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ターンアウト~手探りの未来図  作者: 木柚 智弥
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スキャンダルの予感


「……ね、二人とも。柳沢(やなぎさわ)亜美(あみ)って知ってる?」

 翌日の昼下がり。

 高等部の生徒で賑わう学食で、窓際に陣取った二人の幼馴染みカップルにおそるおそる質問すると、僕と同じA定食を選んだ健吾が唐揚げに箸を突き刺しながら即答した。

「柳沢亜美ちゃん? もちろん。アイドルグループ〈FAN(ファン)(シー)〉のトップだろ? 新曲のPV(プロモーションビデオ)、この前見たぜ~」

 隣でカレーライスにスプーンを入れた優花も言った。

「そうそう。確か女優の白川(しらかわ)皐月(さつき)の娘なのよね。スッゴい可愛いの。モデルもやってるでしょ。中高生向けの雑誌」

「あ、そう……」

 どうやら知らなかったのは僕たち親子ぐらいらしい。

 思わず突っ伏したい気分で力なく箸を取ると、めざとい優花がスプーンの手を止めた。

「もしかして仕事で一緒になったの? どんな感じだった?」

「え、マジ? サインもらってきた?」

 健吾も前のめりで勢い込む。しかし僕の顔を見た二人は揃ってため息をついた。

「つまり、柳沢亜美を知らなかったわけね……」

「もったいない……つーか、そもそもおまえが仕事中にアイドルからサインなんてもらうわけがないんだけど」

 健吾は煩悩を追いやるように紙コップの冷水を飲んだ。

「〈FAN・C〉の亜美ちゃんなんて聞いたもんだから、つい血迷っちまったぜ」

 そんな健吾をチロリと横目で見てから優花が聞いてきた。

「まあ、女優の娘だってことでプライベートとか一切公表してないから、私だって詳しいわけじゃないけど。で? その知らなかった柳沢亜美がどうかしたの?」

「うーん……」

 唐揚げを転がしつつ言葉を探していると、早くも最後のひとつを突き刺した健吾が言った。

「ははぁ……その顔は拓巳さん絡みだな。さしずめ音楽番組の撮影で遭遇して、困ったことになったってところか」

 ナンでわかるんだろう……。

 つい遠い目をした僕を健吾が促した。

「で? 拓巳さんは亜美ちゃんに何をやらかしたんだ?」

「いや、別に拓巳くんが何かしたわけじゃなくて、イヤ、やらかしたことになるのか。でもきっかけは僕」

「え、オマエなの?」

「和巳が?」

 驚き顔の二人に僕は頷くと、まずはきっかけとなった〈コースケ音楽堂〉での出来事をかいつまんで説明した。

「……ってわけで誰も喘息の対処法を知らなかったみたいで見てられなくて。ほら、優花小さい頃、喘息で苦労したでしょ」

「うんうん。小学校上がるくらいまではしょっちゅうお医者さん行ったのよね。今じゃすっかり過去の話だけど」

 優花がテニスで日焼けした自分の顔を指差して笑うと健吾も頷いた。

「そういや覚えてる。優花が休むと自動的に和巳も休みでつまんなくてさ……ってそうか、だから亜美ちゃんの咳に対処できたのか」

 健吾に言われて僕は頷いた。

 父子家庭で隣同士のうちと真嶋家は、ひとつの家族として家政婦の中沢さんが面倒を見てくれていた。だから優花が喘息で休むときは一緒に休むことが多かった。そのときには喘息の看病を僕も手伝ったりしたのだ。あとでそれは中沢さんの気遣いで、父親たちの職業を考えた彼女が、いつか二人で留守番するときのために教えたのだと知った。

