運命憑き
トランプ一組、サイコロ一つ、対戦相手一名、それと賭け金を用意してお楽しみください。
一:不良ディーラーのルール説明
「さて、じゃあルールを説明するぜ。一回しか言わねぇからちゃんと聞いとけよ。
「使うのは普通のトランプのスペードとハートだ。全部で二十六枚。
「ああそうだ、ジョーカーは入れねぇよ。あんな無粋でつまらないカード、俺達が使うわけねぇだろ。
「はっ、何を下らねぇこと訊いてんだ? 知恵も使わねえで一発逆転できちまう様な切り札なんて、面白くもなんともないだろうが。
「わかりゃあいいんだよ。話戻すぞ。
「まずはカードを配る。今言った通り片方はハート、もう片方がスペード。分かりやすく言うと、赤対黒の勝負だ。
「そうだな、スピードみたいな感じだ。で、今からやるゲーム――『セカンド―エンド』は、三ゲームを一セットとして、全部で三セットプレイする。つまりは……
「よく分かってんじゃねえか。先に二セット取った方が勝ちだ。
「ああ、もちろん引き分けになることもある。そん時は、どっちかが一勝二分けならそいつの勝ち。一勝一敗一分け、もしくは三引き分けならサドンデスで延長戦をすることになる。
「まあ、そうそう延長にはならないと思うがな。全体の構成はそんなとこだ。
「で、セット内での流れだが。各セットの初めにダイスをそれぞれ三つ振る。んで、一ゲーム毎に自分の出したダイスの目と同じ枚数カードを選び、両プレイヤーが選び終わったら同時に場に出して、カードの合計点が高かった方が勝ち。
「基本はそれで合ってるぜ、カードの数字がそのままカードの点数だ。まあ特殊なルールもあるが……っの前にダイスについてだ。
「ダイスの目の合計が十三――手持ちのカードの枚数を超えてしまった場合だが。この時は一ゲームに限り、選んだダイスの目より出すカードの枚数を少なくしてもいいことになっている。例えば、六、六、六と、目が出た場合は、どこか一ゲームは一枚しか出せなくなる。
「理解してるか?
「よし。じゃあ次。ダイスの目が一のゲームでは、自分のカードの点数は二倍になる。
「いやいや、あくまでも『ダイスの目が一の時』だ。だからさっき例に出したように、枚数が足りなくて仕方なく一枚のパターンではそのルールは適用されない。
「ふん。それじゃあ今度は、さっき少し触れたカードのルールだ。いいか?
「カードの数字がそのまま点数、ってのは忘れることはないだろうが……ああ、一応言っとくが、Aは一点。J、Q、Kはそれぞれ十一、十二、十三点として扱う。
「そう、お前が覚えなきゃいけないのはここからだ。ちゃんと聞いとけよ?
「J、Q、K。この三枚の絵札はお互いに最強の三枚だが。実は諸刃の剣だ。自分のダイスの目が相手より大きいゲームでは、それぞれマイナス十点になる。
「そういうことだ。最強であると同時に最弱でもあるのさ。
「絵札についてはそんなとこだな。
「っはぁ、どう思うよ? まあ、なんとなくの予想は付きそうなとこだぜ。最強が最弱だったんだ……
「そうそうそういうことだ。コイツ、Aは特定の条件下でのみ最強のカードに成りえるわけだ。
「そう複雑なもんじゃない。ダイスの目が一のゲームでAを出すと、点数が相手のダイスの目の四倍になる。
「おおぉ、良い所に気付くじゃねえか。それも適用されるぜ。つまり相手が六、自分が一の場合。Aを出せば六の四倍で二十四点。さらに自分のダイスが一のゲームでは点数が二倍だから合わせて四十八点ってわけだ。
「もしこのパターンに持ち込めれば確実に勝ちだな。六の方は絵札が雑魚になるから出せる最大の点数は五から十を足して四十五点……まあ細けえ計算は自分で考えながらプレイしな。何か質問はあるか?
