

   これは信じて良さそうだ。

   コイツの目的が封印からの開放ならば嘘をつく意味が無いからだ。


 そして、これ以上情報は出てきそうにもない。

 …ガキの、それも女の身体でこれから過ごさなければならないのか、俺は?嘘だろ?



「しかし、その口ぶりからして封印される前の記憶は無いようだ。何故こんな事をした?」

『…そんなの当たり前じゃないですか、暇だったんです』

「暇…そんな事で───」



パキッ



「…?」



 何か砕けたような音がした。

 続けて爺の石像が前にスライドしていく。


「おい、なんだ?これ。この先、まだ何かあるのかよ」


 石像が鎮座していた位置には縦穴が開いているようだった。目を凝らすが穴の底は暗闇で見えない。



『いや知りませんよ、というか不味くないですか?』

「ああ、不味いな。これ以上前に移動したらあっあっあ」


 そう、石像の背と壁に挟まれる形で身を隠していた俺は当然その穴に落ちかけていたのである。


『嘘でしょ!?こんな間抜けな事故で私の身体があああ!?』


 女は絶叫した。


 いい気味だな、これが俺と無関係な事だったら良かったのにいやもう限界だこれ。

 あっあっ落ちっ────────────








 何も見えない空間。停滞した空気が漂っている。


 俺達は暗闇の中にいた。

 空を再度見上げても、俺達が落ちてきた穴はどこにも見当たらない。


「爺…元の位置に戻ったのか?」


 落ちた直後、すぐさま上方を確認すると、穴がゆっくりと塞がれていく所だった。

 ヤバいと思い周囲を見渡しても登る足がかりになりそうな物は無く、呆然と眺めるしか無かった。


 まあ、定位置に戻ってくれたお陰で神殿の魔道士には見つからなくなった…はずだ、多分。そこは良かっただろう、うん。


『見事に塞がれちゃいましたね、出口』


 呑気に言うもんだ。

 まあ、いつまでも呆けている訳にも行かないか、切り替えよう。



 さて、ここはどういう場所なんだ?

 地面は柔らかく、ほのかに土の匂いがするところを考えると、どうも地下室という訳でも無さそうだ。


「ここは────」

『知りません』


「…食い気味で言うな」


 やはりコイツも知らないらしい、全く役に立たない奴だ。そんなんだから封印されていたんだろう。


『…あれ、杖は?』


「…そういえば無いな」

『そういえば無い、じゃないですよ! 貴方掴んでましたよね!?』


 周囲を見回しても暗闇で当然見えない。

 仕方ないから、手探りで探していくか…はあ。


 立ち上がろうとするも、俺は転倒した。


「…クソっ」

『うわ…どうしました?』


 …どうも俺は脚を痛めたらしい。

 見えない中で、自身の脚をさする。スベスベで、泣きたくなった。


「…俺はお前のせいで…お前の下らない理由のせいで…いい迷惑だ」

『それは…心苦しいです』


 心にも無いことを言うな。


『…あと、よかったら脚治しましょうか?』

「…は?」









『だから、音程はこうです。〘指定治癒魔法〙』


「…く、らーらーらーらーらーらー?」


『違います!〘指定治癒魔法〙です!』


 話を聞くと、どうやら女は魔法が使えるらしい。〘指定治癒魔法〙なんて聞いたことも無い魔法だ。

 俺には魔法の才能なんて無いから無駄だと思うが、どちらにせよここで脚の回復を待たなければならないので、コイツの話に乗ることにしたんだ。今は俺の身体じゃないから発動するかも知れないしな。


「よし…【指定治癒魔法】」


 指先から淡い光が漏れ出す。驚くことに成功したようだ。

 光は俺の脚に馴染み、やがて痛みは完全に消え去った。脚の動きを確認していると女が呟いた。


『しかし…くだらない、ですか?』

『暇で、暇で。何百年?何千年?数えてないですけど……どうしてもお外に出たかったんですよ。悪いですか?』


俺は苛ついていた。しかしその言葉で頭の中に居る元凶に少し同情してしまった。

「暇だったから」。その返答に俺は呆れたが、女にとってその言葉は考えていたよりも遥かに重いものだった。



「悪いだろ」


が、しかし、それで代わりに押し付けられた方はたまったものじゃない。


「何者か知らないが…もう俺の身体が返ってくる手段は無いのか、お前信用できないんだよ」

『お前じゃなくてアカリ』


「はぁ?」

『私にはアカリって可愛いラブリーな名前があるんですよー!』


 女は自分の名前をこれでもかと称賛する。まあ、名乗るのは大切な事だが。


「今は重要な問題じゃないだろ、信用が無い方はいいのか」

『別にあなたの信用なんてどうでもいいですよーだ』


「お前なぁ…」

『お前じゃなくてアカリ!』


「もうこの話は良いだろう」

『じゃあこれから貴方のことずっと「坊や」って呼びますよ?なんならハートも付けてあげますよ?』


なんてしつこい悪霊だ。

正直こんな奴の言う通りにするのは癪なのだが、いつまでも駄々をこねそうだ。


「…分かった、そう呼べば良いんだろ。悪霊のアカリさん」



『悪霊でもないんですが!』

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