数日間後
あの日から数日が経っていた。今朝も目覚めは良好で支度も直に済んで顔を洗いに洗面所へと向かう途中、僕の部屋の隣にある純さんの部屋(とは言っても仕事部屋のようなものだけど。)からバサバサっと本か何かが落ちる音が聞こえた。また、純さんは徹夜だったのだろう。最近純さんは毎日寝不足のようで、ある程度の家事はするもののご飯の支度や細かい事は僕ら個人でこなすようになってきていた。正直それは苦ではないし、むしろ自分で出来る範囲は自分でやった方が気が楽なのでいいのだが、その原因が好ましくない。家ですれ違っても純さんは濃い隈をのせた目で微笑んでおはよう、とかお帰りなどと挨拶を交わすだけ。一体何がそんなに純さんを追い詰めいているのか、僕にそれを知る術はないのであまり深く詮索はしないけれども。
広大は色々考えながら洗面台で何度か冷たい水を顔にぶつけてでんぷん質の残る瞳を綺麗に洗った。そして顔を上げた先の鏡に映る自分を何という訳でもなくじっと見つめた。
あの日、僕はあまりに僕らしくない発言をしてしまった。あの日神社に皆で行った帰り道、あの時僕は何も難しい事は考えてなかった。ただただ、あの日見せた健の知らない素の顔がどうしても気になって、それは放っておいていいものではないような気がして。僕は健に自ら力になる、なんて言ったんだ。何事も面倒な事柄には首を突っ込まない主義だったはずなんだけど・・・。でも、それを後悔していない僕がいるのも確かで。結果的には、まぁ良かったのかもしれない。でも・・・。
そこまで考えて鏡に映る広大の顔が少し火照った。それを消すかのように広大はまた勢いよく、今度は周りに渋きが飛び散るほどに何度も冷たい水を顔にぶつけた。
正直、あの時の言葉が有希やジョンに聞こえてなくてよかった・・・。
広大はびしょびしょに濡れた顔を横にかけてあるタオルでしっかりといつもより丁寧に拭き取った。そしてタオルから顔を離すと、今度は何か物を思うような表情になっていた。
それから、純さんの様子が変わったのも、あの日からだった。僕が家に帰った時、家の中は真っ暗で誰もいないのかと思ったけど、よく見たらキッチン奥の方にある椅子に座って一人ボウと何かを考えてるように俯いていて、僕が電気を点けて気がついた純さんは驚いたように振り向き僕の近くまで来ると『何か変なことは無かった。何か言われたりしなかった。』なんていきなり言って来て、もちろんその場で何もないって答えたけど、一体純さんは何に対してあんなに神経質になっていたんだろうか。そしてあれから今までずっと純さんはあの調子で、正直、たまにそんな純さんを見るのが辛いときもある。
広大はタオルをきっちりと綺麗に正し、また鏡に向かい合い目をパチクリさせた。
しかし、何がどうであろうと僕は今日も今日という一日を過ごすのだ。それだけは確かな事実だ。
広大は一人リビングで焦げていない綺麗なトーストを齧り、朝のニュースを見ていた。しばらくして玄関からのチャイムの音に、急いで身の回りを片すと肩掛けのカバンを手に駆け足で玄関へと向かった。勢いよく開いたスライド式の扉の先にいたのはいつも迎えに来てくれる健だった。互いに軽くあいさつをすると広大はくるりと顔を二階へ続く階段に向け、声を張るでもなく一言、行ってきます。と言って家を後にした。
そうだ、あれからこの数日間。僕はまた一つ衝撃の事実を知った。
いつもながらに学校らしくないその学校の目の前まできた広大は、改めてこの高層学校を見上げた。そう、
この学校に授業はない。