憎たらしく
ガラス板の向こうで赤黒い髪の下から覗く目は確かにともを捉えている。そしてその人物を目にしたともは目を大きく見開いて汗ばむ手のひらでガラス板に張り付き小さく呟いた。
「・・・濱岡、宋太」
ともの横に立つ白衣の男はそれを聞くと、そしてこれから君の先輩。と付けたし改めてガラス板の向こうの少年に顔を向けた。
「宋太君怖いねぇ〜。見えないはずなのに確実にこっち見てるよ〜。あ、これマジックミラーなのね。」
横で話す声は既にともの耳には聞こえていなかった。ただただ板越しに送られる宋太の視線に捕まり身動きが取れなくなっていて、次第にガラス板にもたれた手が細かく震え始め目が霞んだ。一体、どういう事だ。ともは板上の手を力強く握り締めると、宋太の視線を振り切ってスーツの男に睨み返った。
「これは、どういう事だ。」
声が低く、微かに震える。
「家族の所へ帰ったはずの宋太が、なぜここにいる!」
言い切って息が荒くなったともを、スーツの男は静かに目だけ動かし見下ろして、口を開く。
「ずっと、ここにいたよ。君達と別れた」
最後に見た宋太の顔は、幼い子供の笑顔で
「あの日から。」
家族と暮らすんだって。手を振って、別れたのに。
強く握った拳から力が無くなって、板の上をズっと滑り落ちた。その際手首に掛けられた手錠がチャリっと小さく音を立てた。見開いた目に、小さな瞳がポツンと浮かぶ。ともはその表情のまま、顔をゆっくりと宋太に向けなおした。
「宋太、おまえ・・・。」
そう言って見つめる先の宋太はゆっくりと数回瞬きをすると、光の感じない瞳をゆっくりと閉じてベッドに再び横たわった。その姿はまるで息をしていないかのような静けさだった。その時、パタリと一滴床に落ちた。続いて二滴目。今度は体全体が震えた。痛かった。全てが痛かったのだ。喉が詰まった震える声。
「宋太は、ずっと。今も家族と暮らしてんだって、思って。ずっと、ずっと。」
憎たらしく思ってきたのに!
ともは泣き顔の熱い喉から出るかすれた声で叫んだ。叫んでスーツの男に飛びかかり、手錠でつながれた両腕を振って殴ろうと体を大きくねじった。しかし、その瞬間後ろから飛んできた手に首を打たれてドサッとその場に倒れこみ、同時に意識も飛んだ。手を出した白衣の男は、倒れこんだともを覗きこんで息を漏らすようにあちゃーと言うとスーツの男に目をやり、やり過ぎたかな。と問いた。
「暴れられるよりいい。運べ。」
スーツの男はただそれだけ言うと自分は一人この部屋からさっさと出て行った。白衣の男はその背中を見送ると、倒れたともを肩にかついで軽く掛け声をかけて立ち上がり、横目でチラリと意識を失ったともの顔を覗きこんで微笑んだ。
「今日から君が後輩で、仲間で、そして家族になってあげれるさ。」
白衣の男はそう言って軽く声に出して笑うと、ゆっくりとこの部屋を後にした。