表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王代行  作者: まーくん
5/12

4.結

 魔王の居城はノースエンド山脈のさらに北の大地に存在する。そこは生物の存在を拒む極寒の地。素直に山脈を超えようとすれば、死は免れない。地下洞窟を利用して魔王軍は山脈を越えるが、地下世界は魔物の巣窟。とても人が無事に通れる道ではない。

「と言って、竜を僕にするなんて考えと、どっちが無謀なんだろうね」

 渓谷の岩場の進みながら、炎の魔導士ミーファはボヤいていた。炎の加護を受けた物の証。その赤く染まった自慢の髪が、砂ぼこりでゴワゴワになっているのが気に入らないのか、何度も髪をかき上げていた。

「今のアタシ達なら伝説級のドラゴンとだって戦えるよ」

 筋骨隆々の女戦士のレドが軽い調子で答えた。四人分の大荷物を苦も無く担いで歩いている。

 今やケントたちは世にその名を轟かせる歴戦のパーティーだった。そこらの冒険者ではもう敵う者はいない。数々のクエストをこなし、いくつもの国を救ってきた彼等なら、ドラゴンと言えども遅れを取ることはないだろう。

「そう言うことを言ってるんじゃないんだよ」

 ミーファは不満げに口をとがらせていた。

「ドラゴンを叩きのめすことに関しちゃ問題ないさ。その後、ちゃんとドラゴンが言うこと聞くかって話だよ」

「そのために、苦労して古代遺跡からこの短剣を見つけて来たんじゃない」

 そう言って、神官のラシィが胸に抱える短剣を掲げて見せた。それは竜を従えると言う伝説のマジックアイテムで、短剣には竜のような紋章が刻まれていた。

 だが、それでもミーファは不満げだった。

「そうは言ってもその短剣、使い方も分からないじゃない」

「短剣なんだからブッ刺せばいいじゃない」

 女戦士のレドが快活に笑い飛ばしてみせたが、ミーファはなんだかイライラした様子だった。

「まったく、こんな行き当たりばったりで本当にいいのかねえ……」

 ブツブツ呟く彼女をケントはなだめた。

「まあまあ、疲れてイラついてるだけだよ。ここらで休憩しよう」

 ちょうどそこは周りと比較して平らな地面が広がる場所だった。休憩するにはちょうどいいだろう。

 ケントとしても、急ぎたい気持ちはあった。数々の困難を乗り越えて、やっとここまでたどり着いたのだ。竜さえ従えられればついに魔王の居城に乗り込むことができる。魔王を倒せばすべてが終わる。それもこれも全て、現世での復活を果たすための苦労だった。冒険を通してこの世界と関わり、少なからず愛着はあったが、それでも家族や大切な人たちを忘れることはできなかった。早くあの平和な日々に戻りたい。ただいまも言わず、なんでもなかったかのようにまた家族と笑顔で暮らすのだ。

 しかしながら、パーティーのリーダーとしての責務と言う物がある。私情を優先してチームを危機的状況に落とし入れる訳にはいかない。焦る気持ちを押し殺して、ケントはミーファに促した。

 だが、ミーファはその提案に首を横に振った。

「別に疲れてるわけじゃないさ。ただ、ちょっとね……」

「ちょっと……?」

 オウム返しにケントが尋ねると、ミーファは髪に指を突っ込んで頭を掻いた。

「なんだか、嫌な予感がするんだよ」

 自分自身でも分からないモヤモヤとした感情に煩悶しているようだった。こういった直感は神官のラシィの専売特許のように思えるが、意外とミーファの嫌な予感は当たることが多い。もちろん外れることもあるのだが。

 念のために辺りを確認する。視界内には魔物の姿も、お目当てのドラゴンの姿も見えない。

「気のせいなんじゃないか?」

 今のところ、数キロに渡って危険らしいものは見当たらない。探知スキルの広域レーダーにも、敵影の姿は見えない。竜が住まう渓谷がゆえに、魔物すらも立ち寄らない場所だ。存在を示すレーダー上の光点は、ケントたち四人の物だけだった。

