未緒の記憶
類達には明かしていないが、未緒は記憶を失う直前から、何度も同じ夢を見ていた。十日間程目を覚まさなかったのは、その夢がなかなか覚めなかったからだ。
その夢の中で、未緒は自分とよく似た背格好の少女に出会っていた。少女は未緒と同じウサギのぬいぐるみを持っている。その少女の目元は影になっていて、そこから血の涙が流れていた。
「どうして、私を置いていったの?」
その少女は、未緒の肩にしがみつこうとしたが、未緒はそれを振り払った。
「違う…」
未緒はその夢の出来事をずっと否定していた。理由は分からなかったが、それが現実世界で起きたものと異なるものだと理解していた。
それが何度も続いた時に、未緒は目を覚ました。だが、類と萌香と出会っても、未緒は同じ夢を見続けている。それが何を示そうとしているのか、未緒にはまだ分からない。
未緒がそんな夢を見ているとは知らずに、類と萌香は窓の外を見て話していた。
「不思議な感じね…。地球に居た頃は昼と夜があったのに、ここはずっと夜のままなの。しかも地上も天上もなくて、ずっと夜空が繋がったみたい。」
「そうですね。ここは重力が働いているので忘れそうになりますが、僕たちは宇宙空間に居るのですね。」
類は窓の外を見て、次の目的地へ思いを馳せていた。一方で萌香は、眠っている未緒を見てこう言う。
「未緒ちゃんの記憶、思い出させないの?」
「はい、いくつか方法を試しましたが思い出す事はありませんでした。」
「もう思い出せないの?」
「思い出せないままでいいでしょう。地球で何が起こっていたのか、未緒さんが知ったらきっとショックを受けて立ち直れないでしょうから。」
類は未緒が記憶を失ったままでいる事を、さほど大きな問題と捉えていないそうだった。 それどころか、このままでいいとまで言っている。
「類がそこまでいうなら、仕方ないわね。私だって、まだ立ち直れていないままだから…。」
萌香はそう言って、未緒の背中を擦った。
未緒は地上に居た頃の記憶を思い出せないままだ。未緒は、類と萌香が側に居ても、未緒は自分が一人だと思っている。
私が影から見守っている事も、未緒には分からないだろう。その記憶がないなら、私の事もきっと忘れているはずだ。
地上に居た頃の何があったのかは私が一番よく分かっている。未緒が生きているだけまだ救われた。私は、未緒がこれから行く先を見守っていこうと思う。
そろそろ次の目的地が近づいているようだった。その時、客室の扉が開いて中から誰かが入って来た。
その人物、いや、それは人と言っていいのだろうか。未緒の膝くらいの生物が入って来た。頭には車掌の帽子を被っていて、身体にはマントが巻き付いていて、中身は見えない。帽子とマントの隙間から、光る小さな目が覗いていて、類と萌香の事をじっと見つめている。
「切符、拝見しますね」
そう言って、銀河鉄道の車掌と思われるものは、影のような手を二人に差し伸べた。




