僕がいる
打ち付けるような雨の音がだんだんと静かになり、厚い雲の間から日の光が差し込んできた。その光に照らされそっと顔を上げたジョンの瞳に日の光がちらつく。するとジョンの腕の中のともから微かに声が聞こえた。
「車が来る。」
とも、ジョンはそう呟いてゆっくりと腕を離すとともが静かに顔を上げた。ジョンに向けられたその顔にはもうさっきまでの怒りに満ちた表情とは一変して、穏やかで安らぎに満ちたものになっていた。涙で潤った瞳が光を集めて瞬く。
「車の音がする、ジョンは、行って。」
ともの途切れ途切れに発するその言葉には重みがあった。しかしジョンは困ったように、でも。と言い返そうとしたが、ふとジョンへと差し出されたともの手に気が付いてそっとその手の元にジョンが手を差し出すと、ともの手の中から破れて中から綿のはみ出たさっきの人形が落ちてきた。ジョンがそれを手の中に受け取ると、ともの方からまた声が聞こえた。
「それ、やっぱりまだジョンが持ってて。」
ともはそれだけ言うと、その場にゆっくりと立ち上がりしゃがみこんだ状態のジョンを見下ろした。
「ジョン、もう車がそこまで来てる。行って。」
するとジョンはその言葉にスクっと立ち上がって、すっかり表情が変わり真っ直ぐな目を見せるともを、もう一度強く抱きしめた。
「ここにはいつでも僕がいる。」
ジョンはそう言うと、ともから腕を離し体の向きを変えて近くの物陰へと消えていった。残ったともの頬に微かな風が通る。静かに、目を閉じた。近くで車の止まる音がした。人の声が聞こえる、その声がだんだんと近づいてくる。そして次の瞬間、ともの腕は大人の大きな手に捕らえられ前で手錠をかけられた。スーツを着た男ともう一人は白衣を着た研究員だ。スーツ姿の男の方が携帯を取り出し何処かへとかけだした。
「こちら7班、逃走中の清沢ともを確保。国より先に発見出来た様子、即刻第3研究所地下へと連行します・・・は。」
男は携帯から顔は離すと、白衣の男に抑えられたともに顔を向けた。
「ここに来るまでに他の子供達には会ってはいないな。」
ともの目が男を睨みつける。
「会ってない。」
その言葉に男は今一度ともを見下ろすと、また携帯に向かって話しだした。
「はい、本人は会ってはいないと。・・・・では。」
男は携帯を納めると車を顎で指し重く冷たい声で一言、乗れ。とだけ言ってともを連れ去っていった。
物陰の隅で握られた人形に、大粒がパタリと落ちた。そしてその影は駆け足でこの場を去っていった。
ともはワゴン車の後部座席に乗せられ、横にはさっきの白衣の男が座っていた。スーツの男は目的地に向かってただ黙々と車を走らせる。すると白衣の男がともの容姿を見ながら話しだした。
「それにしても君泥だらけだね。何、転んだの?」
ともはその言葉に少しも反応を見せず、ただ窓の外を眺めていた。
「まったく、男の子は元気だねぇ〜。」
その言葉に、運転席からスーツの男が口を開いた。
「お前はこの研究施設の来て日が浅いのか。」
「え?まぁ、まだ2ヶ月くらいです。」
白衣の男が拍子抜けにそう答えると、運転席から小さなため息が聞こえた。
「そいつは女だ。」
大粒が止むことなく、ジョンは走った。