〜G・フィースト第ニ班“スカーレット・ウィンド”〜
戦士としての生活をはじめた龍が仲間とちょっと無茶な訓練をしたりします。
この世界で目覚めた日の次の日の朝。
麗音に言われた時間通りに本部前に行った。
もちろん、ブラッドフットも一緒だ。こいつは相棒ができたのがよっぽどうれしいらしく、昨日のあれからずっと俺のそばを離れない。どっちかと言うとちょっと鬱陶しい…かもしれない。
「あ、ほら、翼も来たぞ」
ブラッドフットが指差したほうを見ると翼がライトニングクローとやって来るところだった。
「おはよう、龍」
翼は建物の中に入らずに龍の隣に立った。
「あれ、中入らないのか?」
龍が訊くと、
「ああ。俺も招集かけられたんだ」
「招集?」
「俺も麗音のチームなんだ。龍と一緒に訓練するってこと。しかし、覚悟してかかれよ?あのペアの強さはこの組織でも一、二を争うからな」
「あのペア?」
そこへ一陣の風が吹いた。何気なく吹いた風がおさまった時、何処からともなく麗音が現れた。
「お、来てるな。龍、こいつがあたしの相棒だ」
そう言って後ろを指差す。
麗音の後ろから、男が出て来た。
「名前は實剣 仁。本名はレイダークだが、あたしもこいつも仁って名前の方が気にいってるから、そっちで呼んでくれ」
「このペアのことさ」
翼がさっきの質問に答えた。
その時、新たな人影が近づいて来た。人間が二人、狼が二匹。
そのうち一人が、
「おはよう、麗音ちゃん!」
と言った途端、その男に麗音の鉄拳が飛んだ。
「ちゃん付けで呼ぶなっ」
が殴る理由のようだ。
しかし、その人物は、パシッと麗音の突きを止めた。
「あまいなぁ。俺が麗音ちゃんの突きを止められないわけないじゃだぶふっ」
語尾がおかしいのは本人の意思ではない。
麗音が突きが止められたと見るやすぐさま蹴りをいれたのだ。その男は数メートル吹っ飛んだ。だが、すぐに帰って来た。
「ちぇ、つれないなぁ」
そう呟いている。まったく堪えた様子も無い。
龍は状況に着いていけずただポケッとするだけである。素手で人があれだけ吹っ飛ぶのも、そんな攻撃を受けてけろっとしている人も初めて見た。
「ほら兄さん、まだ自己紹介がすんでいませんよ」
後から来た男が言った。
その後から灰色の狼が二匹ついて来ている。
「おう、そうだった。俺は霜星 煌。この組織で一番いけてる男だっ!よろしく!」
「と、言っていますが、正体はただのスケベです」
「なんだと!?」
「僕はこの変人の弟、霜星 昴です。こっちのこの子が__」
自分の後ろにいる狼を指差す。
「僕の相棒のスモークストリーム。でこっちのが兄さんの相棒でスモークストリームの弟の、ソーンテイルです」
ともう一方の狼も紹介する。
スモークストリームとソーンテイルはさすがに姉弟ということでよく似ていた。しかしよく見るとソーンテイルの方が毛がボサッとしていてひとまわり大きい。
「よし、みんなそろったな」
腕組みをして立っていた麗音が、言った。そして歩き出す。
「第五訓練場に行くぞ」
「第五訓練場!?結構遠い所じゃねえか」
「歩きながら今日の訓練の説明をする。今日やるのは…まあ大げさに言えば鬼ごっこだ」
「鬼ごっこぉ?」
「そうだ。特別なルールは特に無い。夕食時にあたしに捕まってなかったら合格だ。あ、そうだ龍、コレを」
麗音はポケットから布製の袋を取り出して龍に渡してきた。
開けて見ると中は武器類。アーミーナイフとダガーナイフと銃とあとロープとその他色々。
これは?と麗音を見ると、
「ソレはこの組織のメンバー全員が統一して持っているものだ。お前はまだ自分の武器が無いから、今日はソレでやれ」
説明をしてくれた。
道具の持ち方、使い方はブラッドフットが教えてくれた。
そうこうしているうちに森に着いた。どうやらここが第五訓練場らしい。
_というか、俺はいきなり実戦からはじめるのか?ホンモノの刃物使うの?
