〜入院中〜
入院生活二日目の夜。
ブラッドフットはいきなり目が覚めた。
原因は隣のベッドに寝ている龍。
ダリオスに頼んで隣にしてもらった。
で、夜中に起きた理由は、その龍がなにかに魘されているようだからだ。
昨日の夜もそうだった。苦しそうに眉を寄せ、何度も寝返りを打つ。たまに聞き取れはしないが、譫言も言う。
しばらく様子を伺っているとそのうち静かになった。
明日起きた時に訊いてみよう。
ブラッドフットは寝る事にした。
-☆-☆-☆-
翌日、ブラッドフットは龍に魘された原因を訊いた。
「俺が?魘されてた?」
「うん。結構」
「そうか…」
そのまま黙ってしまった。
二人の間に静寂がおちる。
ブラッドフットが話してくれないのかと思い始めた時、
〈…ブラッドフット〉
龍は念話を使ってきた。
〈俺、あの黒マントの顔を見たんだ〉
またしばらく黙る。
〈……あの黒マントの正体、翼だったんだ〉
〈え…?〉
〈翼だったんだよ〉
〈まさかっ!翼はあんな事する奴じゃ…〉
「分かってるさっ‼」
龍はいきなり怒鳴った。
〈…わるい。でも翼だったんだ〉
〈龍…〉
そのまま再び静かになった。
-☆-☆-☆-
「どうしたんだ?そんな大声出して」
龍の大声を聞きつけて麗音がやって来た。
「うわっ!なんで動けんだ!?」
龍は驚いた。
「俺より重傷だったんじゃ…?」
「ああ。でももう治った」
「嘘だぁ」
「嘘じゃない。ほら」
バッ
麗音はいきおいよく服の裾を捲った。
「ばっっ!」
「おわっ!」
龍もブラッドフットも一瞬慌てたが、捲られた服が胸の下で止まったので少し安心した。あくまで少しだが。
麗音が言う通り確かに傷は跡形も無く消えている。
_じゃなくてっ
「普通捲るかっ!?」
心臓に悪い。あの一瞬でバクバクいいだしてる。
「ん?なにが」
「なにがじゃねえっ!」
ズキッ
「い゛っ!?」
突然龍は痛みを感じた。
巻いてある包帯が次第に赤く変色していく。傷口が開いたのだ。
「あーあ」
麗音は走ってダリオスを呼んできた。
「あらっどうしたの?」
ダリオスが飛んで来て手当を始める。
「騒ぐからだぞ」
ダリオスの後ろから麗音は腕組みをして言う。
_お前のせいだろ?
「人間なんだから、安静にしてなきゃ傷治んねえぞ」
「龍、大きい声出しちゃダメよ~」
ダリオスが治療を終えて離れていく。
「麗音、なんでお前はそんなに早く治ってんだ?」
龍は訊いた。
「あたしが人間じゃないから」
「は?」
「あたしはハーフヴァンパイアだ。母親が吸血鬼さ。だから怪我の治りも速い」
「ヴァンパイアぁ?本当にいるのか?」
「いるからあたしがいるんだよ‼世界は色々あるんだ。あたしがいた世界はまだ古い魔法も生きてるし、魔物だってうじゃうじゃいる」
「古い魔法?」
「あたし達が普段使っているのよりもっと難しくもっと強力な魔法さ」
「へ~。でもヴァンパイアって血、吸わないのか?」
「あたしはハーフだ。血は吸わない。まあ吸おうと思えば吸えるし、それなりに元気になるがな。あと受け継いだのは身体能力の良さと生命力…と殺戮衝動だけだ」
「そうなのか」
でも殺戮衝動ってのは……
「龍、麗音が戦うとこ、すごい怖いぞ」
ブラッドフットが隣から言う。
「血飛沫が飛びっぱなしなんだから!」
_血飛沫って…
「…ウソだろ?」
「ウソじゃないって」
「で、さっきの大声は何だったんだ?」
龍達の会話を完璧に無視して麗音が質問する。
「さっきの大声?何のこと?」
「さっき“分かってるさっっ‼”って言ってたじゃないか」
「ああ、あれか…」
龍は迷った。翼に斬られたんだという事をはなすべきか。
そして、
「いや、なんでもねえよ」
と答えた。
「そうか。なんでもないか」
納得してくれたようなので、龍は安心した。
グイッ
しかし、いきなり胸倉を掴まれた。
_痛いっ!麗音、俺怪我人!