 その後、幸いにも優花本人は完治し、丈夫になって僕が対処することもなくなった。が、その基礎は拓巳くんのフラッシュバックの看病に生かされることになる。

 そういう世話焼き人生があんなところで発揮されちゃったんだよね。

「そこまではちょっとしたお節介の話でよかったんだけどね……」

「っつーか、むしろ通りすがりの『いい話』じゃん。おまえがそんな顔するトラブルの要素はどこだよ」

 健吾の疑問はもっともで、まさか僕も撮影が終わったあとでもう一山あるとは思わなかったのだ。

「実はそのあとにね……」

 僕は最後の唐揚げを頬張ると、紙コップの麦茶で流し込んでから話した。


「いやー、和巳くん! 今日はありがとね~」

 ハートマークが飛び交いそうな剣幕でコースケさんが飛んできたのは、撮影が終わった午後八時、拓巳くんとともに控室に引き下がってからまもなくのことだった。

「ね、お二人さん。このあと予定ある?」

 彼は満面の笑みで僕の肩を叩くと、ラフなジャケットに着替えていた拓巳くんに顔を向けた。

「空いてるなら夕飯奢らせてよ。美味しいワインのある店紹介するから。ね?」

 さすがアマチュア時代から付き合いがあるだけあって、コースケさんは拓巳くんを頷かせるツボを心得ている。案の定、拓巳くんは『美味しいワイン』のところでピクッとなり、僕が荷物をまとめ終えると聞いてきた。

「今日は木曜か……何か予定、あったか?」

「仕事はこれで終わりで、約束も特にないです」

 まだテレビ局の中なので仕事モードで答えると、コースケさんの眼差しがまた感慨深げになった。

「はー、立派だねぇ……それに比べて亜美ちゃんは可愛そうだなぁ」

 いつもコミカルな表情を作る顔がちょっとだけ哀切を帯びる。それを珍しいと感じたのか、拓巳くんが反応した。

「なんのことだ?」

 コースケさんはチラッとドアに目をやってから拓巳くんに近寄った。その角度がさりげなく正面にならないよう、肩を並べる位置なのがうまい。

「ほら、咳しちゃってた子。〈FAN・C〉の亜美ちゃん。さっきルックスが飛び抜けて可愛い子がいたでしょ?」

 と言って返事を待つものの反応はない。その無表情が意味するところは明白だ。

 誰だっけ。覚えてねーな。

 コースケさんは嘆かわしげに首を振り、僕に目でフォローを求めた。しかし。

「すみません。僕も彼女のことよく知りません」

「まったくもー。君たちはお互いの顔ばっかり見てるから、綺麗な子とか可愛い子に感動しないんだよ! あの子は今、大人気の柳沢亜美ちゃん。可愛いからモデルで活躍してたんだけど、一昨年の夏にグループで歌手デビューして、歌もかなりうまいから将来有望な子なんだよ。けど母親が足引っ張ってんの」

「母親? ……ああステージママとやらか」

 ステージママとは子役に付き添う母親のことで、我が子可愛さゆえに仕事に口を出し、かえって本人の害になる(たぐ)いの人のことだ。

 拓巳くんが顔をしかめると、コースケさんが違う違うと手を振った。

「ステージママならまだましだよ。あの子の母親は女優で、だから逆なんだよね」

 女優だから逆?

 どういう意味だろうと質問しかけたとき、ドアをノックする音が聞こえた。

「失礼します。こちらにまだタクミさんはおられますか」

 僕はすぐに付き人に戻ってドアに向かった。

「はい。どちら様でしょうか」

「先ほどお世話になりました柳沢亜美です。ご挨拶に伺いました」

 あ。来ちゃった。

 しかも亜美と言いながら声は男性のものである。

 さてはこの男がマネージャーか。

 後ろを振り返ると拓巳くんが渋面を浮かべている。その心は『メンドーだ、早く追い払え』。

 このとき僕たち二人が思い浮かべたのは、若手によくありがちな売名行動だ。

 売り出し中の若い子は、どんなささいなエピソードでも名を売るチャンスになるが、その相手が〈T-ショック〉のタクミともなれば話題騒然である。マネージャーとしてはぜひともこの機会に亜美を売り込みたいところだろう。