「よーし、じゃあ始めるぞ」
…どうやらそうらしい。
「森のところどころに武器が隠してある。見つけたら使ってもいいぞ。終了後は食堂に集合。ただ、その時あたしに捕まってたら罰ゲームだ。それでは__」
_いや、使っていいったって…
「龍、俺に乗れ!」
突然、ブラッドフットが囁いてきた。
「え?」
「いいから早く!」
言われた通り、龍はブラッドフットの背に跨がった。
「__始めっ!」
麗音の号令が響いた、その瞬間。ブラッドフットは勢いよく走り出した。あまりの速さに龍は転がり落ちかける。
「龍、落っこってないか?」
「あぁ、なんとか…」
ブラッドフットが走りながら聞いてきた。
「ブラッドフット、これからどうすればいい?」
「それは…逃げるしか無いだろう。龍はまだ絶対麗音より弱いし」
「そうか…ってか、なんか頭にくる言い方だな」
「楽しそうな会話だな」
いきなり麗音の声がした。
「だが、敵の接近に気づかないようではだめだぞ?」
麗音が姿を表した。顔に白い一文字の模様がある、漆黒の狼に乗っている。仁の正体だろう。
「チッ、龍、落ちないようにしっかり捕まって!」
ブラッドフットが叫ぶ。
龍は言われた通り身を低くし、しっかりとつかまった。
「いくぞっ」
ブラッドフットがまた叫んだ瞬間、スピードが増した。周りの景色が線にしか見えないくらいの速さだ。
その速さで森のなかを走るのだ。乗っている龍はたまったもんではない。目が回る。
「龍、大丈夫か?」
「……う…ダメかも……………」
「え…」
だが、ブラッドフットは速度を落とさない。なぜならまだ麗音を巻いたとは限らないからだ。
シュンッッ
横からロープが飛んで来てブラッドフットの前足に巻きついた。
「ギャンっ」
当然ブラッドフットは転んだ。
龍も投げ出される。しかも速度が速度なので飛ばされる距離が半端ではない。
後ろ向きに飛ぶ龍は自分と一緒に何本ものナイフが滑空しているのを見た。手にもっていたダガーナイフでそれをたたき落とす。
ドンっ
「っ!?__」
木に背中から激突した。
ドサっ
着地失敗。
「痛って~」
よろよろと立ち上がると数メートル先に麗音が立っていた。麗音の向こうでは人間の姿の仁がブラッドフットを押さえつけている。
「初めてにしてはなかなかいいぞ」
麗音は龍が落としたダガーナイフを放ってきた。
「ほらよ。何があっても武器は放すな」
「うわっ」
_抜き身のナイフ放ってきた!?
放物線を描いて飛んできたナイフを反射的に受け止めようとして慌てて手を引っ込める。
「なんで取らないんだよ?」
麗音が訊いてくる。
_んなもん取れるかっ!うまくいけばいいかもしれないけど、失敗したら怪我するだろっ!っつーか、なんだその顔っ!思いっきりしてやったり顔しやがって!!
「ほら、親切に武器を返してやったんだ。早く構えろ」
言葉に多少引っかかりを感じたが、ダガーナイフを拾い上げて構えた。
「…結構さまになるじゃないか」 こちらの構えを見て麗音もダガーを出す。
そのナイフが自然と構えの位置へついた途端、雰囲気が変わった。麗音の周りの空気が氷のように冷たくなったような感じだ。
「さっきはちゃんと弾いたんだ。今度はどうだ?」
麗音は身を低くするとこちらに走り込んで来た。龍の目の前で足を止め、ナイフを横に凪ぐ。
そのナイフは龍が必死で持ち上げたナイフにあたり、激しい音を出した。
「くっ」
衝撃で手が痛い。しかし麗音は容赦なく斬りつけてくる。
二撃目は身体を反らしてかわす。
_殺す気かよっ!?