「じゃあ最後に賭物の確認だ。
「お前が勝てば新しい『トゥルーカード』をやる。
「そして……
「その通り。まあまだ予選みたいなもんだ。先は長いぜ。
二:鷹司千里のゲーム開始
「じゃあ最後に賭物の確認だ」
開放的に見えるほどにシャツやネクタイ、ベストを着崩し、金髪を逆立てた不良ディーラーは、左手でコインロールをしながらギラギラとそう言い放った。
「お前が勝てば新しい『トゥルー・カード』をやる」
パチンッ、と音を立てながらコインをテーブルの上に置きつける。
「そして……」
「僕が負ければ、『僕の身体を提供する』……で合ってるよね」
労働力としての身体、ではなく。パーツとしての身体。
眼球、心臓、脳、……そういったパーツを全て提供する。
「その通り。まあまだ予選みたいなもんだ。先は長いぜ」
彼の言うとおり。鷹司千里が生きてまともな生活を手にするためには、まだいくつもの艱難辛苦を乗り越えて行かねばならなかった。
「そうだね……じゃあ早速始めよう、このゲーム、ええと……あ、そうだ。セカンドエンドを」
聴き慣れない名前のゲーム名をなんとか思い出してそう告げる千里。
「ん? そう言えば。このゲームはなんでこんな名前なの?」
自分で口にして改めて感じた疑問。ここまでルールを一通り聞いてもなお、千里の中ではゲームの内容と名前に繋がりを見い出せないでいる様だ。
「そりゃあ、まあ、やってりゃそのうち分かると思うぜ?」
「ふぅん、そうなんだ」
「ああ」
どうやら不良ディーラーは、その点について言明する気はないらしく、それ以上は語らない。
一瞬の静寂が室内を走り抜ける。裸電球一つが吊るされた室内は暗く。ふたりに挟まれた、ごつくて機械的なデザインのテーブル以外は何もない……いや、テーブル、とは言ったものの。もしかしたらこれは、台と言う表現の方が正しいかもしれない。強いて近いものを挙げるとするならば、麻雀台が似たようなデザインと言えるだろう。
「始めんぜ」
そう言うと不良ディーラーはさっき置いたコインをテーブル……台の中央にある丸いくぼみにはめ込んだ。
瞬間、シュンッという空気の吹き抜ける様な起動音と共に、台の四方から柱状のものがとび出し台の上をライトアップする。白色LEDに照らされると、芝生色の台上が鮮明になった。コインには『key』と刻印されている。おそらくは、あれがこの台の起動スイッチになっていたのだろう。
千里は「すごいな……」と驚きを顕わにしているのもつかの間で。台の二カ所から、プレイヤーの手元を隠すように、高さ二十センチ程の湾曲した壁がとび出した。よく見ると手元――壁の内側には、トランプサイズの窪みが六つと、およそ一センチ四方の正方形の窪みが一つある。
「まずはお前にこいつを書いてもらう」
そう言いながら不良ディーラーは、サインペンと真っ白のカード、そして同じく真っ白のダイスを台の上に放った。
「これは?」
「ハンディキャップ、ってやつだよ。俺らの目的は、あくまでも有能な人間の選出だからな。ゲームはフェアじゃなきゃ意味がない」
ルールもまともに知らない素人相手じゃ、公平な試合にならない、と言うことだろう。
「ふぅうん、それで、これは何をすればいいんだい」
「主催側として、挑戦者のお前に好きなルールを一つ作らせてやる。それをそのカードに書け」
放り出されたカードに視線を落とし、数秒思案する千里。
「なんでもいいのかな」
「なんでも、って訳にはいかないな。それは第三者に判断してもらう。ただ、俺には見せなくてもいい」
「どういうこと? それじゃあルールを把握しないで進めることになるけど」
「ああ、つまりな。そのルールはお前が俺に公開した時点から適用になる。ってことなんだよ」
「なるほど……」
よく分かってなさそうにそう呟き、「ふんふん」と脳内で咀嚼しながら徐々に意味を理解していく。
「なるほどなるほど」
「ちゃんと分かってんのか? どうもお前は、頭が回るのかただの馬鹿なのか見分けがつきにくい奴だ……まあいい、書き終わったら適当なとこにカードをセットして、その白いダイスを窪みにはめ込みな」
先ほど確認した手元にある壁の内側の窪み。