「本当の事を話せ」
低い声で詰め寄って来た。殺気を纏っている。
「お前ら、念話で話してただろ?」
_なんで分かるんたろう?
〈ブラッドフット、どうしよう?俺殺されそうかも〉
ブラッドフットに助けを求めたが返事が返って来ない。横目で見ると…布団を完全に被ってしまっていた。なんかもう泣きたい気分だ。
「黙秘か?じゃあ当ててやろう……黒マントの事だろ?」
_ギク…当たってる。
「図星か。適当に言ったんだけど。で、黒マントがなんで“分かってるさっ‼”なんだ?」
ズイッと顔を近づけて聞いて来た。殺気に混ざってうっすらとオレンジ色の魔力までが全身から立ち昇っている。
「分かった話す。話すから手を離してくれ…痛い!」
龍は降参した。
「…よし」
麗音は数秒様子を見てから手を離してくれた。
疑わなくても俺はここから動けないんだけど。
麗音の殺気が薄れる。
「あのマントは結構特殊なものらしいな。気配を全く感じなかった。感じたらやっつけられた!」
麗音は椅子を引いて来ながら言った。
やっつけられたということをすごい主張している。
負けず嫌いなのか。
「いや、やっつけなくて良かったよ」
「何故?」
「とにかく良かった」
「なんでそれが“分かってるさ‼”と関係あるんだ?」
「それは…」
龍は口ごもった。
「おい?」
「……」
「龍?」
ここまで来たら話すしかないか…と思った時ら麗音が突然、
「もしかして、顔見たのか?」
と訊いてきた。
「…その通りだけど、なんで分かるんだ?」
「なんとなく?」
「……」
「そんなに言いにくいのか?」
「…ああ」
龍は天井に目をやった。何も無いゴツゴツした岩の天井だ。
そろそろ言わないと麗音がキレるかな?
〈…龍‥俺が言おうか?〉
ブラッドフットが気を効かせてくれる。
〈いや、大丈夫。自分で言うよ〉
龍は天井から麗音に視線を戻した。
麗音は彼女にしては珍しく辛抱強く待ってくれている。
「…黒マントの正体は翼だった」
龍はそのまま麗音を見て言った。
彼女は一瞬“えっ?”というような顔になったがすぐに口をぎゅっと結んで立ち上がった。戸口に向かって歩き出そうとする。
龍はそれを慌てて引き止めた。
「どこ行く気だよ?」
「決まってんだろ。アースのとこだ。報告する」
「ちょっと待ってくれ。もう少し話す事があるんだ」
龍は麗音に座るように勧めた。
麗音は肩をすくめると自分で引いて来た椅子に腰をおろした。
「俺は翼と戦って、たまたまフードを斬り裂いた。その時に顔が見えたんだ。あ、それで一瞬動きを止めたせいで斬られたんだけど」
麗音の眉が“なんだと!?”というように吊り上がる。
ブラッドフットが布団から顔を出して“まあまあ…”となだめた。
「その時のあいつの目には生気が無かった…なんというか、操られているような感じだった」
「それにライトニングクローもいなかった」
ブラッドフットが補足する。
「そうか。操られている可能性が高いって事だな。でもそれはそれでアースに言わないといけない。もしそうなら救わなきゃだろ?」
麗音はそう言って立ち上がった。去りかけて立ち止まり、こちらを振り向く。
「龍」
「うん?」
「ありがとう」
「え?あ…お、おう」
突然お礼を言われ、驚いた。当然口ごもる。
「じゃあな。早く治せよ」
そして今度こそ去って行った。
麗音が去ってしばらくしてからブラッドフットが口を開いた。
「何のお礼?」
「確かに。……総合して考えれば…助けに行った事か?」
「そうだね。ミイラ取りがミイラにだもんね」
_あ、それ覚えたんだ…というか、俺達もミイラになりかけたんだけどな。
-☆-☆-☆-
入院五日目。
龍は朝早くに病室を抜け出して洞窟の入り口に来ていた。さすがダリオス。G・フィーストの名医という名は伊達じゃない。ザックリ裂けていた傷はほとんど塞がった。激しく動かなければ開く事もない。それに五日も寝ているとやはり退屈なのだ。身体も鈍る。