「どうした、そんなもんか?」
麗音は次々と攻撃してくる。
龍はだんだんイラついてきた。だが、防ぐので手一杯。反撃などできるわけがない。
「反撃して来いよ!」
_できるわけないだろ!‥くそっ
龍は突き出された麗音のナイフをそらし、思いきり斬りつけた。
ギンッ
麗音がそれを受け止める。そのまま切り結び、何合目かで間合いをとった。
「できるじゃないか。さあ、どこまでいけるかな?」
そしてまた攻撃してくる。しかもさっきより激しくなっている。
森に金属音が響く。
ガガギッ…キチッ
双方の動きが止まった。お互い、相手の刃を受け止めて動かない。
「やるじゃないか」
麗音がギチギチと押しながらニヤリと笑う。悪戯が大層好きそうな顔だ。
「でもっ」
ぐんっ
麗音は龍のナイフを押し返した。
「えっ?」
龍は自分の目を疑った。なぜなら、鍔迫り合っていた麗音が突然消えたからだ。
「龍、後ろだっ」
仁に押さえつけられているブラッドフットが叫んだ。
バッと背後を振り向くと、後ろの木の枝に麗音が立っていた。
「どうやって……」
そこに移動したのか聞いているうちに、また麗音は消えた。
気付いた時には既に背中に銃を突きつけられ、身動きが取れない状態になっていた。
「まだまだだな」
バチッ
銃を突きつけられたところに痛みが走る。
「っ!?」
ドサっ
龍は倒れた。起き上がろうとしても身体に力が入らない。
「安心しろ。これはスタンガンだ。今は身体が動かないだろうが、そのうち動くようになる」
と言いながら、空中からロープを出して龍を縛り上げる。
身体が動かないから抵抗もできない。
「仁、そいつも縛っとけ」
麗音が仁に縄を渡す。
仁はそれを無言で受け取って、ブラッドフットを縛った。
「よし、まずは一人目っと」
麗音は手を叩いて払うと立ち上がった。
「仁、行こう」
「ああ」
そして二人は風とともに消え去った。
-☆-☆-☆-
日が暮れる。
太陽が傾き、地平線の向こうへその光を持ち去る。
「ふう、なんとかなったー」
食堂の前にやってきた煌が額の汗を拭きながら言った。
「何言ってるんですか。楽勝だったでしょ?兄さんは」
昴が兄を横目で見ながら言う。
「全員いるな」
麗音が食堂から顔を出した。
「麗音、龍がいないぞ?ってか、もう来てたのか」
「あ、しまった。龍のこと忘れてた。最初に捕まえて転がしたままだ」
「「えーーーっ!?」」
そこにいた麗音以外の全員の声が響く。
「拾いに行かないとだけど罰ゲームは夕食抜きだから、後でいいか」
めんどくさいし。と締めくくる麗音。
そんな麗音の肩を側に立つ仁が突ついた。
「どうやら今日は誰も罰ゲームにならなかったようだ」
「なに?」
全員仁が指差したほうを向く。
なんと龍とブラッドフットだった。何故か疲れ果ててヨロヨロの龍を人型のブラッドフットが支えてゆっくりと歩いて来る。
「どうやって…?」
麗音が呟いたがその声は仁にしか聴こえなかった。
-☆-☆-☆-
数時間前…
龍の身体はそのうちに感覚を取り戻したが、縛られているのでどうしようもなかった。しかし、暫くして何か声が聴こえることに気付いた。その声は耳から聴こえるのではなく、脳の中に直接聴こえてくるようだった。
〈…り…う……龍…龍っ〉
自分の名前を呼んでいる。
〈誰だ…?〉
〈俺だよ。ブラッドフットだ〉
〈ブラッドフット?お前、大丈夫なのか?って言うか何かお前の声、変だぞ?頭の中に直接聴こえてくるような…〉
〈ああ、念話って言うんた。相棒どうしの間でだけ会話ができる。繋げるのにちょっと頑張った〉
〈ヘェ〜…そうなんだ。で、どうしよう〉
〈それなんだけど、麗音の奴、対魔の呪力が掛った魔封じの縄使ってるんだ。口縛られてて噛み切るのはできないから変身して抜けようと思ったんだけど縄の呪力のせいかそれもできないんだよ〉
〈どうするんだよ〉
〈だから、龍の縄は俺のと違うかもしれないだろ?だから〉
〈だから?〉
〈だから…なんかやって龍が縄抜けできないかなって〉
〈なんかって?〉
〈‥そこはまだ考えてない〉
_考えてないのかよっ!?