「そうそう、ケントの探知スキルがあれば平気だって。敵が接近してきたら分かるしさ。先は長いんだし、休める時に休まないとね」

 言うが早いか、レドはどっかりと腰を下ろした。荷物を下ろして首を鳴らしている。

 それでも、ミーファは落ち着かな気な様子だった。立ったまま座ろうとしない。そんな彼女に、ラシィが優しい物腰で話しかけた。

「姉さん、休んだ方がいいんじゃないかしら。ドラゴンと戦うためにも、体力は温存しておかなきゃ」

 だが、妹のそんな説得にも応じず、ミーファは座ろうとしなかった。

 頑なな態度を取る彼女にケントは不安気な面持ちで近づいた。

「本当に大丈夫なのかミーファ? 無理してるんじゃないのか?」

 彼女を心配するような眼差しを向けるケントに、ミーファは困ったような顔を見せた。彼女はいつもこんな調子だった。迷惑と言う訳でもなく、ただ向けられた善意にどう対処すればいいか迷っている様子で。

「大丈夫だってば。そんな顔するな」

 難解な問題に直面したように頭をポリポリと掻いてため息を吐くと、彼女はケントに対して苦笑してみせた。

「まったく、アンタは人のことばっかり気にしてさ。もう少し自分のこと優先したっていいんだよ」

 そっとケントの肩にミーファの手が置かれる。

「アンタだって本当は一刻も早く先を急いで、元の世界に帰りたいんだろ?」

 図星を突かれてケントは思わず言葉を飲んでしまった。そんな彼の様子を見ながら、ミーファは優しい声音で語り掛けた。

「悪かったね、私たちの世界の厄介ごとに巻き込んじまってさ。きっとアンタにはアンタの生きる世界があったのに、アタシらの都合でこっちに引っ張り込んじまった。報いてやれることは何もないって言うのに、アンタはこの世界のために戦い続けてくれてる。感謝してもし足りないよ」

 そう言って、彼女はケントの手を取った。

「だから、せめて一刻も早く魔王をぶっ飛ばして、アンタを元の世界に帰してやりたいのさ」

 そう言って手を解くと、ミーファは拳でケントの胸を小突いた。まるで心のドアをノックするような調子で。二人の間に、自然と笑みがこぼれた。

「さあ行くよ、みんな。世界のみんなが、アタシ達の活躍を待ってるんだからね」

 ケントを差し置いてリーダーシップを発揮するミーファに、何となく場の空気が和んだ。だから、彼は気付いていなかった。

「そうだな、行こうか」

 そう言って、ミーファの後を追おうと他の二人に促そうとした時。ふと、探知スキルのレーダーに小さな異変があるのに気が付いた。

「……なんだこれ?」

 マップ上に、赤い糸くずのようなものが走っている。マップ外からマップの中心、つまり自分たちが立っている辺りへと。一瞬、目の錯覚かマップの不具合かと思ったが、すぐにそうではないと言うことに気付いた。それは、敵意探知が示す、敵の範囲攻撃の警告だった。

 ケントは、背中を粟立つのを感じた。彼の探知スキルの効果範囲は数キロに及ぶ。その範囲の外から、敵の射程が届いている。そんな長大な射程を誇る攻撃方法を、彼は知らない。常識的に考えれば、あり得ない事だった。そのため、気付くのに遅れてしまった。

「危ない!」

 とっさに叫んで、彼はミーファに追いすがった。その赤い警告線は、真っ直ぐにミーファの後姿を狙っていた。

 彼女は、えっと言って振り返った。だが、その彼女の様子を気にしている暇はない。すぐにでも、敵の何らかの攻撃が迫って来るかも分からない。ケントは、ミーファを守るように盾を構えた。

 どんな攻撃が来るか想像もできない。射程が長い分、威力は大したことはないかも知れないなどと、希望的観測を言ってしまってもいいとも思えない。彼は、心臓が冷えるのを感じながら身構えた。

 そして——

 次いで起こった事態に、絶望的なうめき声が口から洩れた。赤い直線が、もう一本増えたのだった。

「クソ……ッ!」

 やられた。新たに増えた直線は、神官であるラシィを狙っている。きっと敵はこれを狙っていたのだ。パーティーの要であるヒーラーを、無防備なまま屠ってしまおうと言うことだ。ヒーラーを失ったパーティーは、もう体勢を立て直すことは不可能である。敵は意地が悪く、戦略的だ。

