〜開戦前〜
「いやー、疲れたぁ!」
ヴァンネスタヴァリから帰って来て、ブラッドフットが言った。
「よく言うよ。お前ただ居ただけじゃないか」
ブラッドフットとブロワハイは狼の姿だったのでそんなに構われ無かったのだ。
「あ、龍お疲れー」
_あー、その言い方!イラっときた。一瞬イラっときたぞ!
「怒るなよぉ。精神的に疲れたってことだ」
「そーかい」
俺は心身ともに疲れたよ。
洞窟に着くと怪我人以外は皆慌ただしく動いていた。だいぶ戦う準備が済んできたようだ。
「そういえば、麗音はいつも武器何処から出してるんだ?」
龍は麗音に訊いた。
彼女は戦う時、どんな武器でも操る。
ダガーナイフ、拳銃、長剣…‥お気に入りはなんと、恐ろしいことに大鎌なんかを振り回している。
だが普段は何も持っていない丸腰状態。いざ戦いになると武器が出現するのだ。どこかから。
「何処から出してるか?ああ、あたしは異次元に武器庫があるんだ。そこに接続して取り出してる。何処でも取り出せるから便利だぞ」
「へぇ、異次元に…」
「あとであたしのとこ来いよ。武器整備するから。それとブラッドフット」
麗音に呼ばれてブラッドフットが振り向いた。
「お前、龍の武器のこと面倒みてやれ」
「了ー解」
「麗音っ」
向こうから昴が走ってきた。
肩にライフル、右腰に消音器付拳銃、左にダガーナイフを三本提げている。
「どうした?」
「報告です。アースの決定で、僕は珀さんと偵察に行くことになりました」
「そうか…と、いうか、お前と珀だけで行くのか?」
「そうですが、何か問題でも?」
「いや、ただ単にどっちも敬語だから堅苦しいってだけで」
「あ、それはアースも言ってました」
「だろうな」
-☆-☆-☆-
昴と珀が出発した後、龍はブラッドフットの提案で麗音の所で武器の再点検をすることになった。後で武器整備を見に来い来いと誘われてたので、つまりは時間短縮だ。
再点検といっても、普段から手入れはしているのでやることはあまり無い。武器に自分の魔力を絡ませる程度だ。
普通魔力は実体が在るものに変換しないと使えないが、龍のは少し特殊でそのままでも使えるのだ。
手首にある黒い刻印をこすり、刀を出現させる。
双竜爪牙刀“逆鱗”…キバの刀。
これから戦う敵はキバが斃したと言っていた。
再び蘇ったその敵を斃しに行くのだ。またこの刀はその敵と戦う。
龍は刀に魔力をこめた。刀身が深紅に輝きはじめる。
今の自分にその敵を斃せる自信は無い。…対の刀はまだ探してもいない。
そんなことを考えながらふと顔を上げると麗音と目があった。
「なんだよ?」
じーっと見つめてくるので聞いてみた。
「別に。刀見つめてやけに辛気臭え顔してるから」
そう言ってまた空中から武器を取り出す。
さっきから武器を取り出し点検をして並べる、という作業を延々と続けているのだ。彼女の周りは並べられた武器で足の踏み場も無かった。
大きい物から小さい物、剣や銃に加えて、鞭やボウガン、はてや得体の知れないモノまである。
「あれ、こんなもん入ってた」
取り出したのはパチンコ。どっちかというとオモチャだ。
「うん?あれ、なんかつっかえてんのか?」
「ふおっ!?」
何となく麗音を見た龍はものすごい驚いた。
なんと麗音の上半身が消えて残った下半身も宙に浮いている!
「り、麗音っ!!?」
_何があった!?
「ふうっ、何だこいつは?」
上半身が出てきた。
武器庫に頭を突っ込んでいたらしい。手にガラガラヘビのオモチャを握っている。
「って、何でこんなもん?」
「さあ?」
_いや、なぜ俺に聞いた!?武器庫にガラガラヘビのオモチャって!…あれ、そういえばブラッドフット…
・・・。
はい 、部屋の真ん中で大の字になって寝てますね。
狼のくせにあんな寝方でいいのか?
「ぎゃんっ!?」
_あ、尻尾踏まれた。あれは確か第六班の…賀川 正だったっけ?
全力で謝られている。
「龍ぉ~っ!」
駆け寄ってきた。
ドーンっ
その勢いで飛びついてくる。
「おまっ危なっ!」
刀をまだ手に持っていたので焦る。
「痛かった!」
「はいはい。わかったから、離れろっ」
性格が甘えん坊+寂しがり屋だから大変なのだ、こいつは。外見はクール系なのにこの行動…ついでにこれは秘密なことだが、自分と同じくらい大きい犬のぬいぐるみ(確か名前は“ロック”だったか?)を持っている。
「ブラッドフット、足切るぞ」
ブラッドフットがダガーナイフを 踏みかけているので注意した。
「おっと!」
「ブラッドフット、お前もう少ししっかりしろよ」
向こうから麗音が言う。
「うん…ごめん」
_謝るとこじゃないんじゃないか?