〈っていうか、俺まだ魔力の使い方なんて知らないぞ?使えるかどうかも〉
〈あーー……〉
_黙っちまった。
………………………
〈いいや、しょうがない〉
沈黙していたブラッドフットが言った。
_なんだろうか?
〈今教えよう!〉
_そう来るか!
〈じゃ、まずは魔力について〉
_いや、いきなりそんなこと始めるなよ。
〈なんでこの状態でやんなきゃいけないんだ?〉
〈多分、罰ゲームは夕食抜きだからだ〉
〈…マジ?〉
〈俺の予想だけど…〉
予想でもあり得る罰ゲームだ。健康的な17歳に夕飯抜きは軽く死ねる。
〈で、どうやってやるんだ?〉
〈なにを?〉
〈なにをって、魔力の使い方〉
〈ああ、そうか。なんか策でもあるの?〉
〈…魔力で縄を焼き切ることって出来る?〉
〈出来る〉
〈じゃ、それやってみる〉
〈じゃあまず魔力について。俺達はもともと魔力というものを身体の内に持っている。それが使えるかどうかは魔力の大きさで変わる。もちろん、使える奴の中でも個人差があるんだけど。で、使い方だけど、まず中心を定めてそこに意識を集中する。次にそこから魔力を発現させたいところへ…たとえば手とかに、その中心から意識を引きずるように移動させるとそこになんかもや~とした魔力が現れる。それをどうしたいか想い描く。これが魔力の使い方〉
とブラッドフットは説明を終えた。
龍は早速説明通りやってみる。手は背中側で縛られていて見えないので、仕方なく足に魔力を集める。
ところがブラッドフットの言うもや~っとした魔力というもの自体が現れない。
〈ブラッドフット、できないんだけど…〉
〈…それなりにコツがいるんだよ。慣れればそんなことしなくても発現できるようになるんだけどね〉
〈コツねぇ…〉
もう一度挑戦してみる。
繰り返すこと……とにかくたくさん。木々のせいで見えずらいが、太陽がだいぶ西に傾いたころ。
やっとコツを掴んだのか(自分でもよくわからないのだが)真紅の靄が足に纏わり付いた。
〈ブラッドフット、こいつ…?〉
〈あ、それそれ!そしたらそれをどうしたいか想像して!〉
〈……炎だよな…〉
〈龍、縄だけ燃やすように想像するんだぞ?〉
言われた通りにやってみると…
〈ぅあちっ!?〉
うまく想像出来てないらしく、炎にはなったが龍自身が燃えてしまうところだった。
〈縄だけを想像しなきゃ〉
ブラッドフットがすかさず言ってきた。
_そんなことは分かってる。一発目で火が着いただけでも良しとしようぜ?そこは。
再び挑戦する。今度は縄だけを対象にできたようだ。
だが、一向に切れる気配は無い。
〈だめだ。龍の縄にも対魔の呪力が掛ってる!〉
ブラッドフット が絶望的な声を出した。
〈…ブラッドフット、火力って魔力の力っていうか量に関係有るんだよな?〉
〈ん、まあ、そうだけど。どうする気?〉
〈魔力を上げてみる〉
〈無理だよ!上げ方知ってるの?〉
〈知らないけどなんかできそう?〉
龍は魔力を上げようと力を振り絞った。
-☆-☆-☆-
_無茶だ!
力を込める龍を見てブラッドフットは思った。呪力に打ち勝てるわけが無い。打ち勝てるなら普通にみんな逃げてるじゃないか。
〈はぁぁぁあああっ〉
龍の声に釣られてそちらを見たブラッドフットは驚いて絶句してしまった。
_龍が燃えている!?