カードと同じサイズが六つ。ここのどれかに適当にセットしろと言うことだろう。
「分かった」
言うと、誰かに支持された通りに動くがごとく、大して迷いもせずカードに書き込み始める。
「……ここでは即断、か」
千里を観察しながら呟く。派手な身なりや、大雑把な態度をしてはいるが、さっき自分でも言っていた通り、主催側のディーラーは挑戦者の能力を見抜くことに執心している。彼に、このゲームで自分を負かせるだけの能力があるのか、と。
「よし、これでいいんだね」
書き終わると、独り言の様にそう言い。カードを台にセット。そして、白いダイスをはめ込むと、忍者屋敷の回転扉よろしく、手元に出現している壁の内側の台上――パソコンのキーボードくらいの範囲の台表面がクルリと反転して、ただの平らな台になった。
「ちょっと待ってな、お前の考えたルールを今別のヤツが――」
「ショウニンシマシタ」
いかにもな機械的ヴォイスで台から発せられたメッセージにセリフを寸断され。千里の下には、また台の表面が回転してカードが戻ってきた。
「……早いな…………」
ややテンションを落としながら、不良ディーラーは何かを引き出す。
「ほら、お前の方にも引き出しがあんだろ。そこにカードとダイスが入ってる」
言われて、千里は引き出しを引く。中には、確かに十三枚のカードと三つのダイスが確認できた。
「ほんとだ。これで今度こそスタートだね」
千里はダイスを三つ掴み取り、
「ああ……ゲーム、セカンドエンド、スタートだ」
不良ディーラーは、いつの間にか持っていたダイスを右手で軽く弄び、
息を合わせたように目を合わせ、
同時に振った。
コロコロコロコロコロコロ。
二。
ひとつずつ。
五。
止まる。
三。
……。
二。
無情なダイス。
三。
四。
決定。
第一セット。
手持ちのダイス。
挑戦者――二、二、三。
主催者――三、四、五。
千里はこのセットに、あっさりと黒星を付けた。
三:幽かな存在の裏手引き
まずい。
一敗一分け。
これはまずい。まずい……よね?
(だな)
やっぱね、キミが言うなら多分そうなんだろうね。
(そうだな、次引き分けの時点で、貴様は死ぬしな)
そうなんだよね。一セット目は完全に運に見放されていたけれど。初プレイじゃ、どの道負けていただろうし。ゲームを見極めると言う意味では、仕方のない一敗だったと言えるけれど。二セット目は、完全にこっちの方が、良い出目だったのに引き分けだからね。
(貴様は馬鹿だしな)
いやいや酷いことをいうなぁ。あのチャラい人が強すぎるだけだよ。なんか目とかやばいもん。今だってほら、なんかすごい見られてるし。ねぇ、君のこと気付かれてないよね?
(それはないだろ)
そうだよね。流石に幽霊とか信じてそうには見えないもんね。
(それは貴様もそうだろう。それに俺自身も、生きてる時は信じてなどいなかったさ)
ははっ、「生きてる時は」なんて、まるで死んでるみたいじゃん。
(幽霊だしな)
わお、そうだったね。なんか僕ももうすぐ死んじゃいそうなんだけど。死んだらみんな幽霊になれるもんなの?
(さあな、そもそも俺だって、自分が幽霊である確証なんてないしな)
それってどういう……
「心の準備はいいかよ? 鷹司千里」
目をつむって、幽霊さんと対話をしていると、台の反対側に立つチャラいディーラーさんがそう訊いて来た。見た目に反して、ネックレスや指輪と言ったアクセサリは全然施されていないけど。僕を見据えるその目は、余計な装飾を必要としないほどギラついている。鷹の目の方が、まだ優しさとかを帯びていそうだ。
「心の準備? 僕の心はいつだって準備万端だよ」
「そうか」
(馬鹿か)
な、なんだよいきなり、君はそんなに僕を馬鹿にしたいの……
「じゃあ始めようぜ。セカンドエンド、第三セット。これが最後にならないといいな」
……か。あれ? もう始めちゃうの。
(自分で準備万端といったのだろう。まだなんの策も考えていないと言うのに……)
「あはは~、そうだねぇ……」
「ふ……よっと」
チャラいヒトは適当な感じでダイス三つを台の上に転がす。釣られるように僕も手に持っていたそれをかるく投げる。
投げて転がって止まる。
出た目は一と六。
(はぁあああ。死んだか?)
