本
しばらく夢中になって走った後、広大は山際で木々の生茂る空間に出ていた。一応まだ学校の敷地内だと思われるその空間で広大は一人、傍にあった木に手をついて乱れた呼吸を整えようとその場にしゃがみこんだ。呼吸が中々戻らない、この呼吸の乱れは恐らく、走ったからだけのものでは、無い。
その時、ふと何処からか微かに風が吹いてきたのを感じた。その風に揺られて周りの草木もまたサワサワと微かな音を出した。そんな中に一人。広大はこの空間にヘタリと存在している。風が吹きぬける、緑の中で。少し、心地がいい・・・。
ふと気がつくと、広大の呼吸も正常に戻っていた。すると広大はその場にゆっくりと立ち上がると、そのまま倒れるように横の木にもたれかかった。そして大きく深呼吸をする。
そして広大の頭にあの時歩に対し今までに無い激しい憤りを感じた自分を思い出していた。正直、それには後悔が大きかった。そもそも、何事にも無関心でいる人間でいよう。何も知らなくてもそれで安全を保っていられるのなら知らないでいよう。そう決めてやってきて、そういった自分でいられると思っていたのに。たった。そう、たったあれだけの出来事で感情をむき出しにしてしまいそうになっていたなんて。
あそこで本気で感情をむき出していたら、本当に、僕の負けだった。
広大はしばらく黙り、そして息を大きく吐き出してその場に仰向きにバタリと倒れこんだ。するとその拍子に右手にずっと持っていた本が手から離れて地面に落ちた。
そういえばこの本、何の本なんだろう。
広大は少し体を起こし、本を手に取るとまた地面に寝転がった。そんな体勢のままいっぱいに空に伸ばした手の中でその本を転がし、色んな方向から観察したてみた。
頑丈な布表紙にそれなりにページ数のありそうな本の厚さ。ちょっとした辞典くらいの太さをした本だ。そして布表紙の表には題名が押し付けられたように凹んで打たれていた。
La fille aux cheveux de lin
そう打たれた文字を広大は指で感触を確かめるようにゆっくりとなぞり、声に出してその文字を読もうとしたが、一体どう読めばいいのか分からず口元だけを微かに動かしただけだった。それから無造作にページをめくり中の文字を目で追った。中には横書きで小さな文字がつらつらと並び、改行が少なく物語りではないように思えた。それにまた数ページめくると違う見出しが出され同じようにまた数ページに亘って長い文章が続いていた。
一体何の本なんだ。広大がそう思いながら伸ばした手の中で本をパタンと閉じると、突如と寝そべった頭の横に勢いよく鋭い木の枝がザクリと音を立てて地面に突き刺さった。その出来事に広大の体は一瞬にして固まり、それから一呼吸置いてからゆっくりと体を起こして後ろを振り向いた。そしてそこにいたのはあの恭一郎だった。片膝を地面に立ててさっきの木の枝の付け根をしっかりと握っていた。
「お前、今その本を読んでいたな。」