しかしよく見ると燃えているのは縄だけだ。龍が燃えているように見えたのは龍自身の魔力が溢れ出しているからだった。真紅の魔力が全身に纏わり付き、高速で渦巻いている。
ふわっ
魔力によって起こされた風がブラッドフットの毛をなびかせる。
〈龍っ!?そんなことしたら魔力が枯渇しちゃう!〉
ブラッドフットは叫んだ。
魔力が枯渇するとだいたい数日は酷い高熱が出る。
しかし龍にはどうやら聴こえてないらしい。収まるどころか風がもっと激しくなる。
ブラッドフットは気付いた。龍を縛っている縄が少しずつ切れ始めていることに。
話しかけても風の音しか返ってこないので、仕方なく待つことにした。
_それにしてもこんな魔力の使い方して大丈夫なのか…?確かに魔力のキャパシティーは大きかった。これは龍を相棒に選んだ理由の一つでもある。にしたって……
その時。ふっと風が止んだ。
「ブラッドフット…」
名前を呼ばれてそちらを見る。
龍がよろりと立ち上がるところだった。
〈龍…〉
「待ってろ」
龍はふらつきながら歩いて来てブラッドフットを縛っている縄に手をかけた。
辺りは既に薄暗くなってきている。
そのせいか結び目はなかなか解けない。
「くそ…」
ブラッドフットが見ると龍は縄を握ったまま目を瞑っていた。何をする気なのか見ていると、龍の身体が紅く光り出した。また魔力を使う気だ。
ゴウッ
龍が纏った魔力が縄を握った手に集まった。
そして__
バンッ
龍の掌の中で爆発が起こる。
龍が掌を開くと縄は切れていた。
ブラッドフットは縄を払いながら立ち上がった。
「う~~~ん、あてててて」
ずっと縛られっぱなしで強張った身体をほぐすように伸びをする。
「龍、ありがと」
お礼を言ったが龍は俯いて座り込んだまま動かない。汗びっしょりで荒い息をしている。
「龍?大丈夫?」
「大丈夫‥だ」
ゆっくりと立ち上がって歩き出したがすぐに倒れそうになる。
ブラッドフットは人型になると龍を支えて歩き出した。そしてやっと食堂にたどり着いたのだ。
-☆-☆-☆-
「へぇ、で、龍はこんなになってるんだ」
煌がサンドイッチをパクつきながら言った。
龍はテーブルに突っ伏して…どうやら寝ている。魔力は枯渇気味だったのは確かだが、枯渇はしていなかった。風邪っぽい症状で少し熱が出ているのは、初めてのくせにあんなに乱暴な使い方をしたせいだ。
「あの縄の呪力、結構強めだったのになぁ」
麗音が言った。そして煌が持ってきた料理から骨付きの鳥肉を掴んで頬張りだす。
「煌、ケーキ持って来いよ」
麗音に言われて煌が大急ぎで取りに行く。途中、
「言い忘れたが、ここの食事はバイキングだ!」
と親指を立てた。
「それ誰に向かってやってんだ?」
麗音が突っ込む。
「ん?…ノリ?」
噛み合っていないが。
「と言うか、龍を起こしたほうがいいんじゃないか?」
カレーを持って席に座った翼が龍を指差す。
「そうですね」
昴がスパゲッティに手を伸ばしながら言う。
黙々と和食を食べる仁も昴の意見に賛同して頷く。
そこに大量のケーキを持った煌が帰って来た。
ブラッドフットはサラダを食べていた手を止めて龍を起こしにかかった。
「おーい、龍~…起きろ~」
反応無し。
「龍~~」
ゆさゆさと揺さぶって見る。
「ん~~」
_お、少し反応あった。
「おい、起きろ!」
パンッ
「ふぎゃんっ」
麗音がどこからかハリセンを取り出して龍をぶっ叩いた。
「いってぇな~」
まあ、おかげで龍は目を覚ましたが。
「ぁんだよ?」
龍がブラッドフットに訊く。
「いや、みんなが龍は何か食べたほうがいいって言うから」
「特に魔力を大量に使った後はね」
これは、胡麻豆腐を食べるスモークストリーム。
「そうだ龍。なんでも好きな物言え。煌が持って来てくれるぞ」
二個目のショートケーキに手をつけた麗音が持ったフォークを煌のほうに向ける。
フォークを向けられた煌は、
「そう言えばなんで俺?」
「なんでも有るぞ」
「無視ですか、麗音さん」