幽霊さんにため息を吐かせてしまった。死んでまでも苦労させてすみませんね。
「はぁあああ。まじかよ、なんつーか、持ってるなぁ。おいしいヤツだぜ。タレントとかになってたらいい感じに人気になれたんじゃねえか」
対戦相手にもため息を吐かせてしまった。なんかすみません。
「あーー……僕もそう思うよ。でも」
これは誰かに語りたくなっちゃいそうだ。
「なんだよ」
「うん、でもさ。コレで勝ったらもっとおいしいよね!」
相手の駒は六、六、六。
僕の駒は一、一、一。
絶対絶命絶望の大ピンチだ。
(仕方ない。せっかく話のできる相手を見つけたと言うのに、こんなところで死なれては退屈だからな。第三セットは俺も口出しさせてもらおう)
よろしく頼むよ。
「…………おもしろいな」
チャラいヒトは一瞬だけ視線を落とすと、考える様子も見せずにあっという間にカードとダイスをセットしたらしい。
「勝って見せろよ」
と告げ、僕を待つ。
さてとどうしたものか。意気揚々とああ言ったものの。本当にこのセットを勝ちとれる可能性はあるのだろうか……。
(――は……?)
どうしたんだい幽霊さん。そんなとぼけた声を出して。
(いや待てよ。とぼけているのはお前の方だろう?)
なんだろう、また彼は僕を馬鹿にしているのだろうか。いったい、いつ僕がとぼけたと言うのか。
(まさか、何にも気が付いていないのか、貴様は)
気付いていない? いやちゃんと気付いているさ。僕が絶体絶命絶望のピンチだと言うことくらい……。
(違うだろうが、これは最高の幸運だ)
僕が死ぬのがそんなに嬉しいのかっ!
(阿呆。黙って聞け)
分かったよ。
「うーん……」
幽霊さんの話が長くなりそうなので、とりあえず腕を組んで考えてる感じを演出してみる。時間制限はないけど、棒立ちのまま何もしないで時間を貪っていたら、流石にあのチャラいヒトも何か怪しんでくるかもしれないし。
「まあ、ゆっくり考えろ。最後かもしれないんだからな」
「ありがと」
それ以降、彼は待ちの体制に入ったのか、しばらく話しかけて来そうにはなかった。
で、幽霊さん。何が言いたいんだい。
(結論から言って……)
待ってよなんで結論から言うのさ。順序立てて言ってよ。
(黙れ)
はい。
背筋が震える。なんか怖い。幽霊さん怖いよ。
(貴様は馬鹿なのだから、余計なことを考えるな。結論から述べるのは、プレゼンにおいては基本的な論方だ)
詳しいんだね、昔はそういう仕事してたの?
(結論から言って、このセットの貴様の勝率は三分の二だ)
無視をされてしまった……ってええっ! そんなに高いの!? 半分以上じゃん。それもう僕の勝ちじゃん。
(勝ちではないな)
勝ちではないのか……そうか。
(そうだ)
そうか、じゃあ負けか。
(この愚か者め。三分の二だと言っているだろうが)
三分の二ってなんだよ!!
(そのくらいは考えなくても分かるだろうがっ!!)
えぇぇぇ、キレんのかよぉ。うぅ、なんだっけ……あっ、わかったわかった! 純情じゃない感情のことか!
(わかりずらいボケをするな、もうそのネタはどう考えても古すぎるだろ)
そうかな。僕は好きだよ? SIAM SHADE。
(いや、俺だってるろ剣も3分の1の純情な感情も好きだけどさ……)
でしょ? 今ここで僕と会話してるのは幽霊さんだけなんだから、僕たちが分かれば問題ないよね。
(それが、問題あるんだよ……)
ん? ぅうん? なんで?
(実はこの世界は小説の中なんだ)
なっ! なんだってぇえ!!
(想像以上につまらぬ反応だな。いつの時代の若手芸人だ貴様は……まぁ、冗談はこのくらいにして、本題に入るぞ)
なんだ冗談かぁ。幽霊がいるくらいだから、本当にここがフィクションの世界なのかと思っちゃったよ。
(……)
あれ。どうしてここで黙るんだろう。
(勝率が三分の二って言うのは、そのまんま三回に二回は勝てるという意味だが。なぜそう言う理屈になるのかだ)
うん、やっぱりスルーされたか。いいよわかってたし。もうおとなしく聞きますよ。教えて幽霊さーん。
(あのディーラーが出せる最高の手札は、『5』から『10』までの六枚だ。それは分かるな?)
