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短編集  作者: 坪山皆
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natural born HENTAI

「水沢さん、現文の宿題やってきた? 今日二十一日だからおれ当てられそうでさ。見せてくれない?」


 隣の席の田村くんが、いつものように微笑みを浮かべながら聞いてきたけれど、わたしはあえて心を鬼にして答えた。


「してきたけど田村くんには見せたくない」

「え、何で?」

「だって田村くん、いっつもそうじゃない。毎日毎日宿題見せてって。そういうの、人のふんどしで相撲を取るって言うんだよ」


 ちょっと意味は違ってるかもしれない。でも、わたしが毎晩うなりながら宿題と格闘しているのをよそに、自分はのんびりとテレビを見たりゲームしたり楽しんで(これは想像だけど)。当てられそうだからって、わたしがしてきた宿題をさも自分のもののように発表するのはいかがなものかと思うのだ。


「ふんどしかあ」


 でも田村くんは、まったく別のことを考えているようだった。


「水沢さんのふんどしなら、履いてみたいかな」


 田村くんは時どきこんな風に変態っぽいことをサラリと言うから、わたしは返答に困ってしまう。



「田村くんてそんなこと言うんだ、意外。けど面白いかも」


 昼休み。さっそく午前中にあった出来ごとを友だちに報告したけれど、返ってきたのはわたしの期待とは真逆の反応だった。もっと彼を罵ってくれてもいいのに。


「隣のクラスの子が田村くんのこと結構気に入ってるみたいだったんだよね。かっこいいし、優しくて紳士みたいって」

「え、紳士? 変態の間違いじゃないの?」

「なにそれ、うける!」 


 田村くんとは席替えで隣同士になったのをきっかけによく話すようになった。もともと口角がきゅっと上がっているからか、いつも微笑みを浮かべているように見える田村くん。わたしはどちらかと言えば人見知りで、特に男子と話すときなんか緊張してしまうんだけれど、聞き上手な田村くんとはあまり気負わずお喋りすることができた。わたしが話すことにうんうんとうなずいて興味深そうに聞いてくれるから、ついつい何でも話してしまって、きっと田村くんはわたしの家族編成から交友関係までぜんぶ知っていると思う。


 確かに田村くんは見た目はちょっとかっこいいかもしれない。優しいのも事実だし、それを紳士的と勘違いしてしまうのもわかる。でも彼はわたしの、ふ、ふんどしを履いてみたいとか、そんなことを言う人なのに。そこまで知ったうえで、誰だかは知らないけどその隣のクラスの子は田村くんのことを気に入っているんだろうか。

 もしそうだとしたら、と考えたら、なぜか胃の上の辺りがずんと重くなった。



「ねえ水沢さん。さっきの数学のノートとった? 見せてよ」


 田村くんは相変わらずの笑顔だ。


「え、写してないの? もしかして寝てたとか。それなら自業自得だと思うけど」

「寝てはないんだけどあの先生、消すの早くない?」


 そう言いながら田村くんの右の手のひらはわたしに向けられていて、ノートを受け取る気満々のようだ。


「水沢さんのノート、先生より上手くまとめてあるし字も綺麗だから分かりやすくて。手際がいいって言われない? そういう人って料理も上手っぽいよね。水沢さん、料理得意?」


 得意とは言えないけれど、嫌いじゃない。お菓子とかたまに作るし。


「水沢さんの手料理、食べてみたいな」


 田村くんは時どき真顔でこんなこと言うから、わたしはますます返答に困る。



 ちょっと変態的な発言も、そうじゃないけどわたしにとっては恥ずかしい発言も、田村くんはあっさりと口にしてしまうから、そういうことを言い慣れているんじゃないかなって思う。

 もうすぐ一学期も終わるし、長い夏休みの後の席替えで席が遠く離れてしまったら、田村くんと気安く話す事もできなくなってしまうかもしれない。

 でも田村くんは相変わらずなんだろうな、隣の席になった子に優しく紳士に、時には変態的に接するんだろう。そう思うとますます胃の上の痛みは強くなって、わたしはその日、生まれて初めて宿題をさぼってしまったのだった。



「水沢さん、昨日の英文の宿題見せて――」

「してきてないし」


 机の上に突っ伏しているわたしに、田村くんは何やらごそごそと机の中を探っていた。


「してこなかったの、珍しい。もしあれだったら、見せてあげようか」


 そう言って田村くんが取り出したノートには、意外と几帳面な英文字がびっしりと書いてある。わたしは思わず体を起こして抗議の声をあげてしまった。


「なんだ田村くん、宿題してきてるんじゃない。だったらなんでわたしに見せてとか言うの?」

「そんなの、水沢さんに話しかけるために決まってるじゃん」


 またそんなことをサラッと言うから。


 正直、田村くんのことは良く分からない。セクハラめいたことも、まるで告白みたいなこともあっさりと言いすぎて、どれが本心か判断がつかないのだ。

 たぶん、田村くんは深く考えずにその時思ったことを言っているんだろう。

 そしてその発言の一つ一つに一喜一憂し、胸を高鳴らせてしまっているわたしはやっぱり――


「ねえ、水沢さんはおれのふんどし、履いてみたい?」

「……」


 ノートを差し出しながらそんなこと言う田村くんは、やっぱりちょっと変態だと思う。


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