気持ち二つ
恭一郎は静かに、だけどはっきりとした口調で広大に対して話しかけた。そしてまたゆっくりと地面に刺さった枝をしっかり握り締め抜き取るとその場にゆっくりと立ち上がった。
「何故読んだ。」
今度は恭一郎が広大を見下ろす形でまた問いかけた。逆に広大からは見上げるような形になり、只ならぬ雰囲気と恭一郎のしっかりと握られた木の枝に恐怖を抱き上手く声が出なかった。その様子に恭一郎は口の中で一度舌打ちをすると地面に座り込んだ広大の元へ歩みより木の枝を持った方の腕を思い切り広大めがけて振り下ろしてきた。その思いがけない事態に広大の目が大きく見開いた。
危ない!
と、その時、この静かな緑の空間にパキリッという弾け乾いた音が広がった。その音の後、広大は思い切り閉じた目をゆっくりと開くと恭一郎の驚いた顔が目に入ってきた。そんな恭一郎の様子に広大はキョトンとすると、すぐに事態を理解した。自分があの本で思い切り木の枝をガードしていたのだ。そのお陰で枝は気持ちのいい音を立てて真っ二つに折れて、飛んだ枝先は地面に落ちた。
広大は慌てて本を顔の前から離すと上手く回らない舌で何度も謝りながら急いでその本の枝が刺さったであろう場所を幾度と撫でいると、前から重いため息が聞こえてきた。そのため息に広大が手を止め恭一郎の方を見ると、恭一郎は手に持っていた残りの枝をポイと地面に捨ててその場にドサリと座り込んだ。
「ばからしぃ・・・。」
恭一郎は一言そう言うと、またため息を一つついて軽く肩を落とした。その様子を広大はあ然と見つめながら、ふと思い出したように手に持った本を最後にまた一二度手で丁寧に撫でると、恐る恐るうなだれる恭一郎の前に差し出した。
「あの、コレ。勝手に開いて、ごめん。でも、内容はよく分からなかったから、大丈夫だよ。」
僕はコレ返しに来たんだ。広大がそういい終わると、恭一郎は浮かない表情のまま顔を上げて差し出された本に視線を置いた。それからまた一つ小さくため息をつくと同時に、その本を受け取り表紙ををただじっと見つめていた。
「傷がついてたら、ごめんね。」
広大は気の無い恭一郎に向かって小さくそう言うと、また黙って恭一郎と向き合った。すると恭一郎の方からも小さく呟くような声が聞こえた。
「むしろ、傷だらけになってしまえばよかった。」
広大がその言葉を理解出来ずにいると、恭一郎はさっと立ちあがりその場から立ち去ろうと広大に背を向けた、広大も慌てて立ち上がるとその背中に向かって何か言おうかと口を開いてみるものの何もかける言葉が思い浮かばず口だけが微かに動いただけだった。
「さっきの時も、今も。」
広大がその言葉に顔を上げ、恭一郎の顔に目を向けると、恭一郎の頭だけ横を向いていた。視線もどこか地面を見つめるような形だ。
「一方的で、悪かった。」
恭一郎のその言葉をが、妙に広大の鼓膜を振るわせた。
この人は今、僕に謝ったのだ。
そして恭一郎はそれだけ言うと足早にその場から消えていった。そしてこの静かな緑の空間に広大はただ一人立っていた。
確かに一人、立っていて。でも、どこか。
清々しかった。