一八、オレゴンに
「夏都、どうしたん? 何かあった?」
夏休みが終わり、久しぶりに再開した結理が言った。夏都は見違えるほど輝いており、明らかにきれいになっていた。親友の結理は、興味津々で夏休み中のできごとを聞いた。
「そうだったの。すごいね、それはきっと、運命やね。何か、私もうれしいよ。それに、彼、超イケメンやん。ちょっと羨ましいぞ!」
と結理は、夏都とアルクのツーショットを見ながら、とても喜んでくれた。
アルクと別れてから、ずっと考えていた。自分のルーツを知り、自分がどう生きるべきなのか、どのような人になりたいのかを・・・。
夏都もあれから毎日、アルクと、メールやスカイプ(インターネットTV電話)で、さまざまな話をした。そして、夏都はSEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)に参加した。広島から東京の国会前のデモに参加するのは、学生の身分では経済的に困難だった。しかし、広島だからこそ、広島で行動を起こすことも大切なのではないかと考えた。それからは、広島市内の各大学からの賛同者と広島発のSNSを始めたり、さらに週一回、駅前でのアピール行動も行った。母からは「広島県立大学への編入前だから、ほどほどにね」と心配されたが、
「三五曾おじいちゃんが一緒だから!」とスマホで撮ったあの写真を水戸黄門の印籠のように見せて笑った。いつの間にか、夏都は会ったこともない三五と心の中で対話するようになっていた。
(曾おじいちゃん、大多数の人が違憲だと言っているのに、これまでの憲法解釈を覆した閣議決定をするなんて、やっぱりおかしいよ。ちょっと前まではずっと憲法改正だって言ってきたのに、これじゃあ立憲政治も何もあったもんじゃないよ。だから、安全保障関連法案に反対するのは当たり前だと思うんだけど、じゃあ、どこかの国が本当に攻めてきたら、どうするの?っていう問いの答えが私にはまだ見つからないんだ。もちろん、外交努力でそんなことにならないようにするっていうのは大前提だと思うんだけど、それでも実際に戦争を仕掛けられたら・・・日本は対抗しないのかって聞かれたら・・・やっぱり武力を行使してでも国民を護ろうとするよね?・・・おばあちゃんが言ってたけど『曾おじいちゃん達は、お国ためなんて言いながら、本当は母親や幼い弟妹達、家族を守るために戦場に行ったんだって』・・・災害時にすごく頑張ってる自衛隊って、すごいと思うし・・・、でもどう見てもあれは軍隊で・・・ごく普通に憲法の文章を読めば、やっぱりおかしい?って思うよね。憲法改正って、やっぱり必要なのかなあ・・・あー、分かんないよ。曾おじいちゃん、私、これから先、どうしたらいいのかなあ・・・)
冬休みに入ると夏都はアルクに誘われて渡米した。
アルクの両親とは、スカイプで顔を見ながら何度も話はしていたが、実際に会う時はさすがに緊張で震えた。ハルクやアルクと同じ金髪で背の高いお父さんは、大喜びで夏都を抱きしめた。お母さんや伯母さん達からもやさしく抱きしめられた。一つ年下のモデルのような妹からも大歓迎を受けたが、美形家族に圧倒されて、かなりの劣等感を感じていた。そして、不安になった。
(アルは本当に私でいいのかな・・・?)
「ちゃんとしたデートは初めてだね」
そうなのだ。メールやスカイプでのやりとりを続け、お互いの愛情はより深まっていたものの、実際に会うデートというのは実はこれが初めてと言ってよかった。そして、自分で発した言葉に対し、三五曾おじいちゃんは(今は、そんな時代になっているんのか!)と驚いているんだろうなあと思った。さらに(昔から、いつでも、どこでも、誰とでも、TV電話で話ができていたなら、愚かな戦争は起きることはなく、みんな幸せに暮らせてたかもなあ・・・?)と言ったような気もした。
アルクは、自分の職場である大学や市内の有名どころを案内し、友人達に夏都を紹介した。最初は夏都のことを留学生の一人だと思っていた友人達は、実はフィアンセだと知り、アルクに祝福の嵐を炸裂した。夏都も数人の友人にキスをされて戸惑ったが、うれしかった。みんな、夏都のことを「カワイイ、カワイイ」と誉めてくれた。
次の日、アルクと夏都は二人で食料を買い込み、オレゴンのハルク ハイネンの家を訪れた。夏都は心の中で(三五曾おじいちゃん、もうすぐ親友のハルクさんに会えるよ・・・)と思いつつ、片や(アルと二人っきりで泊まるんだ!)と胸をドキドキさせていた。男性経験のない夏都は(もし、その時が訪れたら、どうしたらいいんだろう?)頭を悩ませ、胸を高鳴らせていたのだった。
オレゴンのハルクの広い牧場とそれほど大きくない家はすっかり雪に覆われていた。アルクは夏都を車の中で待たせておいて、玄関の鍵を開け、暖炉に火を着けてもどってきた。
「お待たせ。じゃあ、荷物を運ぼう」
ドア一枚の玄関を入るとすぐ居間があり、暖炉の火が赤々と燃えていた。
