団長はどうやら怖い話が苦手らしい
「ねぇねぇ、見てよこれ」
アメリカ某所のカフェで、今時の少女たちがしゃべっていた。
「この記事、面白くない?」
一人はスマートフォンの画面を向かいに座っているもう一人に見せる。
『怪盗団ドリームサーカスがジョン・クリーグラン氏の「ドリームクリスタル」を盗むという予告状を出しました。……』
「へぇ~、こんなバカなことをする人が現代にいるんだ~」
「確かにね。こんなものを出したら、警備が厳重になって盗みづらくなっちゃうよね。」
「って言うか、怪盗ってねぇ……今どきこんなのを名乗る人がいること自体、驚きだよ。本とかでよく見るけど、現代ではまず無理だよね。どう考えたって、警備を潜り抜けて堂々と逃げるとか、できっこないよね。」
「でもさ、もしできたら、すごくない?! ちょっと気になるよね。」
「そんな夢みたいなこと、あるわけないよ。」
そんな夢みたいなことがあるわけない。そう思うのが普通であろう。
しかし、怪盗団ドリームサーカスは存在する。
現代の厳重なセキュリティをものともせず
予告通り満月を背に現れ
大勢の観客と警官が注目する中
輝く獲物を手に空の闇の彼方へと消えていく
夢かと思うが、確かに獲物は消えている。
間違いなく、怪盗団ドリームサーカスは存在しているのだ。
もしかすると、君たちのすぐそばにいるかもしれない……
そんな怪盗たちがその犯行を決めたのは、ちょうど一週間くらい前のことだった。
どこかの海の小さな島に、白い小さな塔のような建物が建っていた。
その中の一角、静かだが激しい戦いが繰り広げられていた。
小さなテーブルを挟んで二人の人物が向かい合っている。
一人は漆黒の瞳に長い黒髪を三つ編みにした少女、もう一人は銀色に光る瞳に銀髪を無造作に束ねた少年。
二人が見ているのは、一枚の升目のついた板の上におかれた、五角形で木の小さな駒というもの。中央には赤や黒で文字が書かれている。
緊張感が漂う中、小さな駒で壮絶な攻防戦を展開している。
少年が駒を動かし終えた瞬間、少女は口元に笑みを浮かべる。
「王手です。」
パチン、という音を立てて駒を置く。
少年がしまった、というような顔をしてしばらくの間盤面を見つめる。
「……参った、投了投了。」
少年は髪をほどいて椅子の背にもたれる。
「いやぁ、完全に負けた。やっぱりホワイトは強いや。」
「ジョーカーも大分腕をあげましたね。」
少女の名はホワイト・スター。機械製造やコンピュータプログラム作成から医療、科学、物理学……など、あらゆる知識に精通した「技術者」である。
少年の名はシルバー・ジョーカー。夢のような現象を呼び起こす「奇術師」だ。
「コンピュータ相手に練習していたんだけどな……」
ホワイトは将棋盤と駒を片付ける。
「そういえば最近、レッドはやらなくなったね、将棋。」
「飽きた、とか言ってましたけど……」
ジョーカーはレッドと対局した時のことを思い出す。
––––––小学生を相手にしているみたいだったな……。角と飛車しか使えないんだもんね。
「だろうね。レッドはこういうゲームは苦手なんだ––」
「いつ、どこで、誰が将棋が苦手だなんて言ったんだ。」
「ひゃあ!?」
後ろからの声に、ジョーカーがすっとんきょうな声を上げる。
「れ、レッド……いつの間に……」
紅玉のような髪と瞳の少年。彼の名はレッド・クリスタル。その華奢に見えるがが強靭な身体で人を魅せる危険な離れ業をこなす「スタントの達人」だ。
「ついさっき来たばかりだけど。いつまでも弱いままだと思うなよ。」
「ふーん……今度、対局するかい?」
「余裕そうな顔してると、痛い目にあうぜ。」
「返り討ちにしてあげるよ。」
二人の間に火花が散る。
「はいはいそこまで。」
ホワイトが手を叩いて二人を止める。
「今日は他にやることがあるでしょう?」
「そうだったそうだった。そういえば、ローズはまだかい?」
ジョーカーは一人足りないことに気付く。
「買い物に行くって朝からどっかに行っちまったけど。さすがにもう帰ってくるだろ。」
レッドがそういったそのとき。
「ごめん! 遅くなっちゃった!」
最後の一人が部屋に駆け込んできた。
藍色の髪をポニーテールにした、蒼い瞳の少女。彼女の名はブルー・ローズ。人間離れした跳躍とバランス感覚で宙を舞う「軽業師」だ。
「どこに行ってたんだい?」
「ひ・み・つ。そのうちわかるよ。」
ジョーカーの問いに軽くウィンクを返した。
「そんなことよりも早く。新しい獲物が見つかったんでしょ?」
ローズのその言葉に、ジョーカーは口元に笑みを浮かべる。先程までとは違う――ただの少年から、怪盗団ドリームサーカスの『団長』の顔になる。
「そう––––正確にいうと、僕じゃなくて、レッドだけどね。」