当然だよ。ダイスの目が大きい方は絵札がマイナス十点だもんね。
(そうだ、最高で四十五点。だがそれでも『A』一枚には勝てない)
さっきそれは言ってたね。ダイスの目が一の時は、四十八点だ。
(さらに相手は、その六枚を使ってしまうと、残りは最高で十五点。それに対して千里、お前は『Q』と『K』をそれぞれの二倍のポイントで使える)
おお! と言うことは、僕の方は最低点が二十四ってことだね。
(そう言うことだ。こっちは、六に対して一で『A』が使える時点で、一ゲームの勝ち星は確実に取れる。つまり相手は、こちらの『Q』と『K』に確実に勝てる手札を作るしかないわけだ)
確実……『K』が二十六点だから、二十七点以上をふたつ……でいいのかな。
(ああ。相手の最良の手札は、二十七、二十七、八だ。だから、その二十七のどちらかを『A』で潰しさえすればそれでもう勝ちが決まる)
なるほど。
僕の手札は、四十八、二十六、二十四で。
相手の方が、二十七、二十七、八、だから。
四十八で二十七のどっちかを消せれば、相手に八が有るから絶対に二勝できるわけか。
でもそう都合よくその手札を出してくれるのかな。
(また戯けたことを……相手側にはそれ意外に勝つ可能性がないんだよ)
あ、そゆことですか。
じゃあ後は出す順番だ。それはどうすればいい?
(知らん、自分の好きなように出せ。ここまで来れば、残っているのは確率の問題だけだ)
なっ……! 一緒に考えてくれるんじゃなかったのかよぉ。
(むしろここまで俺しか考えてないだろう。それに、もうこれは考えてどうなる問題でもない)
じゃあアレか。最後は僕が一人で心理戦を展開するパターンのやつか。そうなのか。
(ソウダナ)
ふふんっ。なら任せてよ。僕はそう言うなんか知的でカッコいいやつ好きだ。
(知的など、貴様からは程遠い言葉だな。だがもう俺にもどうしようもない。適当に見物させてもらうさ)
そう言って幽霊さんが黙ると突然、場が静まる。幽霊が黙ったのだから鎮まると言う方が状況に則しているかな? まあ勿論、僕たちは声に出して会話していたわけではないから、もとからこの部屋は静かではあったけれど……そう考えると、僕の対戦相手は随分と気の利く人間なのかも知れない。僕が戦略を考え込んでる、と思っているはずの彼は、その間ずっと静かに待っていてくれたのだ……それこそ、僕がこの静閑な空間の存在に気づくまで、目の前に立っていることを忘れてしまうほど静謐に待っていてくれた……。なんだか底が知れないな。だけど、このゲームの目的自体が『有能な人間の選出』にあるのだとすると。それを選出する彼ら自身も、それなりにヒトより優れた人間ということになる――多分。参加者の僕たちは、その辺の詳しい事は聞かされていないから、主催者が何者なのか――小さな組織なのか、会社なのか、はたまた国家なのかも分からないけど。ただ、勝ち残れれば莫大な金を獲られる。それだけ分かっていれば十分。そんなやつばかりが集まっているのは確かだろうね。何しろ僕がそうなんだから。
名も知らないチャラいディーラーは、僕が見ていることに気付くと、
「ん、もう出来たのか? ……命を賭ける準備はよ」
そう言ってまたギラリと嗤った。
幽霊さん的には、もう後は運次第らしいから、準備も何もないのかな。なら賭ける準備も……ん? そう言えば……。
「あっ、いや。もう少し待って」
ポケットをまさぐる。
上着じゃないな、じゃあ……あった。
ズボンの左ポケット、そこから引き抜いた手にあるのは一枚のカード。
『TRUE CARD』
イベント――と言っていいのかは分からないけど。今僕がプレイしている様な命懸けのゲームは、何も僕だけが参加しているわけではない。時や場所を変えて、何十……もしかしたら何百と言う数の人間が参加しているかもしれないのだ。
さっきチャラいヒトが言った「命を賭ける」と言う言葉で思い出したけれど。当然、僕だけじゃなく、彼にも賭けているモノがある。まあ、彼個人が賭けていると言うわけではないにせよ、僕の命と引き換えに賭けているモノがある。
情報と命。
僕の方が命……と言うよりは、身体を売り捌くことで――身体を捌き売ることで得られる金。なのかな。
そして彼側の情報が、コレ。今手にしているカードのことだ。
相手に見えない様にそっと、台の上にある湾曲した壁の内側に置く。これは僕がこのイベントに参加を決定した時に貰ったもので、その時の説明では、この謎のイベント内において、このカードに書いてある文章は絶対の真実であるらしい。だから、決して次の対戦相手の情報が貰えるというわけではない……運が良ければ役に立つだろう程度のアイテムのはずだが。
