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第14話 良い夢を、リゲル

 俺はヴェラの死体を乗り越え、ツィンカに這い寄った。

 翼腕がぼろりと落ちて、灰と化した。

 両脚はとっくに失せている。

 今の俺は、乾燥したばかでかい馬糞まぐそみたいな見た目になっているのだろう。


 どうでもいい。

 どっちみち俺は死ぬ。

 でも、ツィンカだけは許さない。


 石畳に冷えていく血だまり。

 血の失せたツィンカの体に触れる。


 あたたかく、柔らかかったことを思い出す。


 死んでから、間もない。

 まだ魂との紐帯は残っているはずだ。


「“引き換えの蘇生”」


 術者に死を与える“引き換える”品詞を重ねなければ発動しない魔法。

 離れかけた魂を、肉体に引き戻す。


 あっという間に、俺の肉体は朽ちていった。

 とはいえ、まだ這うことぐらいはできそうだった。

 

 俺はヴェラの開けた壁の穴から、外に這い出した。

 “監視者”が失せて、夜は晴れていた。


 これから、シルクス・コマンドリーはどうなるだろう。

 盟約破りの件で再び起訴され、よその国に財産をまるごと奪われるのか。


 考えてもむだだ。

 おれにできることはもうない。

 それに、まともにかんがえるのが、もうできない。

 脳が――



 のうって、なんだろう?



 なんだろう。


 さむいな。

 くらい。



 どこだろう。

 さむい。

 ずっと、さむい。



 かなしい。

 さみしい。



 たすけて。

 

 だれか、たすけて。



「リゲル」


 おと?


 あたたかい。

 やわらかい。



 俺は森の中にいる。

 ツィンカが、俺を抱いている。

 いつか見た景色。


「ヒール、漏れてるよ」


 俺は言った。

 ツィンカは何も言わず、俺を強く抱きしめた。


「どうして――」


 俺は忘れかけていた問いを口にする。


「どうして、泣くんだ。俺のために」


 晴れた夜に星が見える。

 リゲル。

 冬の一等星。


「はじめて会ったとき、あなたが」


 星灯りに照らされて、俺の影は俺の形をしていた。


「誰かのために、涙を使い切っていたように見えたんです」


 ばかだな。

 ばかだ、ツィンカ。

 俺なんてどうでもいい。


「あんたは俺の家族じゃないよ、ツィンカ」

「リゲルだってそうですよ」


 ツィンカは笑った。

 いつもそうだ。

 抵抗しても「わあー、いやいや期ですね」みたいな顔でにこにこされるので、どうもやりづらい。

 

「君を守る」


 俺は言った。


「どんな手を使おうと、君を守る」


 むかし果たされなかった約束を、口にした。


「ありがとう、リゲル。でも先に晩ごはんですよ。晩課ヴェスペラエが終わったんですから」

「いいよ。あんまりおなかが空かないんだ」

「そんなこと言って、放っておくと一日食べないじゃないですか」



 ツィンカは俺を小脇に抱えた。



「さあ、行きますよリゲル」



 そう、抵抗するだけ無駄なのだ。



「ちゃんと食べないと大きくなれませんから――」



 俺は目を閉じて、体から力を抜く。



 しびれるような、ほどけるような眠気が、体を包む。



「…………おやすみなさい」



「良い夢を、リゲル」

ここでおしまい! お付き合いありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] くそっ! 泣かせにきやがったな!
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