言いたかった
だだっ広い図書室の奥にひょっこりと現れたのはあの、恭一郎だった。広大は思わず体をビクリと強張らせ、ゆっくりと恭一郎の方に顔を向けた。
「い、いたんだね、恭一郎君。」
広大は躊躇いがちにそう言ったが、向こうからは何も返ってこなかった。広大は少し覗くように爪先立ちで恭一郎のいるところに目をやったが、恭一郎はすでに本に視線を戻していてこちらには全く興味が無い素振りだった。その様子を見てから広大は小さくため息をつくと体の向きを変えて学習DVDがある棚を探し出した。しかし改めて本棚に目をやるとそれは驚くほどに大きかった。近くにはレールの付いた棚沿いにスライドする梯子なんかも見えて、「学校の図書室」の言葉には全くの不似合いな空間だ。広大はとにかく本ではなくDVDが置かれた棚を見つけようと本棚沿いに小走りで移動していると、突如進行方向から、おい。と広大を呼び止める恭一郎の声がして慌てて先行く足にブレーキをかけた。
「DVDを探しているなら反対の棚だ。」
恭一郎が指さす先のこことは反対側に位置する棚に、探していたDVDがそれはまた大量に置かれていた。広大は気が抜けたように、ああ。と口からもらすと恭一郎に軽くお礼を言ってその場を離れようとした時、横から聞こえた恭一郎の声に広大の足はその場に引き留められた。
「楽しいか、ここの生活は。」
突然のその問いに、広大はまたゆっくりと顔を恭一郎の方に向けた。広大の見た恭一郎の表情には別に何というものも無く、ただ純粋に広大にそう問いているようだった。広大はとっさに楽しいよと答えようとした、したのに。何故か口から出たのは少し違う答えだった。
「うん、不便はないよ。」
そう言った瞬間、広大は自分でもまるで予想外の言葉に驚いて固まった。不便はない?なぜ、いつもの様に笑って楽しいよ、と言わなかったのだろうか。広大のその返事に恭一郎はただ一言、そうか。とだけ言って図書室の出口へ向かって歩き出した。
何でだ。何でいつもみたいに作り笑いさえしなかったんだ。
広大はまたすぐに出口に目をやったがすでにそこに恭一郎の姿はなかった。とにかくDVDを借りなくてはと、その棚からいくつか手に取ってみたがどうしてもDVDを借りる気になれず、広大はそれらを棚に戻してこの図書室を後にした。
中庭にある広いカフェテラスのテーブルで広大はボウと高く空を飛ぶとんびを目で追っていた。ただでさえ人の少ないこの学校のカフェテラスの静けさの中、広大は一人うまく収まりのつかないこの気持ちに対して答えを求め考えを巡らせていた。なんでだ、なんで僕はあんなふうに言ったんだ。違うだろう、言わなくちゃいけなかった言葉はそんなんじゃあ・・・――。
広大の表情は静かに固まった。ゆっくりと顔を上げた先のとんびが後から来たとんびと一緒に遠くへ飛んで行くのが見えた。
そうか、あれは言わなくちゃいけない言葉、じゃなくて。僕の言いたかった言葉。だったんだ。