 ケントは迷った。今ならまだラシィを助けられるかも知れない。だがそれは、ミーファを見捨てることになる。どちらかを助ける二者択一。どちらかしか助けられない。

 ラシィはヒーラーだ。パーティーリーダーとして、そして合理的な判断としては彼女を助けるのが正解なのだろう。しかし、その代償にミーファを見捨てると言うのは、人間の尊厳にも関わる悩ましい判断だ。おそらく敵の意図したところなのだろう。彼の人間性に揺さぶりをかける攻撃だ。彼の逡巡もきっと計算しているに違いない。敵は余程性格が悪いらしい。

 そして、次に起こる光景に、ケントは怒りを覚えた。彼の煩悶をあざ笑うかのように、ミーファを捉えていた狙いが、くるりと向きを変えた。一番遠く離れた位置に居る、女戦士レドの元へと。

 既に数手、後れを取っている。考えられる余裕も、打てる手もそう多くはない。

「避けろッ!」

 叫んだが、誰一人として今の状況を理解している者はいなかった。皆、戸惑った表情をこちらに向けているだけだった。

 きっと、彼が叫んだのと同時に放たれたのだろう。物凄い速さで、何かが迫って来た。赤い矢印のようなものが飛来してくる様子を、レーダーマップが示していた。到達予想時間、およそ三秒。ケントは頭の中でとっさにそう判断した。

 レドは離れすぎている。助けられない。何とか避けてくれと心の中で祈りながら、ケントはミーファの方へと駆け出した。

 タイミング的にはギリギリだった。僅かな差で、射線軸上に身を投げ出すことができた。だが、盾を構えるような余裕はない。飛び込んだ姿勢のまま、ケントは覚悟を決めて衝撃を待った。

 瞬間的に、身体が動く。意識せずとも、それは発動する。空中のあり得ない動きでもお構いなしに、彼の盾スキルは実現する。オートガード。射撃攻撃に即応する、自動発動のスキルだった。たとえ彼が攻撃に気付いて居なくても、それは発動するのだ。

 だが、欠点もある。普通の防御行動より、ガード性能が著しく下がるのだ。ダメージは避けられない。

 ケントの体が吹き飛ぶ。四肢がちぎれ飛びそうな衝撃に彼は耐えた。

 叫び声、破壊音、悲鳴。色々なものが阿鼻叫喚のように響いていた。それを、ケントは地面を転がりながら聞いていた。

 すぐさま、第二射が来るかも知れない。痛みすら気にする様子もなく、彼は立ち上がった。

「ケント!」

「ケントさん!」

 姉妹の叫びが木霊する。彼女らは彼の元へと駆け寄って来た。ミーファとラシィは無事なようだった。

 だが……。

 レドが居た方に視線をやるとそこには、上半身が砕け散った死体が転がっていた。一目見ただけで分かる。生きてなどいないだろう。あの状況でもなんとか危機回避しようとした跡が見られ、レドの体は左半身が大きく砕かれ、右半身は比較的無事だった。なんとか右腕などが残っている。だが、それだけだった。敵の放った攻撃は、レドの必死の努力をあっさりと打ち砕いた。

「大丈夫ですか? 今すぐ治療します」

 言って、ラシィが祈りを捧げる。彼女の手が発光すると、それをケントの体に押し当てた。見る見るうちに傷が塞がり、ステータス画面でもHPが回復していく様が確認できた。

 それに礼を言う暇もなかった。また赤いラインがマップ上を走る。

「俺の後ろに隠れろ!」

 叫ぶと同時に盾を構える。数あるスキルの中から、ロングレンジパリィを選択し、発動する。盾が発光し、半径数メートル防御フィールドが展開される。

 マップ上で、敵の攻撃が放たれたのが確認できた。そして今度は肉眼でも確認できた。

 まるで流星のようだった。おそらく矢か何かなのだろうが、それが星のカケラでも降り注いだように、光の尾を引いて飛来してくる。恐ろしい速さだった。見えたかと思うと、もう目の前まで迫って来てた。それが必殺の威力を秘めているのは疑いようもない。