 振り向いてコースケさんに目で問いかけると彼は小声で言った。

「可哀想だけど手短にしたほうがいいと思うよ。さっきの話に関連するんだけど」

「わかりました。スパッと切り上げてきます」

 その手の対応は、横澤さんが担当から離れてからは僕もだいぶ修業を積んできている。ドアを少しだけ開いてその場で話を収め、中に入れないのが肝心だ。

 さて。亜美さんをほったらかしていたマネージャーは一体どんなやつだ。 

「ご用件は僕が承ります」

 身構えて背筋を伸ばすと、視線の先には意外にも真面目そうな顔立ちの男が立っていた。

 年はおそらく三十前後、身長はコースケさんと同じくらいだ。黒い髪を短く整え、ダークグレーのスーツを着た姿は、空手家のような引き締まった印象だ。しかしやや角張った顔の中に納まる優しそうな目が、全体の雰囲気を和らげていた。

 あれ。なんか想像した感じと違う。

 いやまだわからないぞと気を引き締めると、男は内ポケットから名刺を取り出した。

「あなたが付き人の高橋さんですか。私、マネージャーの榑林(くればやし)(とも)(あき)と申します」

 差し出された名刺を受け取ると、彼はホッとしたように笑ってから、右の肩越しに後ろへと目をやった。そこには、スーツの姿に隠れるようにしてワンピースに着替えた亜美が立っていた。

 少し休めたのだろうか、撮影のときよりはずいぶん顔色がいい。

 彼女は少しはにかんでから僕に会釈し、それを見た榑林なるマネージャーがこちらに向き直った。

「亜美の体調のせいで撮影が中断になってしまい、タクミさんには大変、ご迷惑をおかけしました。申し訳ありません。高橋さんには亜美を助けていただいてありがとうございました」

 こんなときに使われる模範的な挨拶である。僕は営業スマイルで返した。

「ご丁寧にありがとうございます。タクミも気にしていないと申しておりますのでご安心ください」

 ではこれでと頭を下げようとしたが、相手の発言のほうが早かった。

「それで高橋さんに改めてお話があるのですが、お時間の空く日を伺ってもよろしいですか?」

「えっ、僕ですか?」

「はい。お礼を兼ねて、ぜひ食事をご一緒できればと」

 戸惑って亜美を見ると、彼女も驚いた顔をしている。

 うーん? 拓巳くんじゃなくて僕に。

 一般の仕事関係者で僕らが親子だと知る人は少ない。Gプロではトラブル防止のために口外禁止だし、親交のある人たちには口止めしてある(コースケさんも親しげにしてはいてもソコはちゃんと押さえていた)。始めたばかりの頃は姿も似ておらず、外部の人に聞かれたときはタレント見習いで説明がついた。

 近しい人たちは、最近は顔が似てきたというのだが、僕はふわふわした癖毛のショート、拓巳くんはサラサラのストレートロングなので、前髪を下ろしていればまず勘ぐられない。だから初対面の彼らにとって、僕はただのGプロのスタッフのはずなのだが。

