うれしいね
雨上がりの澄み渡った青い空にいくつかのシャボン玉が舞っていた。飛んでは消え、また飛んでは消えの繰り返し。そのシャボン玉を眺めつつゆっくりとその発信源に向かう。そして木にもたれてシャボン玉を吹かしていた人物にあいさつをした。その言葉に振り返ったのは歩だった。歩がニコリと微笑むと舞っていたいくつかのシャボン玉がパチンと弾けて消えた。
「みんなはいいのかい、健君。」
歩に話しかけていたのは健だった。健もまた歩に対してニコリと微笑むと、ええ今は大丈夫ですと言って歩の持つシャボン液に目を向けた。そしてまた歩に向き直ると、小さく落ち着いた声で話しかけた。
「純さんに会ってきたんですね。」
シャボン玉がまたいくつか空に舞った。歩は口からストローを離す。どこか遠いところを見つめるような、けどしっかりと何かを捉えたような目をして、
「うん、会って話してきたよ。びっくりしてたな。」
歩はそう言うと思い出したように再び健に向き直って口を開いた。
「計画、失敗しちゃったみたいで。悪かったね。」
でも何でともちゃんは神社の方まで行かなかったのか、と喋っていると横から健の声がそれを遮った。
「ジョンと会ったらしい。」
その一言に歩は少し驚いた様子で目をキョロリとさせ、すぐに納得したように息をついた。
「そうか、ジョン君に会っちゃったのか。ジョン君は何かと感づいている所があるみたいだからね。」
それに無駄にポジティブな性格がさらにやっかいだと健がつけたす。歩もそれにうなずいた。健は軽く息を着くと歩に顔を向けて口を開いた。
「で、いい方向に向かってるんですか、そっちは。純さんヒステリックになってるかもしれないですよ。」
健のその言葉に歩は小さく笑い、一言そうかもねと言ってまた遠くを見つめた。今度は捉えようの無い目だ。その目に健は一つ息をついて歩の向く方向と同じ方角に顔を向けた。
だ「純さんに意地悪するのも程々にしないと、本気で純さん精神壊れちゃいますよ。」
吹き抜ける風が二人の髪を揺らす。
「本当、醜い姉弟喧嘩ですね。」
風の吹きぬけた後に、歩の微かな笑いが聞こえた。
全くだ。
「健〜、た・け・るどこにいるのぉ〜!」
有希は口に手を添え、山の獣道を大きな声を出して進んでいた。そしてその後を僕とジョンが足早に先を行く有希を見失わないよう必死でついて歩いていた。何故今僕たち三人が山の獣道を歩いているのかと言うと、事の始まりは数十分前。神社にいた時に健は僕に手招きすると小さな声で
「悪いんだけど、用事を思い出しちゃったんだ。すぐに済む用事だからまた帰ってくるけど、できればその間僕は山に一人探し物をしに行ったという事にしておいてくれないかな。」
僕はそれを聞いて、なぜ普通に抜け出しちゃいけないのかと問うと、健は横目でチラリと笹舟に夢中になっている有希を見てから、出来れば一人で済ませたい用事なんだ。と僕に微笑んでその場からひょいと居なくなってしまったのだ。もちろんすぐに有希は健がいないことに気づいて・・・今にいたるのだ。出来ることなら僕は一人神社に残っておきたかったけど、有希の「女の子一人で山に行かす気?」という恐喝にも似た問いかけと、ジョンの「じゃあ僕たちも一緒にタケルの探しモノ探そうよ!」という軽いノリに流され、この状況。流石に獣道を歩き続けるのは息が切れる。お願いだから健、早く帰ってきてくれ!
その時、ふと広大は先ほどの神社での健の様子を思い出した。一体、あの雰囲気はなんだったんだろうか。何か、自分が変なことを言ってしまっただろうか。用事とは、何だったんだろうか・・・。広大は高くまで登った山の傾斜から村を見下ろした。健は今、どこにいるのだろう。
「健〜!一体何を探してたのよ〜!」
しばらくして山を降りた先の神社で、既に健は広大達を待っていた。健は「落とし物したと思ったんだけど、勘違いだったみたい。」と言って笑った。そんな健に有希とジョンは、なんだそりゃと反論したり騒いでいたが、そんな中、広大は一人何か言いたげに少し遠くからそんな健を見ていた。健も広大のそんな様子に気がついたのか、広大に向けて一瞬の真顔を見せた。
「健、何かさ。悩みがあるなら言ってくれていいよ。」
帰り道、有希とジョンが先を行きながら騒いでいる後ろで、広大は地面を見つめながら横にいる健に対して小さく口を開いた。その言葉に健は少し間を置いて大丈夫だよ。と返したが、語尾に被る勢いで今度はしっかりと健の目を捉えて口を開いた。
「健は僕に良くしてくれるし、僕もそんな健に毎回甘えてる所あると思うんだ。だから・・・。」
広大はそこまで勢いよく言ってまた少し照れたように俯きがちになって口を開いた。
「だから・・・、健も。何か悩みがあるなら、力になれることは、なるから。」
そんな広大の様子に健は少し目を丸くさせたが、次には目を細めて口の端でニヤついた顔を作った。
「そう、それは―」
うれしいな。