入り口の脇に座り込んで手首にある模様を眺める。キバに言われた通り、それを擦る。すると瞬時に刀が現れる。しばらく刀を眺めてからまたその刀をしまう。さっきからずっとそれを繰り返している。
翼が黒マントで現れて以来、襲撃は起こっていない。
_もっと強くなりたい…
そんなことを考えながら遠くの空を見る。
その時、空を何かが飛んで来ることに気づいた。
_あれは…
目を凝らして見ると、なんとランだった。翼の通行鳥だ。
ランは大急ぎで飛んで来ると龍の前で急停止した。
[リョウ、よかった!ちょうどあえて]
泣きそうな声で言う。
龍は手を伸ばして止まらせてやった。
「ラン、大丈夫か?翼は…?」
[そのことできたの]
「無事なのか?」
[だいじょうぶよ、いまは]
「今は?」
[ライがひとじちにとられてるの。それでツバサはおどされて]
「そういう理由だったのか」
[したがわないとからだじゅうにげきつうがはしるようにまほうをかけられてるの。このままじゃツバサのこころがしんじゃうわ]
「大丈夫じゃないじゃないかっ!分かった。俺がアースに言っといてやる」
[ありがと。あたしはもういかなきゃ]
ランは話している最中もずっとそわそわしていたがやはり急いでいるのだ。早く行かせてあげたいが、もう一つだけ訊かなければならないことがある。
「翼は何処にいるんだ?」
[デンフィッチていこくのしゅじょう、フィタルカ]
「デンフィッチ帝国の主城だな?オッケー。必ず助けに行く」
[おねがいっ]
そう言うとランはヒュッと羽音をさせて飛び去った。
龍はそれを見送るとさっと身を翻しアースの部屋へ急いだ。
傷はまだ痛むがそんなのかまわず走る。
入り口からアースの部屋まで半分くらい過ぎた。
そのとき、後ろから声が聞こえてきた。
「龍ちゃ~ん」
_げっ!あの声は…
恐る恐る振り向く。
「なんで勝手に病室から抜け出してるの~?」
ダリオスだ‼
ものすごい速さでこちらに向かって来る。どうやら病室の前を通った時に見つかってしまったらしい。
「安静にしてなさいって言ったでしょ~?な~んで走ってんのよ、龍ちゃん」
ちゃん付けにされてる。怒っている。絶対に怒ってる。
_ってか怖い‼
ガシッ
簡単に追い付かれてしまった。逃げようとするが、ガッチリと腕を掴まれて逃げられない。
_なんちゅう怪力だよ?
傷が痛くて激しく動けないのも敗因のう一つだ。
「さあ、病室に戻りましょう」
ズリズリと引きずられる。
と、そこへ救世主(?)が現れた。近くの角を麗音が曲って来たのだ。
「麗音、麗音!」
龍の呼び声に振り向いた麗音はダリオスに引きずられている龍を見てはたっと足を止めた。
「何、やってんだ?」
「麗音、助けてくれ!」
「ダメよ麗音。龍ちゃんは病室に行くんだから」
「今ランに会った。翼のことが分かったんだっ!」
「なに!?」
麗音は急いで寄って来た。
「それで、なんだって?」
「その前に、俺を助けてくれよ」
龍は相変わらず引きずられているのだ。
「ダリオス、龍に話しがある。アースのところへいかなきゃなんだが、連れてっていいか?」
「え~っ。だって怪我治ってないのよ?」
「話しが終わったらちゃんと連れてくから」
「…しょうがないわね。いいわ。でも無理させちゃダメよ?」
ダリオスはやっと手を離してくれた。
「分かった分かった。龍、行くぞ」
「おう」
二人は歩き出した。
「ありがと、麗音」
「ったく、怪我治ってないならダリオスに見つからないようにしろよ」
麗音がこちらを横目で見ながら言ってくる。
「しょうがないじゃないか。病室抜け出す時は見つからなかったんだから。うっかり前を通っちまったんだよ」
龍は言い訳した。
「“うっかり”したんじゃねえか。てか、一本しか道無いし」
「うっかり“普通に”通っちまったんだよ」
そんな言い合いをしてるうちにアースの部屋の前に着いた。
「アース、話しがあるんだけど、いいか?」
麗音が扉をノックしながら訊く。
「いいぞー」