 知られてる? いやそれにしては素振りがないし。

 想像がつかなさすぎて返答に窮していると、榑林マネージャーがさらに畳みかけてきた。

「けして高橋さんの損になる話ではありません。安心してください」

 あからさまな懐柔のセリフについ警戒心が湧く。

「でも、ここでは聞けない話なんですよね?」

 彼は困ったような笑みを浮かべた。

「説明するために時間をいただきたいので。そのほうが高橋さんにもご理解いただけるかと」

 ……ってことは時間かけないとわからない話なのか。

 できればそんな怪しい話は即答で遠慮したいのだが、そうするには亜美の眼差しが気になる。彼女の目には希望と不安、そして榑林への気遣いがあった。

 亜美さんは、このマネージャーを信頼してるんだ。

 手元の名刺を目だけで覗くと〈高山プロダクション〉とある。すぐには思い浮かばない芸能事務所だ。

 まあ、拓巳くんを利用しようというんじゃなければ、話を聞くぐらいはいいか。

 そんな考えが頭をよぎったとき、いきなり後ろから荒々しい声がかかった。

「おいキサマ! さっきから聞いてりゃあ、ナニが『損になる話ではありません』だ。怪しいスカウトにしか見えんわ!」

 いつの間にそばに来ていたのか、怒りモード全開の拓巳くんが僕の背後に立っていた。

「目の付け所には感心してやるが、おまえの事務所に和巳はやらん。とっとと帰れ!」

 榑林はギョッとして拓巳くんを見やり、直後、目潰しを食らったようにギュッと目を瞑って顎を引いた。

「す、すみません、タクミさん。けしてスタッフの方をスカウトするわけじゃありません!」

「じゃあなんだ。(やま)しくないなら今話せ!」

「いやでも、これはビジネスの話なので場所を……」

「ビジネス? やっぱスカウトじゃねーか! 舐めてんのか、ああっ?」

 待たされてイラついてもいたようで、かなりガラが悪くなっている。

「いえ、だからその!」

 榑林につかみかからんばかりの勢いで拓巳くんが僕の前に躍り出ると、驚いた亜美が榑林の腕に身を寄せた。すると後ろから慌てたような声がした。

「ちょっと拓巳くん! 揉めるくらいなら楽屋に入れなよ。誰が通りかかるかわからないよ!」

 僕はハッと職務を思い出した。

 そうじゃん! あなたが出てきちゃダメでしょ!

 しかしその配慮は一歩遅かったのである。

「すみません榑林さん! 今日のところはお引き取りいただいて、改めて事務所のほうに連絡を」

 彼を睨み付ける拓巳くんの肩と袖をつかんだそのとき。

 パシャッ! パシャパシャッ!

 突然、僕の斜め後ろあたりで連続のシャッター音が鳴り、慌てて振り返ったときには脱兎のごとく廊下を駆けていく男の後ろ姿があった。

 うそ……っ!

 あまりの素早さに誰も動けないうちに男が廊下を曲がっていく。

 あとに残されたのは、顔を付き合わせて向かい合う拓巳くんと榑林マネージャーに、偶然にも同じような感じでそれぞれの腕に取り縋った僕と亜美なのだった……。


「えっ? ちょっと待って。そのシチュエーションってまさか」

 話を聞いた優花が気づいたように声を上げ、同じく気づいた健吾はヒソヒソ声で絶叫するという偉業を達成した。

「じゃあナニかっ。あの亜美ちゃんと拓巳さんが写った写真が、近々どこかの週刊誌に載るってことか!」

 僕はもはや隠す気力もなく、痛恨の思いで言った。

「………多分」

「うおおぉ……これは久々にトップを飾ることになりそうだ」

 あ、やっぱりそう思うんだと落ち込むと、優花が慰めるように言った。

「で、でも柳沢亜美はマネージャーさんにくっついてたんでしょ? それじゃ拓巳くんとの話にはならないんじゃない?」

「そこはもう、プロの手にかかればどうにでも」

 僕の脳裏が想像の翼を広げる。

『熱愛発覚! 柳沢亜美を連れ出すタクミにマネージャー必死の抗議か!』

『〈T-ショック〉のタクミ、トップアイドル柳沢亜美のマネージャーと交渉。《夜のデートは十時まで》』

『柳沢亜美、マネージャーに涙の懇願。《彼とのお付き合いを許してください》』

 ……いくらでも作れそうな自分がイヤだ。

 健吾も腕を組んで優花の楽観論を否定した。

「今をトキメく亜美ちゃん相手じゃなー。きっとその男はスクープ狙いの業者だぜ。拓巳さんも、なんだってそんなのをウヨウヨ引き連れてそうなアイドルがいるときに楽屋から出てきちゃったんだか」

