鬼の子リンちゃん
リンちゃんは鬼の子です。でもリンちゃんにはツノがありません。ツノがないのに鬼の子なんておかしいけれど、パパもママもするどいツノのはえたこわい鬼でした。
リンちゃんが住んでいる地獄ではこわい鬼たちが、悪いことをした人間をこらしめています。人間がこわがるおそろしいツノは鬼たちのじまんでした。りっぱな鬼になるにはツノが絶対に必要なのです。
だからリンちゃんのパパとママはいつまでたってもツノのはえないリンちゃんのあたまを見て、毎日のように大きなため息をついていました。
『わたしにツノがはえたら、パパとママはよろこんでくれるかな』
ある日、リンちゃんはこっそり家をぬけだしてエンマさまのところへと行きました。地獄の番人であるエンマさまはもっている尺で悪人たちをさばきます。エンマさまには鬼たちもこわがって近づきません。しかし、リンちゃんはエンマさまがこわくはありませんでした。エンマさまは見た目はおそろしいですが、リンちゃんにとてもやさしくしてくれるのです。
「エンマさま、どうしたらわたしのあたまにツノがはえるの?」
リンちゃんが聞くとエンマさまは低くて大きな声で答えてくれました。
「だれかにいじわるをして泣かせることができたらツノははえるよ。でもどうしてツノなんてほしいのかい?」
エンマさまは大きな目をぎょろっとうごかしてリンちゃんのことをみました。
「ツノのはえたりっぱな鬼になってパパとママをよろこばせたいの」
しかしエンマさまはリンちゃんに言います。
「やさしいリンちゃんがりっぱな鬼になるのはむずかしいかもしれないね」
リンちゃんはエンマさまの言っていることががよくわかりませんでしたが、元気よくおれいを言うとさっそくだれかにいじわるをしにでかけました。
ひとりで広い地獄をあるいているとごうごうと燃えるまっかな火のちかくを通りかかりました。そこは火のせいで何もかもカラカラにかわいて、空気もとても熱くなっています。でもリンちゃんはへっちゃらです。リンちゃんがあたりを見まわしていると、女の人がたおれていました。
「だいじょうぶ?」
リンちゃんが声をかけると女の人は苦しそうに言いました。
「のどがかわいてうごけないの」
リンちゃんはすぐに持っていた水とうのお水を女の人にあげました。リンちゃんは誰かにいじわるをしに来たことなどすっかり忘れて親切に手あてをします。すると女の人はすぐに元気になったのでリンちゃんはホッとしました。元気になった女の人は自分を助けてくれたのが小さな女の子だったのでおどろきました。
「ありがとう。でも地獄にこんな小さな女の子がいるなんて、何かのまちがいじゃないかしら」
リンちゃんにツノがないので女の人はリンちゃんが鬼の子だとは思わなかったのです。
「まちがいなんかじゃないよ。わたしは鬼の子だもん。ツノはないけど……これからはえるもん」
女の人はとてもおどろきましたが、リンちゃんがツノがないことを気にしているとすぐにわかりました。
「ごめんね、鬼が助けてくれたのは初めてだったから気づかなかったの。かわいい子鬼さん、お名前をおしえて?」
女の人がやさしい言葉をかけてくれたので、リンちゃんは女の人が地獄に落とされるような悪い人には思えませんでした。
「わたしはリンちゃん。おばさんは何で地獄にいるの?」
リンちゃんが聞くと女の人はすこし悲しい顔をしました。
「おばさんにもリンちゃんくらいの子どもがいてね、その子にとてもひどいことをしてしまったから、その子がゆるしてくれるまでここにいるのよ」
女の人は何か思いついて服のポケットにごそごそと手を入れました。
「リンちゃん、お水のお礼にこれをあげる」
女の人がとり出したのはタンポポのお花でした。
「むかし、おばさんの子どもがくれたの。地獄にはお花がさいていないからめずらしいんじゃないかしら」
タンポポを見たリンちゃんの瞳がキラキラとかがやきました。地獄育ちのリンちゃんは生まれてはじめて本物のお花をみたのです。女の人はリンちゃんの頭にタンポポをかざってくれました。
「ツノもいいけどお花もかわいいわよ」
リンちゃんはうれしくて心がぽかぽかとあたたかくなるのを感じました。女の人もうれしそうにリンちゃんのことをみつめています。
「こんなところでなにをしているんだっ!?」
そのとき、大きなどなりごえがひびきました。見はりをしていた鬼にみつかってしまったのです。
でもそれはリンちゃんのパパの声でした。声のほうを見るとパパとママがとってもこわい顔で女の人をにらみつけています。
「やめて! パパ、ママ! おばさんをいじめないで!」
リンちゃんがパパとママの目の前に飛び出しました。
「え! リンちゃん?」
パパとママは家にいるはずのリンちゃんが突然あらわれたのでびっくりです。しかもリンちゃんは小さな身体で人間をかばっているではありませんか。それは鬼がいちばんやってはいけないことです。パパとママは人間の味方につくリンちゃんを怒ります。
「何をやっているんだ!? 鬼なら悪い人間をこらしめなさい!」
「そうよ! そうやって人間をかばったりするからいつまでたってもツノがはえないのよ!」
パパとママがいつもよりもずっとこわい顔で言うのでリンちゃんは震えてしまいました。
「リンちゃん、いいのよ。おばさんは悪い人なんだから」
女の人が言いますが、リンちゃんはどきません