アースの声が返ってくる。
龍は麗音に続いて部屋に入った。
部屋の中にはレアルと煌もいる。
「どうした?二人とも。龍はまだ怪我治ってないからダルがうるさかっただろ」
アースが例にもよって例の如く酒を注ぎながら訊いてきた。
酒代、相当なんだろうな。
「龍、今アースの酒代のこと考えてただろ?」
壁にもたれて立っているレアルが口を挟む。
「心配すんな。あの酒は自家製だ」
ホントここの人は人の心が読めるっぽくて嫌だ。
「実は翼のことで、情報が手に入ったんだ」
「なに?翼の…」
麗音の言葉にアースではなく煌が反応する。
「さっき病室を抜け出して洞窟の入り口に居たんだ。そしたらランが飛んで来た。翼達はえーっと、デンフィッチ帝国のフィタルカって城にいるって」
「やはりそこか」
アースが酒瓶を置いた。
「やはりってどういう事だよ?」
麗音がそれをすかさず取り上げて言う。
「そこの宰相が何か企んでいるようだったんです」
アースのそばに立っている珀が言う。
「そういう事だ」
アースが机の中からもう一本酒瓶を取り出した。
「…何本持ってんだよ」
麗音が呆れる。
「何人か間諜を送ったんですが一人も帰って来ません」
珀が真面目に言う。
「それって結構ヤバイじゃん」
椅子の背もたれを前にして座った煌が言葉とは裏腹になんでもないように言った。
龍はランから聞いた事を話す。
「翼はライトニングクローを人質にとられて言いなりになったらしい。従わないと激痛が走る魔術をかけられてるって」
「そいつはアレだな、精神支配系の魔術だ。しかも神経系にも掛かってる」
ちょっと待ってろと言ってレアルは出て行った。
「何か知ってるらしいな」
アースが酒を煽る。
「あれ?龍ってそんな刺青してたっけ?」
煌が龍の手首を指差して言った。
「あ、これ?これは…刀」
「は?刀?」
「刀って?」
煌と麗音が同時に聞いた。
龍は説明するより見せた方が早いと思い、その手首の模様を擦った。黒い刺青のような模様が瞬時に紅く変わり刀が現れる。
「うわっ!ホントに刀出てきた」
「その刀どうしたんだ?」
「えっと、この刀は…」
龍は刀を持ち上げた。
「待たせたな‥どわっっ」
持ち上げたちょうどそこへレアルが帰って来てそれに当たりそうになった。
「危ねえな。なんでそんなもん…持って……」
レアルの言葉が途中で消えた。相当驚いたというような顔で、目を見開いて刀を見ている。
「どうした?」
「その刀、どうしてここに…?」
「見覚え有るのか?」
とアースから酒を取り上げながら(二度目の挑戦)麗音が聞いた。酒瓶はすっからかんだったらしく、舌打ちと共に机に置く。
「ちょっと待ってろ」
レアルはアースの机に持って来た分厚い本を投げ出し、再び部屋を出て行った。
「何なんだ、あいつは」
アースがまた酒瓶を引っ張り出す。
麗音がチッと舌打ちする。纏っている気が少し殺気立ってきていてちょっと怖い。
レアルは数分で今度はそんなに厚くない本を抱えて戻って来た。
「紅牙の伝説、聞いた事無いか?」
そう言って持って来た本を差し出した。
「知らない」
その場にいる全員が首を横に振る。
「そうか。この本はある男について書いてある。昔多くの世界で最強と謳われた実在の男の話しだ」
「でも刀と何の関係が?」
煌が訊く。
「関係か?龍、刀に魔力をこめてみろ」
言われた通り魔力をこめてみた。
注ぎ込まれた魔力は一瞬ぶわっと広がり、次に落ち着いて刀身に纏わり付いた。
イイィィィ…
魔力を纏った刀は微かに音をたてて紅く光る。
「コレが“紅牙”だ。さっき言った男の持ち物さ。男の名はキバ・クエイス」
「えっ!キバ?」
龍は驚いた。
「この刀はキバにもらったんだ」
「なんだって!?いつどこで会った?」
言った途端、レアルが掴みかかってきた。彼には似合わない行動だ。
「俺が翼に斬られたあと…俺の心の中?で」
「お前の中で…?」
「そう。なんか俺の中に住んでるとか言ってた…って、こうやって言うとなんかやだな」
