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ようこそオーシャンワールド  作者: М・T
第一章:さんじの仕事
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調餌のこだわり

「だ、だって! 私動物とか……そんなに触れ合ってこなかったし、その」


「いいよ。取り敢えず魚運んできてよ。急いでやらないと間に合わなくなるし」


「は、はいわかりました!」


逃げるようにして冷蔵庫に飛び込んだかの視界に広がったのは、他に積まれた段ボールの山だった。これが全部魚なのかと思うと、とてもじゃないが時間以内に終わる気はしない。三人でも、無理だと思う。


だが、やらないといけないのは確かなので、無心で段ボールを外に運んでいく。


全部積み終わった頃、墨岡は既に魚をイルカ毎に用意されたバケツの中に入れていっており、また、既にその魚種は半分ほど終わっていた。


「私は何からすればいいですか?」


「取り敢えず簡単な魚種の選別を頼むね。これなんか良いんじゃない?」


そう言って鰹坂はすぐ近くのシンクからサバを取り出して加奈に見せる。スーパーで見る物と比べるとかなり小さいと思った。


「工程としては、水を貯めたシンクに入っているサバをこっちのバケツに移して欲しいんだけど、その時に傷や冷凍自棄が無いかをチェックしていくこと。あと、イルカ毎に給餌量は違うからこっちのリストを見ながら間違えないように移していってね」


そう言いながら鰹坂は真紅の近くに設置された白板に貼られた紙を指さした。全十頭の餌の量がg表記で記されている。A4用紙に十頭分のデータが詰められている所為か、とにかく見辛い。


それについて指摘しそうになった加奈だが、耐えた。鰹坂の言うように、今優先するべきはこの目の前の仕事を終わらせる事だと思ったからだ。


言われた通り、サバを一匹ずつ手にとってチェックし、バケツの中に入れる。終わればまた次のイルカの給餌量を確認し、サバを移す。


(何だ……結構簡単じゃん)


時間を細目に確認しながら作業を進めていく加奈。余裕を感じご機嫌に仕事を進めていっている最中、突然墨岡が加奈のシンクの水を抜き出した。


「え!?」


「水使い過ぎ。あと、魚を水に漬け過ぎ」


「はあ?」


素っ気無い言葉に苛立った声を出してしまった。百歩譲って最初のは解る。だがサバの解凍の為にサバを水に漬ける事の何がいけないのかが理解できないでいた。


「これ、餌ですよね。だったらしっかりと解かさないと食べられないんじゃないですか?」


実際水から上がったサバを手に取ってみたがまだ固く、ヒンヤリとしていた。


「……まず、外気に晒された魚の足は早い。だからここで最後まで溶かしちゃうと後の方の魚は駄目になる。これは知っておいて」


「うぐぐ……」


視線を合わせず論破された。言う事は解る。解るからこそ言い返せない。だが、と加奈はシンクに残ったサバ達を選別しながら思う。


(……たかだか二時時間くらいでしょ? 傷まないって!)


十時のショーが終われば次は十二時、二時、四時の開催となる。それぞれが今のように直前で餌を用意する為、今作っている魚が傷む事は考えにくく、わざわざ人の作業を止めてまで水を抜く意味があったようには思えない。


(……嫌な人)


心の中で、会ったばかりの人をそう認定したのは初めての経験だった。


そして、その後は滞りなく作業は進み、無事調餌は終わりを迎え、墨岡とその後輩数名が忙しなくバケツを運び出していく。


その姿を見ながら加奈は自分も手伝おうと思ったが、止めた。そもそもどこに運べばいいのかも解らないし、声を掛けられる雰囲気でもない。


鰹坂に連れられ、外に出る。そしてそのまま行き先を告げられないまま歩き出していく。


「よし、じゃあ次は掃除だ」


「あれ、餌を作ったからそれをあげに行くのかと思っていました」


「んー、この時間の餌担当も決まっているからね。それに……」


「それに?」


言い掛け、鰹坂は「いや、何でもない」と笑って誤魔化した。加奈は不思議には思ったが、特に興味も無かったのでそれ以上深くは追及しなかった。


それよりも、


(次は掃除……かぁ。餌やりもだけど、掃除って……はぁ)


加奈は次の仕事に対しての憂鬱感を感じずにはいられなかった。思わず心の中で溜息を吐く程に。


「井上さん、どうしたの?」


「いえ、何でもないです……で、次はどの動物の所に行くんですか?」


それについても興味は無い。が、強いて言うなら小型が良いし、臆病な動物が良い。とにかく危険なのはお断りだ。鰹坂は勿体ぶる様にふふんと笑い、振り返り際に行った。


「馬」


「嫌です」


「え?」


思わず出た言葉に、加奈は咄嗟に自分の口を塞いだ。そして何度も脳内で(これは仕事これは仕事)と復唱して自分に言い聞かせる。


仕事を選り好みしない。加奈が入社から大事に胸に決めている言葉だ。嫌な仕事こそ率先してやる。その言葉のお陰で自分は齢二十三にして販売主任に上り詰めたのだ。例外など無い、筈。


「……もしかして、井上さん……」


不味い。冷汗を浮かべながら視線を逸らす加奈に、鰹坂は困惑した表情を浮かべた。


「もしかして動物……苦手?」


「…………苦手というか……嫌いです」


隠せない事を悟った加奈は素直に白状した。


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