 矢が盾に触れる寸前、弾かれるように、敵の攻撃の軌道が変わった。スキルの有効フィールドに触れ、矢はあらぬ方向へと飛んでいく。遠くの方で、岩場が砕ける音が響いた。

「なんなんだ今のは!?」

 ミーファが狼狽した様子で叫んだ。

「分からない……だが、俺スキルで無効化できるみたいだ」

 ケントがポツリと呟くと、はっと我に返ったようにラシィが声を上げた。

「レドを蘇生させなくちゃ…! まだ私の奇跡級の魔法なら助けられるかも!」

 言って駆け出そうとする彼女に、ケントは叫んだ。

「ダメだ!」

 その声量に思わずラシィは足を止めた。振り返って訴えて来る。

「でも、早くしないと!」

 蘇生魔法は早く掛けた方が成功率が高い。奇跡級の魔法なら、遺体のあの損傷具合でも助けられるかも知れない。だが……。

「迂闊に動かない方がいい。今も狙われてる……」

 赤いラインが、マップ上から消えていない。今も狙い続けている。そして、そのラインはレドの遺体がある場所付近を狙っている。

(誘ってやがるんだ……ッ!)

 敵の性格の悪さは徹底しているようだ。汚いやり方に怒りが込み上げて来る。

「このスキルは発動中動くことができない。だから、タイミングを合わせなくちゃダメだ。一人で行ったら確実にやられる」

 おそらく敵は、一つか二つ向こうの山の上から攻撃して来ている。マップ上のラインと肉眼で確認した矢の角度などから大体の位置は特定できた。もちろん、離れすぎているため相手の姿は確認できない。

「俺が合図したら全力ダッシュだ」

「分かりました」

「ああ」

 ケントの言葉にラシィとミーファが頷いた。

「いいか、行くぞ……」

 上空とマップを確認しながらタイミングを計る。ラシィとミーファが息を呑むのが分かった。その姿を確認し、号令をかけようと息を吸い込んだ。そして、叫び声を上げる寸前で異変に気付き、彼は違うことを叫んだ。

「待て!」

 赤いライン上を何故か光が走っている。何故だ?

 敵が接近して来ているからだ。そいつは、範囲攻撃の警告ラインを隠れ蓑にして、自身の接近を欺瞞していたのだ。敵の射撃警告と上空の確認に気を取られて、気付くのに遅れてしまった。もう大分接近させてしまっていた。矢ほどの速度ではないが、こちらも高速で接近して来ていた。

 対処法を考えている暇もなく、またマップ上に変化が起こる。攻撃の赤ラインが狙いを変えて、射撃手がまた矢を放った。狙いは、ラシィのようだった。

(ヤバいッ!)

 恐ろしく連携の取れた攻撃だ。接近する敵に対処しようとスキルを解除しようとしていたところだった。到達まで数秒。ラシィの身体能力では、矢の攻撃は避けられない。ケントは動くことができない。

「敵が接近してるぞ!」

 辛うじてそう叫ぶことしかできなかった。レドが生きていればこの状況も対処できたかも知れない。矢はケントが受け持ち、レドが接近してきた敵を迎え撃つ。だが、レドは最初にやられてしまった。敵は全て計算しているのだろうか。今、後衛は無防備な状態にあった。

 矢が到達し、スキルに弾かれてどこぞへ飛んでいく。すぐさまスキルを解除するが遅かった。敵はもう目の前まで接近していた。黒い物体が低空を飛行し、接近してくるのが確認できた。それは目の前まで来ると一旦上昇し、すぐさま急降下してきた。そのまま、ラシィへと激突する。

「ラシィ!」

 ミーファの絶叫が木霊する。それに釣られてケントはラシィの方を振り向いた。

 腹から鮮血を垂れ流すラシィの姿があった。刀に前から貫かれ、その刃が背後から突き出ていた。

 ズルリと刀が引き抜かれる。ラシィは糸の切れた人形のように、力なくその場に倒れ伏した。

「ま、魔王……!?」

 ミーファが思わず口走った台詞に妙な説得力を感じて、ケントは唾を飲み込んだ。魔王の姿など知らないが、確かに魔王と言うのはこういった姿をしているのかも知れない。

 漆黒の鎧を身に纏い、大きな翼を広げる姿。悠然と佇み、片手には血の付いた刀を握りしめている。まるで小さきものを眺めるように、その者は事も無げにケントの方を振り向いた。その顔は兜に覆われ窺い知ることはできない。

 その者は、ただ静かに佇んでいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