カードには、『大王寺氷兎丸は二回目でやや気を抜く癖がある』と印刷されている。
「あのさ、ちょっと訊いてもいいかな?」
「あ? 別にいいぜ。訊くだけならな」
僕にはまだ、彼について知らないことがある。
「ディーラーさんはさ、なんて名前なの?」
「……ほぉ、名前ねぇ。どうしたんだ今更。それが分かれば俺に勝てんのか?」
「それは分からないけど……ほら、命を賭けて戦ってる相手の名前くらい知っておきたいなと思ってね」
「ふぅん、トゥルーカードにヒトの名前でも載ってたのか?」
「ギクッ……なっ、なんのことかなぁ?」
「いや、ギクッって……わざとやってんのかそれ。お前がコソコソとカード読んでることくらい気付いてるからな?」
「へ……へぇ、そうなんだぁ。まあそれは置いといてさ、教えてよ名前」
「ああ? 別に構わねえが……素直に教えんのも面白くねぇな」
ギクギクッ。まずいなぁ。ちょっと誘導尋問に失敗したかなぁ。
(……誘導尋問??? どこにそんなものが……)
幽霊さんがぶつぶつと呟いているが、今は放置させてもらおう。もう〆切が近いから無駄なセリフを書いている暇は……じゃなかった。駆け引きに集中しなければ。
「じゃあヒントをやろう。答えは言わねぇが……そこにヒトの名前が書いてあれば、まあ、合ってるかどうかくらいは見分けがつく様なヤツを」
よかった。最悪の事態だけは避けられたみたいだ。
「そ、そっか、じゃあそれでお願いするよ」
「よし……そうだな。苗字と名前の文字数が同じで、全体的に自然っぽいかもな」
「文字数って言うのは、漢字で書いてってこと?」
「ああそうだ」
「自然っぽいって言うのは……」
「ま、苗字の方は、木みたいなもんだな。名前も字面的に自然っぽいぜ」
なるほど。ところで幽霊さん。
(うぉっ、急にどうした)
ちょっとこのカード見てよ。
(トゥーカード……だったか、それがどうした)
これさ……なんて読むの……?
(……確かに見たことのない名前ではあるが……普通に読めば、大王寺、もしくは大王寺……氷兎丸、ってとこじゃないか?)
「なるほど……ありがと」
「もぅいいかぁ?」
「いいよ。お待たせ」
そう告げて、一枚のカードと一の目のダイスをセットする。ダイスをセットし終わると、また台の表面が自動で回転する。「両者ノ準備ガ終了シマシタ。判定ハ……」と言う音声案内に続き、台の中央付近が二カ所、また忍者屋敷の隠し扉風に回転し、僕のセットした『Q』と相手の六枚のカードが同時に現れ。
「第一ゲーム、主催者ノ勝利デス」
電子音が響く。
予定通りだ。
「さあぁ、もう後がねぇゼ?」
ギラギラと、そう言い終わる頃にはもうカードをセットし終わったらしい。行動が早く静かすぎて、何枚のカードをセットしたのか、動きからは見分けようもない。
だけどもう、僕にも迷いはなかった。
勝負の第二ゲーム。
全てが決するセカンドゲーム。
お互いに、出せるカードは決まってしまっているこの状況。第二ゲームが終われば自動的に第三ゲームの結果も分かってしまう。こういう状況ではもはや第三ゲームは消化試合、実質的に第二ゲームで終わりみたいなものだ。
だから『Second is the end』……略して『セカンド―エンド』って感じか。
うん、僕でもなんとなくゲーム名の意味に気付けたことだし、
「お互いね」
余裕な気分でカードをセット、ダイスをセット。
「両者ノ準備ガ終了シマシタ」
これで終わる。
「判定ハ……」
グルン。回って現れたカードは二枚。
「第二ゲーム、挑戦者ノ勝利デス」
「……負け、か」
「勝っ――たぁあ!!」
場に出ているのは僕の『K』と相手の『8』だけ。
あとは消化試合の第三ゲーム。
……。
……。
……。
「第三ゲーム、挑戦者ノ勝利デス」
「ははっ、これで僕の勝ちだねっ」
「……ああ、なんかやけに晴れ晴れした顔してんな」
「そりゃあ当然だよ。やっと命の危機から解放されたんだから」
「ん。まだ解放はされてねぇだろ」
あ、そっか。これはまだ予選みたいなものだって言ってたしね。
「いやでも、このゲームはなんとか乗り切れたわけだしさ」
「ああ? なに言ってんだお前、これから延長戦だぜ?」
………………あ。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!!!!!!」
そうだった! まだ第三セットで勝っただけだった!
