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十三、長崎へ

| 日田市から長崎市までは、高速道路で二時間あまりである。しかし、九日の長崎はきっと混むだろうと、夏都とアルは、一一時前から始まる平和祈念式典に十分な余裕をと考えて、朝六時過ぎに家を出た。

夏都は、半年前、親友の結理ゆり達と車で長崎市を旅行していた。その時にも平和公園や原爆資料館、浦上天主堂やグラバー邸などを訪れていたので、不安なく運転できた。そして、前回と同じ駐車場に車を置き、式典に参加し、原爆資料館と浦上天主堂にもアルクを案内した。

式典では静かに祈るアルクが、資料館では食い入るように見て回るアルクがいた。漢字がまだまだ苦手のアルクは、夏都に助けを求め、夏都は喜んでそれを教えた。(ふふふ、何だかデートみたい)夏都は、不謹慎と思いながらもウキウキしていた。


丸山まるやま家は、長崎市の南西、グラバー邸に近いところにあった。敦子に書いてもらった地図では、駐車したところから家まで少し歩かなくてはならなかった。夏都は(アルがいなかったらこの坂道を重いスイカ二つ持って歩けないよ、おばあちゃんはどうしていたのかなあ)と思いながら歩いた。坂の途中の古風な門に「丸山」と表札があり、門と家屋の間には趣のある庭があった。

「ごめんください」

夏都が玄関をあけると、上品に和服を着こなした年配の女性が出てきた。

「いらっしゃい。よう、きんしゃったね。さあ、あがりんしゃい」

夏都達は、床の間と仏壇がある部屋に通された。そこには、年配の親戚の方々が座っていた。敦子あつこが事前に電話を入れておいてくれたので、家主の丸山トシ子以外にも数人の親戚が集まったのだった。

「突然、おじゃまして申し訳ありません。私は藤本夏都と申します。祖母の梶原敦子に、七〇年目の節目の年にちょうど長崎に行くのなら、ぜひ届けてほしいと言われて、祖母の作ったスイカをお持ちいたしました。そして、曾祖父に代わって丸山修二さんのお参りをしてくるように言われました。お参りさせていただいてよろしいでしょうか?」

「もちろんですとも。姫山三五《(ひめやまさんご》さんの曾孫さんが来てくれるなんて、修二しゅうじ叔父さんもヨシ江おばあさんも喜びます」

そう言って、夏都を仏前に促した。夏都は、アルクにスイカを供えさせ、一緒にお参りをした。

「今日は来てくれて、どうもありがとう。姫山さんにこんなかわいい曾孫さんがいるとは、わしゃあ、うれしいよ。ところで、こちらの方は、夏都さんのお婿さんかね?」

お参りが済んで、出されたお茶をいただいていた夏都に、修二の甥の丸山一男まるやまかずおという老人から、問いかけられた。夏都は思いがけない言葉にむせそうになり

「い、いえ、ただの友達です!」

と大声で全否定した。

「そうかの・・・いい雰囲気で、なかなかお似合いじゃと思うたがの・・・」

(似合ってる? 私が? アルと?)夏都の顔は真っ赤になり、胸がドキドキと高まるのを感じた。ちらっと横をみるとアルクの顔も少し赤くなっているように見えた。


 丸山家の方々は、夏都とアルクに、三五がシベリアから戻り、祖母や自分達に、戦地やシベリアでの修二の様子を詳しく語ってくれたこと、その後も何かある度にお参りに訪れ、時には米や野菜を送ってくれたりと本当にお世話になったことなどを懐かしむように話してくれた。そして、三五が持ち帰った、修二から母のヨシ江に宛てた手紙も見せてもらった。そこには、『一番よくしてくれた戦友の三五さんがきっと自分を連れ帰ってくれるから、自分のことは三五さんに聞いてほしい、生きて帰ることができなくて本当に申し訳ない。どうか、みんなは自分の分まで幸せになってほしい』という内容が書かれてあった。

親戚の老人達はみんな原爆で被爆しているそうで、一男は、「戦地で死んだ者、原爆で死んだ者、修二叔父さんのように戦争が終わってからシベリアで死んだ者、そして原爆の後遺症で死んでいった者、長崎じゃ大勢の者が死んでいった・・・。戦争はもう絶対にしちゃあいかんばい。わしらはもう先がなかけん、今後はあんたらのような若い人にこん平和を守っていってほしいち思うちょるとよ」と言った。

夏都は(七〇年経っても彼らの中の戦争は終わっていないんだ・・・)と思った。


二人は、名残惜しむ丸山家の方々に深々とお礼をし、長崎を発った。後部座席には、「昔、修二叔父さんが、そして姫山三五さんも美味しそうに食べていたんよ」というカステラのお土産が、二つ置かれていた。一つは私達に、もう一つは「姫山さんに供えてほしい」と頼まれた。夏都は、丸山家の方々が言った「姫山さんが来る度に叔父(修二)も一緒に帰ってきたような気がして、うれしかった。姫山さんはいつも楽しい話をして、何十年も長い時間をかけてわしらを癒やしてくれたんじゃ。血は繋がっちょらんけど、姫山さんはわしらにとっては大切な家族じゃった」という言葉を思い返していた。そして(曾おじいちゃんのことをもっと知りたい)と思った。

アルクも同じ思いでいた。(サンゴさんはグランパの言っていたとおり、素晴らしい人だったよ。僕はもっとサンゴさんのことが知りたくなったよ。アメリカに帰ったら、サンゴさんのことをたくさん聞かせてあげるから、もう少し待っててね)

敦子はアルクに

「もう一日うちに泊まらんかい?」

と誘っていた。最初、アルクはあまり長居をして迷惑をかけても・・・と思っていたが、今はその言葉に甘えようと思っていた。

 行きの車中では、生い立ちから学生時代のことまで、いろんな話をした二人だったが、帰りの車中では、ぎこちない会話に終始した。二人とも『お似合いじゃ』と言われた言葉をみょうに意識してしまっていた。特に夏都にいたっては、アルクの顔をまともに見られなくなっていた。そして(もしかして私、アルのことが好きになってる?・・会ってまだ三日目なのに・・・)と思っていた。


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