大粒
ジョンは視線をそのままに、ゆっくりとその場に立ち上がった。こうなると、ジョンの方が少し背が高い。そして向き合った状態でジョンは、相手に対して優しく微笑みかけた。
「お帰り、トモちゃん。」
ともと呼ばれた相手は、ただじっと気迫のある目でジョンを睨んでいた。その目にジョンの表情から次第に笑顔が消え、真顔へと変わった。
「さっきの言葉、向こうで何を見てきたの。」
ジョンの言葉からはいつものおどけたような口調は無くなっていた。二人の間に張り詰めた空気が流れる。風が、微かに髪を揺らす。ともの口が動く。
「やっぱり、オレは生きてちゃいけなかった。」
「それはどういう事。ともは生きてる。」
ジョンがそう言った瞬間、ともは怒りにカッと目を見開くと人形を持った右手とは反対の左手を大きく振ってジョンの頬を思い切り叩いた。大きな音が響き渡り、ともの息が荒くなる。
「知ったこと言うなよ、知ったこと言うな!生きてることが間違いなのに!」
みるみる、ジョンの表情から勢いがなくなり、ともを見つめる目が静かに、また淋しそうな瞳に変わっていった。その顔にともは今以上の怒りを顔に出し、振り切っていた左手で今度はジョンの反対側の頬を叩いた。
「お前だって!本当は生きてちゃいけないんだ!」
息を荒く、怒りに表情が歪んだともの目に何かが映ってふとそちらに顔を向けると、そこには真っ直ぐにともに向かい伸ばされたジョンの手があった。
「人形、返して。」
その言葉を聞いて一瞬の沈黙の後、ともの目は今までにないくらいに怒りで見開かれ、その勢いのまま右手に持っていた人形を思い切り引きちぎった。瞬間、この空間にパシンッという乾いた音が響き渡った。ともの目が驚きで丸くなる。ジョンの右手が、ともの頬を打っていた。
ともの手から、引きちぎられ中から綿のはみ出た人形がポトリと落っこちた。ジョンの据わった目がともを見つめる。ジョンの口がゆっくりと、動いた。
「今、ここで生きてる。」
ともは叩かれた頬にそっと手を添え、悔しさに歪んだ顔から大粒の涙が次から次へと地面に落ちた。喉の奥から搾り出したような呻き声。
「・・・・もう、しんでる。」
ともはそう言うと、その場に倒れこんで大声で泣き出した。空がこの空間を包むように薄暗くなり、ともの涙に混じって大粒の雨が降りだした。ジョンは、大粒に打たれる中でただ静かに崩れたともを抱きしめた。
「止まないね・・・。」
有希はそう言って雨宿りをしている神社の境内から体を乗り出して降り続く雨の様子を確かめた。広大と健も既に神社に着いていて同じように有希の隣で雨宿りをしていた。
「それにしても本当大粒だね。走って石段登ってきたけどその間打ち続ける雨が痛かったよ。」
広大はそういって持っていたハンカチで濡れた服を拭いていた。
「いつ止むと思う?」
有希はそう言ってまたストンと健の横に腰を下ろした。健の濡れた髪から垂れた雫がパタリと地面に落ちる。
「当分、止みそうにもないかもね。」