笹の葉
「そういえば、ジョンは来ないの?」
雨が止み、開けた空の下で広大が有希に尋ねた。有希はさっきの雨で出来た水たまりに笹舟を浮かばせながら、ん?と広大に振り返った。
「あー・・・。途中までは一緒だったんだけどね・・・。遅いから置いてきちゃったんだよね。」
それを聞くと広大は軽く目をパチクリさせた。だとしたら少なくともさっきの雨の間にはここに着いているだろうし、雨宿りしているのなら誰かにメールくらい送るんじゃないだろうか。と、そんなことをぼうと思いながら有希の浮かべた笹舟を見つめていた。すると有希がくるりと広大に振り返って、何か思いついたかのように勢いよく口を開いた。
「コウ、笹の葉いっぱい取ってきてよ。今からこの水たまりを笹舟パラダイスにするから。」
有希のその思いつきに広大は思わず、え?と言葉が漏れたが、有希の何か文句ある。とでも言うかのような目と漂うオーラに、広大はただ弱々しく返事をして神社の裏へ笹の葉を取りに駆けて行った。そんな広大を横目に、健は一人鳥居にもたれて腕を組み村へと続く石段を見下ろしていた。鳥居から落ちた雫が一滴、水たまりに波紋を広げる。
「そういや、笹の葉なんちゃら〜っていう歌、あったな。」
神社の裏で広大はひたすら笹の葉を取っていた。取りながらふと昔に聞いたことのあった、歌詞に笹の葉と出てくる歌をあやふやながらもメロディーだけ口ずさんでみた。口ずさみながらだんだんと気持ちが乗ってきた広大が、後ろにある笹の葉を取ろうと勢いよく振り返った、そのときだった。振り返った広大に、笹の葉の間から顔だけ出して目をパチクリさせているジョンの顔が目に入った。この状況に広大の思考が一瞬にして停止した。そんな広大にジョンがニコリと微笑む。
「今歌っていたのは七夕の歌、ダネ。」
と次の瞬間、この神社全域を震撼させたかと思うほどの広大の叫び声が響き渡った。有希と健が神社裏の方向へ振り返る。
「うわぁ。キレイだネ。」
広大は叫んだと同時に.ぬかるんだ地面に足を取られ、そのまま後ろに倒れこんでしまった。その際持っていた笹の葉が宙に舞い、パラパラと独自の回転を効かせながらゆっくりと落ちていくのを見てジョンはそう言って、笹の葉の茂みから体の全体像を現した。
「笹の葉さらさら〜、軒端に揺れる〜、お星様キラキラ、金銀砂子〜。」
ジョンはそこまで歌って見せると、転んだ広大に視線を合わすようにその場にちょこんとしゃがみこむ。
「因みに最後のズナゴってのハ、蒔絵とかに使われる金箔や銀箔を細かくしたモノのことを言うんダッテ。」
ジョンがそう言い終わると同時に有希と健が神社裏のこの場所に駆けつけてきた。
「わ!ジョン。なんでこんな所にいんのよ。」
有希はジョンを見るなりそう言うと、ジョンは立ち上がりヘラリと笑って、近道しようと思っテ。と笑った。有希の後ろにいた健の視線がジョンの顔から手へと移った。ボロボロで泥のついたさっきの人形が握られている。その人形を確認すると健は目を鋭くさせ、視線を逸らすと誰にも聞こえないように小さく、しかし重みのある声でポツリと呟いた。
「しくったな。」