「まさか忘れてたのか? 本気で? ……憐れな奴だな……」
べたべたと汚い汗が肌から湧き出る感触に襲われる。
まだあと一セット勝たないといけないんだった……敵に憐れまてれる場合じゃない。どうしようドウシヨウ動揺しよう! いや待て待て動揺してドウシヨウ……じゃない、どうする。
(……落ち着け千里)
これが落ち着いていられるかぁぁ!
(カードのこと、忘れたのか?)
カード? トゥルーカードがなんだって言うんだ!
(ソイツのことではない)
じゃあなんだ! アイツか! コイツか! ドイツか!?
(遊戯王カードの話でもない……白いカードのことだよ――あ、シンクロモンスターの話でもないからな?)
――――シンクロモンスターを知っているとは、幽霊さん、実は死んだの割と最近なんだね。
(変な落ち着き方をするな。初めに書いただろうが、白いカードに)
そう言えば、幽霊さんに言われて何か書いた気がする……なんだったかな。
手に持っていたハートのトランプの束からその一枚を探し出す。
「おぉ……」
(思い出したか)
「あ? なんかあったのか?」
訝しむディーラーさん。
「ごめんごめん、なんでも……あるよ!」
ハンディキャップとして渡された白いカードをセット。「なに言ってんだ? コイツ」と馬鹿にした様な目で見て来るディーラーさんを無視して白いダイスをセット。
「追加ルールデス」
この電子音を聞くのも、もうこれで最後だろうな。
台の中央がクルリと開いてカードが公開される。
「第三セットまでで引き分けの場合、挑戦者の勝利とする?」
「そういうことだよ」
「おお! じゃあ俺の負けじゃねえか。なかなかいいルール考えたな」
「ほんとだよね」
それもこれも全部幽霊さんのおかげだよ。
(だが、よく第三セット勝てたものだな)
それは、運良く彼が大王寺氷兎丸くんだったからさ。
(そうなのか?)
そうだよ。苗字と名前の文字数が同じ三文字で、苗字は木みたいなもん――寺ってほとんど木で出来てるじゃん? それで名前が『氷』とか『兎』とか入ってて自然っぽいってのもあってるし。何より、二セット目は僕が一人で考えて対戦したのに、引き分けに持ち込めてる、それってトゥルーカードに書いてある内容とも合ってるじゃん。
(『二回目でやや気を抜く癖がある』ってやつか、、、それだけの根拠で、二ゲーム目に一番弱い『8』を出してくると読んだのか……)
どやっ。
(そんな状況証拠みたいなもんによく命を賭けられたもんだな)
え、何? 僕の推理完璧じゃない?
(寸襤褸だよ)
え、何? 何それ読めないんだけど?
(ズタボロだよ)
わざわざ二回言わなくても聞こえてるよ。
(貴様、のろいころすぞ……?)
え、何? 人生で初めてそのセリフに恐怖を覚えてる……それって無意味なヘヴィジョークじゃなかったの? 今日の僕は何回冷や汗を流せばいいの? 多汗症になった覚えとかないよ。
ほら、僕は読者の意見を代表して……
(いつまで『世界小説設定』引っ張ってやがる)
でも幽霊とかいるし……
「ほら受け取れよ」
「え、何?」
じゃなかった、幽霊さんと同じ対応をしてしまった。
「あ、それ。貰わないとね」
ディーラーさんの手から直接受け取る。
「最初にも言ったが。これはまだ予選みたいなもん……そうだな、小説で言ったらプロローグ……は流石に過ぎてるか。まあ、序章みたいなもんだ」
……。
……たまたま、だよね。彼が今小説で例えたのって……。
(そうだと思いたいところだな)
「う、うん。肝に銘じておくよ。ありがとう大王寺氷兎丸くん」
「は? それ、俺のことか?」
あれ、違った?