「あれ?なんか入り口の方騒がしいね。行ってみよう!」
ブラッドフットは駆け出そうとして拳銃を踏んずけた。
「キャンッ‼」
滑って転ぶ。
_言ってるそばから…暴発したらどうすんだよ?
でも確かに洞窟の入り口の方が騒がしい。
「あっ、あれは…!」
拳銃を拾っていた龍はブラッドフットの声に顔を上げた。今度こそ駆け出す。
「ライトニングクロー‼」
_えっ!?
黒い毛むくじゃらのもの、よく見れば狼だと分かるものが運ばれてくる。肩のところに白い稲妻の狼紋がある。
ライトニングクローに間違いなかった。
なぜ分かるかというと、ここの狼達はそれぞれ身体に特徴的な模様があるのだ。一見自然にできたのではないような色と形をしているが、全てが地毛で、ほとんどが名前の由来にもなるような大事なものだった。ついでにブラッドフットは四肢の先が赤い。
「おい、ライトニングクロー!しっかりしろよおっ」
ライトニングクローは全身傷だらけだった。
-☆-☆-☆-
龍は診療所に来ていた。ブラッドフットがライトニングクローのことが心配でいてもたってもいられないようだからだ。
「ちょっと、そこの戸口の二人っ」
ダリオスが消毒液が入ったたらいを脇の小机に置きながら呼んできた。
「出てく気が無いなら誰かが入って来ないように見張っててちょうだい」
ついでに、なぜこんなところに立っているかというと、ブラッドフットが原因だ。さっき転んで擦りむいたとこの絆創膏をもらうという口実で来て、結局そのまま戸口に居座ってしまったので龍も一緒にいるということだ。
確かにたまに野次馬が来る。ダリオスがイラつくのも無理は無かった。ということで、野次馬を追い払っている。すると、沢山いた野次馬の群れがサッと二つに割れた。
そこに現れたのはアース。さすがに酒は置いてきたらしい。
「あ、アース…」
「アース、まだダメよ。目を覚ましたら知らせるからそこの野次馬追っ払って待ってて」
「命に別状は?」
「それはもう大丈夫よ」
ダリオスは包帯を巻きながら答える。さすがに治療が速い。
「そうか。じゃあ知らせてくれ」
アースは出て行った。
「ほら、あなた達も準備があるでしょう?起きたら教えてあげるから、あっち行ってなさい」
そう言われては出て行くほかない。
ライトニングクローは暫く面会謝絶らしい。
-☆-☆-☆-
その夜。龍達が完全に寝た頃にライトニングクローは目覚めた。
ベッドの横でダリオスが椅子に座ったまま腕組みをして寝ている。
傷の痛みを我慢してそっと起き上がるとダリオスを起こした。
「ダリオス…ダリオス、起きて」
「ん…あら、わたしったら…ライトニングクロー、やっと目が覚めたのね。どうしたの?もう少し寝てた方がいいわよ」
「ダリオス、お願い。アースと話がしたいんだ」
「わかったわ。でも明日じゃだめなの?」
「今…」
「じゃあ起こしてきてあげるから寝て待ってなさい」
ダリオスは足早に出て行った。
ライトニングクローはダルが出て行っても暫く身体を起こしたままでいた。
_…翼………
翼の姿が脳裏に蘇る。ライトニングクローが捕まって降伏を迫られた時、翼はライトニングクローを放すという条件で武器を捨てた。
そして“大丈夫”と言ってそのまま連れていかれてしまった。
結局ライトニングクローも解放されなかった。
_僕があの時捕まらなければ…っ!
ライトニングクローは手を固く握り締めた。
診療所の戸の向こうから複数の足音が聞こえ、アースとダリオス、そして麗音が入ってきた。
何故麗音がいるかというと、彼女はヴァンパイアの血のせいか真夜中に真っ暗闇の中散歩するという変わった趣味の持ち主で、今夜も散歩しているところにたまたまアースを呼びに行くダリオスが通りかかったからついてきたのだ。
ライトニングクローが所属している班のリーダーでもある。
「どうした?」
「アースっ!翼が」
「翼のことは聞いている。ランが一度会いに来た。安心しろ。助けに行く」
「翼は魔術が解けたんだ。それで逃げる途中で見つかって…」
「魔術が解けた?そんなこと…」
麗音が口を挟む。
「体質なんだ。魔術がかかりにくい。それにイリアが手伝ってくれた。それで術が解けた時僕を助けてくれて、逃げる途中で囲まれて、みんな知ってる人で…それで、それでっ」
「翼は一人残ったのか…」
敵の数が多すぎた。
翼はライトニングクローを逃がすために一人残ったのだ。