「それはその、やっぱり僕たちの認識不足で……」


 写真を撮られたあと、すぐさま行動したのは榑林マネージャーだった。

「申し訳ありません。画像の流出が押さえられるかやってみますので今日は失礼します!」

 彼は青ざめながらも「君にはタクシーを呼ぶからね」と亜実に優しく声をかけ、慌ただしくも走らぬように気をつけながら帰っていった。

 その気配りには感心しつつも、僕たちは彼の慌てぶりをいまいち理解していなかった。

「あれってどう取られると思う? 拓巳くん」

 ひとまず部屋に戻り、テーブル備え付けの椅子に落ち着いてから問いかけると、拓巳くんは背もたれにダラリと寄りかかって面倒臭そうに言った。

「別に? よそのマネージャーに俺がイチャモンつけてる写真が出たところで、たいした話題になんぞならねーだろ」

「でも榑林さんは凄く慌ててたよ。やっぱり有望なアイドルを手掛けるマネージャーとしては、『〈T-ショック〉のタクミ』と言い争う姿は撮られちゃまずかったのかな」

「写真だけじゃ、俺から説教食らってるぐらいにしか見えねーと思うがな」

 そうかなぁ、とやり取りする僕たちの認識を正したのは、テーブルをパシッと叩いたコースケさんだった。

「君たち! なにすっとんきょうな会話してるんだよ。スキャンダルに決まってるでしょ! 相手はあの柳沢亜美ちゃんだよっ?」

「えっ、スキャンダルですか?」

「えー? あんなちっこい子タレと俺が一緒に写ったところで噂になるとも思えねーけど」

 口々に疑問を呈する僕たちにコースケさんは呆れた目を向けた。

「こ、子タレって……もーこれだから天然美形は! いや、拓巳くんはこの際、諦めるとして和巳くん。君まで親の悪いところに似ちゃダメだよ」

「えーっと、それはどういう……」

「有名人の付き人さんが同業者にいちいち反応してちゃ仕事にならないけど、今注目されてる芸能人くらいは把握しておかないと。これ見てごらん」

 コースケさんはポケットからスマートフォンを取り出すと、画面を数回タップして僕たちに見えるようにテーブルの上に置いた。果たしてそこには。

「えっ、これ亜美さんですか?」

 画面の中の亜美は、音楽番組の収録なのか、六人の女の子と並んでインタビューを受けていた。こちらはフリルを駆使したミニスカートの衣装なのだが、ヒールが高いからなのか随分と大人びて見える。先ほどの彼女は六年生にも見えたのに、これはどうみても高校生にしか見えない。

「メイク? いやでもさっきだって……」

「じゃあ、これ聴いて」

 コースケさんが再び画面を操作すると、今度は映像と共に曲が流れ出した。

 えっ!

 僕と、そして今度は拓巳くんもテーブルに身を乗り出した。

 強く太く、そして伸びやかなその声――。

 それは可憐で華奢な外見を裏切る、まるで二十代の脂の乗った女性シンガーが歌っているかのような迫力の歌声だった。しかも。

「これ、この曲知ってます」

「俺もだ。どっかのグループだった。音楽番組で一緒だったはずだぞ」

「まあ、そうだろうね。半年前に大ヒットしてたから」

 確か人気ドラマか何かの主題歌だった曲だ。

「これがあの子タレ?」

 さすがに拓巳くんも驚いている。

 グループと言いながらも旋律を歌っているのは主に亜美一人で、左右の二人がコーラスとダンスを、後ろの四人はダンスパフォーマンス専門だ。どの子も中高生くらいに見えるのだが、それぞれの技が飛び抜けてうまい。