「おばさんは悪い人じゃないもん。それに悪い人だからっていじめていいわけじゃないよ! わたしツノなんていらない。おばさんをいじめるくらいなら鬼になんてなりたくない」
リンちゃんの一生懸命なすがたに心をうたれて、女の人の目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちました。すると……
ニョキニョキ ニョキニョキ
女の人を泣かせたことでリンちゃんの身体に変化がおこりました。エンマさまはいじわるでだれかを泣かせるとツノがはえると言っていましたが、いじわるをしていないリンちゃんにツノははえません。その代わりやさしさで人を泣かせたリンちゃんが手に入れたのは真っ白なつばさでした。
リンちゃんの背中にはえたつばさは、うすぐらい地獄でまぶしいくらいに光り輝いています。そのなんてうつくしいこと。リンちゃんはつばさを広げると女の人に言いました。
「ごめんね、おばさん。パパとママのことをゆるしてね。パパとママはこわくていじわるな鬼だけど、わたしはふたりが大好きなの。おばさんの子どももきっとおばさんのことが大好きだから、ここでおばさんが苦しんでいたら悲しむよ。だからいっしょに天国へ行こう」
リンちゃんはそう言うと女の人をつれて飛び立ってしまいました。あとに残されたパパとママはリンちゃんにおこったことが信じられずに立ちつくしています。
するとぜんぶ見ていたエンマさまがパパとママのところにやってきました。
「やさしいリンちゃんは天使になって天国へと行ったのだ」
それを聞いたパパとママはやっとリンちゃんに何がおきたのか理解をしました。パパとママは鬼の子として生まれたリンちゃんが、鬼になるにはやさしすぎるとずっと思っていたのです。でもこれですべて納得できました。リンちゃんは鬼から生まれた天使の子だったのです。
「もうリンちゃんに会えないのですか?」
パパがエンマさまにおそるおそる聞きました。
「それはリンちゃんがきめることだ」
エンマさまはそれしか答えてくれませんでした。しかしパパとママはきっとリンちゃんは天国から帰ってこないだろうと思いました。天国はだれもがあこがれる楽園です。そこから地獄に戻りたいなど思うはずがありません。ふたりはリンちゃんのかわいらしい笑顔にもう会えないと思うとえんえんと泣き始めました。
どれくらい泣いていたでしょうか。しばらくするとパパとママはあたたかな光につつまれていることに気づきました。
「ただいま、パパ、ママ」
光っていたのはリンちゃんです。リンちゃんが地獄に帰ってきたのです。
「天国はすばらしかっただろう? リンちゃん」
エンマさまが言うとリンちゃんはにっこりとわらいました。
「ええ、天国はとてもすばらしかったわ。みんなやさしくて、とてもきれいな場所なの。でもすぐにパパとママに会いたくなって、いそいで帰ってきたのよ」
それを聞いたパパとママはこんどはうれしくて泣いていました。しかしエンマさまはうーんとうなっています。
「でもね、パパとママといっしょにいたいのなら、そのつばさを神さまに返さなければならないんだよ。地獄に天使がいてはいけないからね。いいのかい?」
リンちゃんにまよいはありません。
「いいわ。だってわたし、パパとママのそばにいたいから、つばさなんていらないもの」
リンちゃんがそう言うとつばさはたちまちに消えて、ふわりふわりとパパとママのもとへとおりたちました。パパとママはリンちゃんのことをぎゅーっと抱きしめます。
パパはリンちゃんのまるい頭をやさしくなでると、エンマさまにお願いをしました。
「エンマさまおねがいです。この子はわたしたちのために、だいじなつばさをうしないました。だからわたしたちのツノもとってください。この子と同じすがたになりたいのです」
ママもパパとおなじ気持ちでした。
「ツノがなかったらりっぱな鬼じゃなくなっちゃうよ?」
リンちゃんが心配そうに言ったので、パパとママはもういちどリンちゃんをつよく抱きしめました。
「パパとママはやさしいリンちゃんを傷つける鬼にはもうなりたくないんだよ」
エンマさまは尺をパパとママに振りかざします。するとパパとママの頭から、ツノが消えてなくなりました。
「いっしょだね」
リンちゃんが自分の頭を指さして言いました。ママはリンちゃんの頭にかざられたタンポポをみてやさしくほほえみます。
「リンちゃんにはツノよりもお花のほうがずっと似合っているわね。だれよりもやさしいリンちゃん、パパとママのところに戻ってきてくれてありがとう」
リンちゃんはすこし照れながらお花がさくようにわらいました。
エンマさまは3人のために地獄のとびらをあけました。
「このとびらのさきには人間の住む世界がある。そこなら地獄よりも住みやすいだろう」
人間の世界は天国と地獄が混じりあうような不思議な世界です。でもどんな世界でもパパとママにとってリンちゃんがじまんの娘であることにかわりはありません。
「リンちゃん、パパとママをよろこばせることができてよかったね」
エンマさまが言うとリンちゃんはうれしそうにうなずきます。そしてツノがないリンちゃんと、ツノをすてたパパとママは人間になりました。
エンマさまは地獄のとびらをしめると、くらくて岩だらけの地獄を見わたしました。そして尺をひとふりすると、花が一輪もさいていなかった地面にかわいいタンポポの花をさかせたのでした。
おしまい