夏の約束
昨夏、私は突然体調を崩した。悪いと思いながらも、親友の玲と約束していた勉強会を休んでしまった。夏風邪と医者には言われたが、なかなか治る気配はなかった。
ある真夜中、もう寝ようとしていた時のことだった。身体が激痛に襲われたのだ。それと同時に携帯が鳴った。誰でも良いから助けを求めようと、私は電話に出た。
「ねぇ、痛い?」
「れ、い?」
「そうだよ。ねぇ、痛いでしょ? 今から学校に来て。あたしが治してあげる」
「痛、くて」
「大丈夫だよ。学校まですぐだって」
「ごめ、ほんと、に」
「いいから、早く来なよ」
ふと気づいた。なぜそこまで治してくれようとするのか。なぜ身体の痛みを知っているのか。なぜ学校にこだわるのか。玲ってこんな子だった?
「誰?」
そうだ、私は「親友の玲」なんて知らない。
「……どうして? あ、もしかして痛みで記憶飛んじゃった?」
「玲って、誰、なの?」
「あーあ、気づいちゃった。気づかれちゃった。何で来ないのよ! 今のままじゃ一緒にいられないから、一緒にいられるようにしてあげるっていうのに! 今なら許してあげる。だから来なさい」
「や、だ。誰、……痛い!」
痛みがさらに増す。彼女の怒りに反応しているみたいだった。
「……もういい。もう君、いらないよ」
電話が切れて、痛みも消えた。次の日には風邪も治っていた。携帯の着信履歴を見ると非通知だった。怖々とその番号にかける。でも、「その番号は現在使われておりません」という音声が流れるだけ。彼女は忽然と消えてしまった。
いつから化かされていたのか、言う通りにしたらどうなっていたのか、彼女は何者だったのか。彼女が私に植え付けていた偽りの記憶は、痛みと共に消されていた。だから私にはそれを知る術はなかった。彼女の目的が何だったのか、考えるのも恐ろしい。