 外見からは想像もつかない、度肝を抜くようなダンスパフォーマンスとぶれないハーモニー、そしてその上をいく亜美の圧倒的な歌唱力――。

 僕はしばらく画面に釘付けになり、動画が終わってもなお動けなかった。

「彼女らのウリはずばり『ギャップ』なんだ。可愛らしいルックス、大人びた話し方。そしてとどめが迫力のステージパフォーマンス。その筆頭が柳沢亜美ちゃん、御年十六歳!」

「あれで高校生!」

 実物は十代前半に見えるあどけなさ。ステージではベテランにも見劣りしない若手ボーカリスト。

 あまりに振れ幅の大きいギャップに言葉を失っていると、コースケさんが説教口調で言った。

「ね、わかったでしょう? みんなはまず動画を見て、実力派アイドルとしての彼女のファンになるんだよ。そしてイベントとかで実物を見て、あのお人形さんみたいな可愛らしさにノックアウトされちゃうわけ」

「じゃあ、やっぱりその、世間の方々は」

 おそるおそる訊ねると、彼は「そうだよっ」と再びテーブルを叩いた。

「そこにボーカルとしては実力派の先輩で、しかも外見的には二十代半ばにしか見えない拓巳くんが並んだら、誰がどう見たって同類系カップル誕生の瞬間じゃん!」

 僕も拓巳くんもその意見には、もはやなんの反論もできなかったのだった……。


「そ、そこまで世間の情報に無関心だったわけね」

 目を丸くする優花の横で、健吾が嘆かわしげに首を横に振った。

「いやぁ、拓巳さんのオレサマ伝説がまたひとつ計上されちゃったぜ。あのフランス人形のような亜美ちゃんをして『ちっこい子タレ』とは」

 あの人はホント、オマエの顔以外は興味ねーんだなと健吾はぼやいた。

「もし画像の回収ができなかったら、さぞかしホテルのカンズメが長かろう。雅俊さんたちには……これからなんだな?」

 大丈夫か、と聞かれて僕はトホホな気分になった。

 週刊誌に載れば自宅マンションの入り口はしばらく取材攻勢を受ける。近所迷惑になるので大抵はホテルに避難する。有名芸能人にありがちなパターンだが、〈Tショック〉の場合は他とちょっと事情が異なる。美形同士のボーカルとリーダーが勝手に世間でカップルにされているため、片方に恋愛報道が出るともう片方もホテルに連座するハメになるのだ。因みに祐さんまでカンズメに付き合うのは、二人が密室で爆発するのを阻止するためである。

 今回のことで俊くんからはさぞかし盛大な雷が落ちるだろう――拓巳くんに。

 なにしろ遠からず、週末の逢瀬がカンズメでパァになるのだ。

「あれから沖田さんに電話して、今はGプロからも画像の回収スタッフが動いてる。俊くんたちにはメールで知らせてあるから、今日の夕方、Gプロの会議室に集まることになってるんだよ」

 沖田さんにはその後すぐにタクシーで自宅に帰るように言われ、『子タレのせいで旨いワインを逃した』とふて腐れる拓巳くんを連れて昨日は直帰したのだ。

「だから亜美さんの話、コースケさんから色々聞きそびれちゃった」

 放課後の運命を思って嘆息混じりにぼやくと、優花が気分を切り替えるように言った。

「亜美ちゃんが可哀想ってやつね。女優だと逆ってなんのことだろうね」

「昨夜は亜美さんを調べるのに手一杯で、僕まだその白川皐月って人を調べてないんだ。どんな女優さん?」

「うーん。私も詳しくないけど、普通に美人でドラマの脇役によく見る顔って感じ?」

 優花が答えると健吾が言った。

「そのマネージャーさんの話ってのもナゾのままだよな。また連絡してくるかな?」

「それはもうしたくてもできないと思うよ。それどころじゃなくなっちゃったからね。普通はほとぼりが冷めるまでお互いおとなしくするものだし」

 僕としては、至って一般的な意見を述べたのだったが、のちに一般的とは一般人に当てはまるものであり、そもそも芸能の世界は一般には当てはまらないのだと気づくことになる……。



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