「確かに聞こえ悪いな…」
煌が椅子から立ち上がった。
「そうか…」
レアルはフラフラと煌が座っていた椅子まで行って座った。
「あいつが行方不明になってからどれほどの時間が過ぎたか……キバと俺は旧友。結構いい戦友だった。当時あいつは紅牙のキバと呼ばれ最強の戦士と言われていた。それがイビデラムとの戦いのあと突然姿を消した。なぜ人の心の中になんかに住んでるんだ…魂だけにならないとそんなことできない。なんで自分の身体を捨てたんだっ…」
最後の方は嘆きだった。頭を抱えて俯くレアルに周りは何も声をかけられない。
「…悪かった」
龍は自分の口が自分の意思に関係なく動くのを感じた。驚いて目を見開く。
レアルがはっと顔を上げる。
「悪かった、レアル。仕方がなかったんだ。あの戦いで俺は致命傷を負った。イビデラムは斃したがあいつは何度でも蘇ってやると言っていた。方法が無いわけじゃない。だから俺は魂と身体を切り離した」
「キバ…?」
レアルが旧友の名を口にする。
「龍、口を使わしてもらったぞ…すまん、これは魔力の消費が激しくてな。そろそろ限界だ。またしばらくして会おう」
龍はキバが退くのを感じた。
自分の意思で口が動くか確かめる。
部屋は時々アースが酒を注ぐ音以外何もしない。
全員がこちらを見ているのも気になる。
_一番驚いているのは勝手に口を使われた自分だろうに。
「そうだレアル」
アースが突然口を開いた。
「お前何か調べたんじゃないのか?翼がかけられた魔術のこと」
「…は?………あっ」
一瞬ポカンとしたレアルだが何か思い出したようだ。
「そうだった。本、本何処やった?」
「ほらよ」
アースが分厚い本を投げ渡す。
レアルはそれを難なく受け取ると開いた。
「“サラ婆の魔術大百科”ピンからキリまでどんな魔術も載ってる優れものだ。しかも新しい魔術が出現したら自動更新する機能付き」
_なんだその本。サラ婆って誰だよ?
「…あった。“オビンデンシャート”」
そんな皆の視線を気にせず、レアルは読み始めた。
「魔術をかけるのに魔方陣がいる複雑でちょっとめんどくさい魔術だが…なるほど、こいつは随分強力な術だな」
一人で納得している。
「何がなるほどなんだよ?」
アースから酒を取り上げるのを諦めた麗音が訊く。
「うむ…これによると、この術は対象一人ひとりにかける術で、個人を思いのままに操る事ができる。たまに命令に背こうとするのがいるが背こうとすると全身を激痛が襲う。かける時に使うのは天李の魔方陣…こいつは結構高度な魔方陣だな。かけられる人数は術者の力次第と。まあイビデラムが術者だろうから何人になるかな?」
「レアル、術を破る方法は?」
煌が一番気になる事を訊いた。
「術を破る方法は………」
「方法は?」
「術者が解くか、その術者が死ぬかだ」
「それ、斃すしかないじゃないか」
「そういうことになるな」
静寂が部屋中に広がった。
イビデラムを斃すということは伝説を超えるということだ。キバは一度斃しているが、その戦いで致命傷を負ったと言っていた…。
重い沈黙を破ったのは麗音だった。
「おい、なに黙りこくってんだよ!アースっ!なんとか言ったらどうだっ」
アースは黙ったままだ。目を瞑って手を顔の前で組んで考えこんでいる。
「アース、助けに行かないのか?仲間なのにっ!」
麗音は怒鳴り続ける。
「まさか寝てないよな!?」
アースがずっと目を瞑ったままなので、麗音は不安になったようだ。
「うるさいぞ。寝てるわけねえだろうが」
アースは静かに言うと目を開けた。
ゾクッ
龍はその目を見て項の毛が逆立つような感覚を覚えた。部屋の温度が下がったようにも感じられる。
麗音も一歩足を引いた。
「仲間を助けるのは当たり前だ。だが俺はここの総司令官でもある。仲間全員を守るのが俺の義務だ」
アースから感じたことが無いほど強大な力を感じる。…普段の飲んだくれオヤジだとは絶対に思えなかった。