「もしかして、『だいのうじ』じゃなくて『だいおうじ』だった?」
「はぁ。そいつが誰かはさておいて。ゲームも終わったことだし、もう名乗ってもいいか」
このヒト、大王寺氷兎丸じゃないのか……。
「俺は、大薪気流だ。この組織に、ディーラーとして雇われている。まあ縁があったらまた会おうぜ。じゃあな」
大薪気流はそう言い捨てると、もう仕事は終わったとばかりに部屋から出て行ってしまった。
「はぁ」
腰が抜け落ちた様にドカリと座りこむ。
「ラッキーだったぁ……」
表情筋も抜け落ちる。
たまたま勝てたってことじゃん。
(まあ、もともとお前には運があったしな)
幽霊になるとヒトの運気とかわかるの?
(そんなことはない。運があったと言うより、『運しかなかった』と言う方が正しいかもな)
どうして?
(馬鹿なお前が頭脳ゲームで勝つには、運でもなけりゃ不可能だろ)
それは、その通りだね。命を懸けたゲームって聞いてたから、もっと肉弾戦みたいなの想像してたのに。まさかこういう形で命を賭けるとは――こういうのは僕なんかより死んだ兄貴の方が得意だったな。……もしかして幽霊さんが僕の兄貴?
(いや、ないだろそれは。流石にドラマチック感がわざとらし過ぎる)
だよねぇ。話し方とか雰囲気、全然違うし。
(だが、運が命だった貴様にとって、俺に憑かれたのは、まさに運命だったな)
そうだねぁ……あれぇ? 今、憑かれたって言った?
(そうだが?)
じゃあもしかして幽霊さん、この後もずっと付いてくるの?
(嫌か?)
嫌だよ。
(その反応は素直すぎないか? だが諦めろ)
ぐはぁ。まじっすかぁ。
(どうせ貴様には俺の姿が見えてるわけじゃないんだから、そんなに気にならないだろ)
まあしょうがないか。次からも協力してくれよ?
(それはやぶさかではないな)
「よし、帰るか」
額にかいた汗をかるく拭って立ち上がり、出口に向かう。
(そう言えば千里、新しいトゥルーカードにはなんて書いてあるんだ?)
「まだ読んでないや」
手にずっと持っていたそれを見る。
『阿賀縞吹色は高所恐怖症』
――……。
果たして、この人物に出会う日は来るのかな?
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お気付きだと思いますが、本作は二人称→三人称→一人称と、文体を変えつつ書かれています。二人称パートの鍵かっこの付け方は、西尾維新先生の小説を参考にさせていただきました。二人称小説自体が珍しいので、誤解されない様に一応書いておきますが、あれが一般的な表記方法というわけではありません。
作中のゲームの方に関しては完全オリジナルでやらせていただきました。かなり単純なゲームとして、最終的にあの形に落ち着けたのですが、やはり数字が……しかも小説なので漢数字が多くなって把握しづらくなってしまったかもしれませんね。簡単にルールをまとめてみましょうか。
・ふたりプレイ
・サイコロを三回づつ振る。
・サイコロの出目と同じ枚数のカードを好きな順番で出す。
・出したカードの合計値が大きい方の勝ち。
・三ゲームで多く勝った方の勝ち。
作中では三セットでしたが、別に一セットでも問題ないわけですね。
カードの強さについては、
・サイコロの目が大きい方のプレイヤーは絵札がマイナス十点
・サイコロの目が一の時は点数が二倍
・サイコロの目が一の時、Aは相手のサイコロの目の四倍
これだけです。
ゲーム自体もすぐに終わりますし、大富豪みたいな複雑にできたゲームではないですが、ゲーム自体の説明が細かく必要だったのと数字の多さを考えるとさらに単純に作るべきだったのかもしれません。その分後半はかなりふざけましたが……。
今回はこんな感じです。
お疲れ様でした。
読了ありがとうございます。




