8.大団円
その日、その国では大々的な祝賀パレードが行われていた。ついに魔王が討伐されたのだ。
大通りでは魔王を討伐した勇者の一行が、取り囲む観衆に手を振って凱旋している。その後ろを王宮音楽隊が付いて回り、ラッパやシンバルや太鼓と言った楽器で盛り上げ、練り歩いていた。その姿に、人々は思い思いの言葉を掛け、歓声を振りまいていた。
そんなことが日が沈むころまで続き、パレードが終わりに近づいてくると、街中ではもうあちこちで宴会が始まっているようだった。
無論のこと王宮でも各国の首脳を招待した祝賀パーティーが催される予定であり、勇者一行も参加する予定だった。
そして何を隠そう、この祝賀パーティーを主催している国王と言うのが、勇者その人だった。
「みんな、ありがとう! 魔王を討伐できたのはみんなの努力のおかげだ。魔王討伐だけじゃない。国を発展させて、各国と和平を結ぶことができたのも、今までのみんなの努力があったからこそだ。もう魔王はいない。奴隷として苦しむ者も出させない。この平和を共に祝おうじゃないか!」
勇者が盃を掲げると、拍手や歓声が飛び交った。王宮の祝賀ムードも最高潮を迎えていた。
その二人組は闇の中を進む影その物のように振る舞っていた。人目を避けるように街路を進み、決して目立つような振る舞いはせず、誰の気にも止まらない。祝賀ムードに包まれる街の人々には、黒い外套を纏って街中を泳ぐように進む影など、誰も興味を持つ者も居なかった。
しかしそれも、その二人が王宮の目の前に来るまでのことだった。
誰もが浮かれている中でも、やはり門番はそういう訳にはいかないようだった。真面目に二人並んで、影の前進を阻んで来る。
「止まられよ」
門番の一人がそう告げながら、近づいてきた二人を値踏みするように眺めているようだった。
外套はもちろんの事、その下の鎧姿まで真っ黒な二人組に、門番はどういった感想を持ったのだろう。怪し気に思っているのかも知れないが、無下に扱う訳にもいかないと言ったところか。今日は各国から来賓が多く訪れる日であるし、勇者の知り合いは剣呑な手合いも多い。
「ご来賓の方でありましょうか? 招待状の提示をお願いしたい」
門番はごくありきたりな確認をすることにしたようだ。続けて告げる。
「尚、この先武器の携行は許されておりませんので、招待状を提示した上、武器をこちらにお預けください」
そう言って門番は、黒ずくめの二人組の方へと手を差し出した。
「そうか、なら預けておくぜ」
雰囲気に相反して、二人組の片方が素直に応じた。何気ない足取りで近づくと、その男は懐から短剣を一振り取り出し門番へ見せつけた。
「ちゃんと預かっといてくれよな」
そう告げる時にはもう短剣は、男の手から門番の喉元へと移っていた。
驚愕に目を見開いて、その門番は自分の喉に突き立った短剣へ縋り付く様にもがいた。ゴボゴボと言う音を立てながら、口から血の泡を吹いている。その様を、短剣を突き立てた男は笑いながら眺めて居た。
倒れていく同僚を眺めて、やっと状況を飲み込めた門番が息を呑むのが分かった。そして絶叫と共に仲間を呼ぼうとしているのも容易に知れた。
すかさず、もう一方の影の方が動いた。男の方に比べて華奢な体付きだった。それが俊敏な動きで一刀両断に、残った門番を切り殺した。
だがその様子に、男の方は不満そうだった。
「バッカお前、余計なことしやがって」
拗ねる子供のように唇を尖らせる男に対して、華奢な体付きの人物が静かな女性の声で告げた。
「余計な戦闘は避けた方がいいに決まってる」
納刀しながら、女はそのまま先を急いだ。
その後姿を眺めながら男は肩を竦めた。
「無駄だと思うがね」
仕方なく、男は女を追って王宮の中へと進んで行った。
王宮の中では既に騒ぎが起きていた。と言っても、先ほどの男が起こそうとしていた騒ぎとは毛色が違っているようだった。
「何をしている! 医者はまだなのか!?」
怒号が飛び、辺りからはどよめきが起こっている。
「勇者様しっかりして!」
「回復魔法は試したのか?」
「試しました……。ですが、そもそもどこにも体には異常が見つからないのです……」
人々が勇者を取り囲んでいる。その中心で、勇者は椅子に座ってただ俯き加減に座っていた。どこを見ているのか分からない眼差しで、ただただ座っていた。
誰の呼びかけにも反応しない。魂の抜け殻のような状態で、ただ座っている。
「お兄ちゃん、返事してよぉ……」
猫耳の少女が彼の膝に縋り付きながら呼びかけても、まったく反応がない。同じように彼の周りに集まった女性たちが思い思いに呼びかけ、触れてもなお、勇者に反応はなかった。
「一体どうしたと言うんだ……」
その言葉に答えるように、場の空気を突き破るように、大広間の部屋の扉が蹴り開けられた。医者が駆け込んできたのかと見た者も居たが違った。
「どうもー。魔王代行でーす。終わりを告げに来ましたー」
血塗れの武器を両手に構えた男が、気の抜けた声を漏らしながら乱入して来る。その状況を理解できる者は恐らく居ないだろう。だが、魔王と言う単語に皆が戦慄した。
「俺は気に入ってるぜ、この通り名。話が早くてよ」
言いながら、男は手近に居た人間から切り殺した。ボロ屑のように、バラバラになって死んでいく。
「さあ、始めようぜ。殺戮をよ」
魔王の名にふさわしい笑みを湛えながら、男はゆっくりと前進した。