レッドは待ってましたというように立ち上がる。
「高価かと聞かれるとそうでもないんだが、オレたちにはぴったりだと思ってさ。」
自慢げにインターネットの記事をコピーしたものを見せる。
「アメリカ合衆国ニューヨーク州在住のジョン・クリーグラン氏の宝石オークション、その目玉商品、さ。」
商品リストの一番上を指差す。
「……水晶のネックレス……ですか……」
デザインもいたって普通、わざわざ盗む価値があるとも思えない、そんな顔をするホワイトに、レッドは指を振る。
「ただの水晶じゃないぜ。ハーキマー産水晶––別名『ドリームクリスタル』––ニューヨーク州ハーキマー郡でしか採れない代物だ。」
「夢の水晶……なるほど。確かにあたし達にはぴったりじゃない」
「そういうこと。あと、これは噂なんだが––––」
レッドは別の紙を取り出した。
「クリーグラン氏はハーキマー郡の近くに別荘を買ったそうなんだが、どうやらそこには巨大なドリームクリスタルがあるらしいぜ。」
「それは、どれくらい?」
「詳しくは知らないが、重さにして100キロあるんじゃないかって話だ。クリーグラン氏は、採掘と鑑定の専門家を近々招くそうだ。」
ローズは大体の大きさを想像する。
「そんな大きいもの盗んで、どこに置くのよ?」
ちなみに、盗めないということは全く想定していない。
「……いや、盗むなんて一言も言ってねぇけど。」
「じゃあ、何でそんな話題を持ち出したの?」
「呪い、さ。」
「「「呪い?」」」
3人の声がそろう。どうやら、ジョーカーも聞いていないらしい。
「あぁ。クリーグラン氏が買った別荘ってのは城みたいなもんで、そこに住んでいた住民を追い出したらしい。」
「それはまた、ひどいことをするね。それが呪いと関係あるのかい?」
「まぁな。その城で何かを祀っていたんだが、クリーグラン氏が住民を追い出して住み始めたせいで、麓の町で怪奇現象が起き始めたらしい。」
この時、3人は気が付かなかった。ジョーカーがゆっくりと離れていくのを。
「子供が神隠しに遭い、夜中には奇妙な叫び声が響き、挙げ句の果てには住民が––––」
「ぎゃぁぁぁぁぁ!」
突然ソファの後ろから叫び声がした。
「……ジョーカー……何しているんですか……?」
ホワイトが呆れたように聞く。
「レッド! やっぱり止めよう! 僕は呪いの犠牲にはなりたくないからね! 中止中止!」
その言葉を聞いた3人は思った。
––––––ジョーカー……怖いのは苦手なんだ……
「わ、わりぃ……作り話だ……」
「そうですよ。呪いなんて、科学的に証明できません。」
「で、でもさ……なんか怖いし……」
ジョーカーはびびってソファの後ろから出てこない。
「あーもう、だったらジョーカー抜きでやろ。ババ抜きババ抜き。」
「え!?」
ローズの言葉にジョーカーはソファーの後ろからひょっこりと顔を出す。
「あぁ、そうだな。いちいち叫ばれても面倒だし。」
「では、ジョーカーはお留守番でお願いします。」
「嫌だ! ババ抜きはやめて!」
あわててジョーカーは戻ってきた。
「それで、レッド。一体何が言いたかったのですか?」
「あぁ、そうだったな。麓の村でどうやら病気が流行ってるみたいだ。何人も死んでいる。」
「……病名は?」
医師であるホワイトが反応する。
「知らん。」
「症状は?」
「肺結核ではないかって言われてはいるんだが、検査をしても、特にそういった反応がなく、原因不明だってさ。」
「……ということは、当然ワクチンも薬もないわけで、かかったら治せない、と。」
「そういうこと。行く際には気をつけないといけないってこと」
「だから呪いを出したって訳か……」
ようやくジョーカーも落ち着いてきた。
「ホワイト、ワクチンか特効薬か作れないかい?」
「むちゃを言わないでください。原因も何もわかっていないのにどうやって作れと。」
「だろうね。だから、下調べもかねてちょっと行ってきてくれないかい?」
「わかりました。」
「オレも行く。」
レッドが手をあげた。
「一人だと何かあったときに困る。別についていってもいいだろ? オレはどうせ暇だし。」
「えぇ……構いませんけど」
「じゃあ、オレはちょっと準備してくる。ホワイト、いつものあれを一通り気球に積めばいいんだよな?」
「えぇ。それと、少し大型の機械も持っていくので、一番大きい気球でお願いします。」
レッドは軽く頷くと部屋から出ていった。
「なんか今日のレッドは、行動的だね。」
ジョーカーが指示を出す手間が省けたと言うような顔をしている。
「……ジョーカーの間抜けな様子を見て、しっかりしなきゃ、とでも思ったんじゃない?」
「……そんなに、間抜けだったかい?」
ホワイトは軽く肩をすくめると、部屋を出ていった。