鼠の馭者(三十と一夜の短篇第26回)
なんとも、むごいことをなさる。
この声も、ちゅうちゅうという鳴き声でしかない。
魔法つかいさま、あなたにとってはほんの気まぐれ。
たまたまえらばれた、私たちと南瓜であったのだろう。
せめて六匹の仲間のように、馬に変えられただけであれば。
私だけがたまたま馬車の馭者に仕たてられ、人の心を知った。
恋を知った。
おお、麗しき灰かむりの君。
あなたの気まぐれな魔法は解ける。
夜の十二時、私たちはもとの姿にもどった。
仲間六匹と南瓜はぼりぼりと、食物連鎖の相関をなした。
私だけがぶざまに泣きわめき、あなたの気まぐれを憎んだのだ。
ちゅうちゅうと鳴くだけ。
人にしてくれとも言えない。
あなたは私のことを忘れている。
鼠は鼠らしく生きていくしかない。
これから私は、眠るあなたの足首に噛みつく。
ただ噛みつくだけ、鼠に人が喰えるはずもない。
不浄のこの口中には、あまたの黴菌を培養している。
この黴菌をあなたの傷口から、あなたに分けあたえる。
気まぐれなあなたは、鼠の心など知りようもないだろう。
だからせめて、この不浄をあなたと分かちあいたいだけだ。
私たちの位置にまで、あなたたちの価値を落としてくれよう。
あなただけでなく、灰かむりの君にも。
王候貴族にも、市井の人々にもかじりつく。
噛みついて噛みついて是が非でも、この不浄をひろめたい。