「夏は快適なんだけど、冬はこんな感じさ。でもおじいちゃんは、ここの景色が、楽しかった頃の満州の原野に似ていたから、ここに家を建てたんだって言っていたなあ」
そう言って壁の写真を見た。四人が満州で写した写真、日田で見たあの写真がそこにあった。夏都は(ハルクさんは、死ぬまでこの写真を見ていたんだね)と思い、自然と涙がこぼれた。そして、
「曾おじいちゃん、ここがハルクさんの住んでいた家だよ」と小さく呟いた。
家はすぐに暖かくなった。日が落ちてだんだんと暗くなり始めたので、夏都は台所を借りて、大急ぎで食事の準備をした。アルクは地下室から、ハルクが好きだったというカリフォルニアワインを出してきた。
「おじいちゃんは、写真を見ながらよく乾杯をしていたよ。あの頃は何も分からずに見ていたけど、今なら少し分かる気がするなあ?」
食事が済んで落ち着くと、急に二人きりであることを意識し出した。
「ナツ、珈琲を入れるね」
アルクは、二杯の大きめのカップに珈琲を並々と注いで、毛皮の敷物が置いてある暖炉の前に夏都を誘った。アルクと夏都は靴を脱いで敷物の上に座り込み、暖炉の火を見ながら、珈琲を飲んだ。
「不思議だね。こうして実際に会って話をするのは、まだ六日か七日か、そこらのもんだよ。それなのにナツのことはずっと昔から知っていたような気がするし、今は、きっとこうなる運命だったんだって思えるんだ」とアルクがつぶやいた。
「そうだね」と夏都も緊張気味に答えた。
そして、アルクは静かにやさしいキスをし、耳元で「ナツがほしい」と言った。さらに、背中をやさしく抱いていた手で夏都を引き寄せ、片方の手を夏都の胸に移し、乳房をやさしく包んで、夏都にとって初めてのディープキスをした。夏都もこうなるかもと心の準備はしていたが、現実に戸惑いつつ(胸のドキドキが聞こえて笑われないか)とか、(まだシャワーを浴びてないよー)とか、変なことばかりを考えていた。そして、意を決して「アル、私、初めてなの」と言った。
「分かったよ。やさしくするから、僕に任せて」アルクは耳元でやさしくささやいた。
次の日は快晴であった。ひんやりとした空気と澄み切った青空を見ながら夏都は、すがすがしい朝に、ある種の感慨を覚えていた。(曾おじいちゃんと愛琳さんも、もしかしたら、こんな朝を迎えたのかなあ・・・)と。
「ちょっと隣まで行ってくるよ」そう言ってアルクは車で出ていった。
「えー、私を一人にするの?」
(アルって、私をものにしたら、もうこんな態度をとるなんて、ちょっと失敗したかも・・・?)と夏都は少し憤慨していた。
一時間程経つと馬の鳴き声がするので、表に出てみると、馬に乗ったアルクがもう一頭の馬を引いて着いたところだった。
「ナツ、乗馬を教えるよ。そして、グランパのお墓参りに行こう」
(あー、そういうことだったんだ。でもそれなら先に言ってよね。それにまだ少し痛いんだけど・・・)と思ったが、アルクが自分のことを考えて準備してくれたことが分かり、夏都は「うん」と返事をしていた。
乗馬が初めての夏都は、何度か落馬をした。しかし、柔らかい雪があるので怪我はまったくしなかった。これもアルクが考えてのことだったのだろう。そして、何とか乗れるようになってから、見晴らしの良い高台にあるハルクのお墓にお参りをした。
「初めまして、ハルクさん。私は、姫山三五の曾孫で、藤本夏都と言います。今、アルとお付き合いをさせていただいています。・・・乗馬、難しいですね。天国でも三五曾おじいちゃん達と野山を駆けまわっているんですか?・・・」
夏都は、ハルクにいろんな話をした。そして、日本に帰る頃には、夏都もそれなりの乗り手になっていた。
夏都は、ようやく安心した。アルクとはメールやスカイプでずっとやりとりはしていたものの(本当に私でいいんだろうか?)という不安がずっとあったからだ。しかし、実際にアルクの家族、友人達と顔を合わせて、いろんな話ができたこと、そして、コロラドでの体験は、夏都の心をあたたかく包み込んだ。
「ナツ、結婚しよう」
「うん・・・アル、ありがとう」
夏都にもう迷いはなかった。しかし夏都は、まだ二十歳の学生である。さすがに、両親に学費や生活費を出してもらっている分際で、すぐに結婚するという訳にはいかなかった。
「でも、アル、大学を卒業するまで待ってもらえない?」
「うん、たぶん、そう言うだろうと思っていたよ・・・。実は、もう一度日本に行って、じっくりと研究したいと思ってね、今、広島大学に研究留学みたいなのをお願いしようとしているんだ。それがうまく進めば、取りあえず二年間は広島市か、東広島市に住むことになるかもしれないね」
「えー、そうなんだ! じゃあ、来年の春から、いつでも会えるようになるの?」
「うん、うまくいけばね・・・だから結婚の時期については、日本でゆっくりと相談しようよ」
(アルはいろいろと考えてくれてるんだ)
夏都はアルクの配慮がうれしくて、アルクの胸に飛び込み、そして背伸びをしてキスをした。