「それじゃ」
翼が割って入った。
「なんでもいいから何かしら」
煌に注文する。
「なんでお前まで⁉」
「龍の分だ」
仕方なく煌は食べ物を持ちに行った。
暫くすると煌が色々な物を運んで来た。が、龍は寝ている。
それを麗音がまた叩き起こした。
ブラッドフットが見ていると、龍は食べ物の山からエクレアを引っ張り出して食べ始めた。その後もどっちかというと甘い物を選んで食べている。
「また甘い物ばっか食ってる…」
その様子を見てブラッドフットは呟いた。
「そういえば小さい頃も甘いモノ好きだったな」
翼がブラッドフットの呟きに反応する。
相当の甘党ということが証明された。
-☆-☆-☆-
数週間後……
キィンッッ
ガキッ
ドーンッ
ガンッ
メリメリドッサーン
ギキンッ
ババババババッッッ
夕方、第五訓練場の森に派手な戦闘音が響く。
「おーぅ、今日も激しいなあ」
本部総司令室の窓から訓練場を見おろしたアースの最初のひと言である。
「そうですね。なんか日々破壊力が大きくなっている気がします」
アースの独り言に答えたのは第一班のリーダーでG.フィーストの副司令官の相馬 珀だった。何か話があるとかでアースの所へ来たのだ。
「最近この組織の中で怪しい動きがあるようです」
唐突に用件を話し出した。有用な時に無駄な話は一切しない。
「そうか、いつもわるいなぁ」
「いえいえ。こういうのも副司令官の務めですから」
_まあ、こういう真面目なところがこいつの良いところなんだが。
「詳しくは?」
「はい、どうやらこの前入った元傭兵達が何か企んでいるようです」
「あんな雑魚傭兵に何が出来るってんだ?」
「傭兵だけでは無いんです。デンフィッチ帝国の宰相が関わっているらしくて」
珀は溜め息混じりに報告をする。
「推量に過ぎませんが目的はこの世界の乗っ取りでしょう。どうしますか?」
「どうしますかってもなぁ」
アースも溜め息をつく。
「おそらく占領後ここはいいように使われるでしょう。自国の良い戦力になります」
「だーれが占領なんかさせるかよ。各自突然の戦闘に備えるように指示を出してくれ」
「分かりました」
ダダンッ
ズバンッ
ギャギギ
キーン
ガンガン
珀はまた窓の外へ目をやった。
「あそこを使ってるのはスカーレット・ウィンドですよね?」
「そうだが」
「まったく、麗音もすこしは考えて欲しいですよね。さっきなんか木が切り倒されていたじゃないですか」
「まあ、この組織で一番元気な(ここ強調)チームだからな」
「そう言えば、最近入ったのもあのチームになったでしょう?」
「龍のことか?あいつも結構素質があるやつだぞ。さっきから聞こえるあの戦闘音はあいつと麗音だろうよ」
「まさかっ!麗音と戦ってこんなに長く動けるなんてっ」
窓を振り向く。
「何しろ最初の訓練で魔封じの縄を魔力で焼き切ったらしいからなぁ」
アースの言葉に珀は心底驚いたようだった。
-☆-☆-☆-
その頃、本部の二人の話題にあがっていた龍は…
アースの言う通り、麗音と戦っていた。たった今高い木の上へ跳んだ麗音を追おうとしたところだ。
「さすがにここまではとどかないだろ?」
木の上で麗音が短剣を弄びながら見下ろしてくる。
「どうかな?」
脚に魔力を集める。そして自分が跳ぶのと同時に下に向けて放出させた。
結果、魔力に押されて麗音がいる枝より高く跳び上がった。
そこまでは良かったのだが、麗音の間合いに入った瞬間、横から仁が飛びかかって来て龍を押し倒した。
結構高い空中なので落下する距離も長い。ダンッと背中から地面に叩きつけられた。
身体の上から仁を退かす前にブラッドフットが飛び付きその勢いで転がっていく。
一応叩きつけられた時に受身はとったが、落差の分だけ衝撃も激しい。背中が痛い。
しかしそんなことも言ってられなかった。
起き上がる前に麗音が攻撃してきたのだ。
龍は転がって振り下ろされたナイフを避ける。そのまま跳ね起きるとダガーを出して構える。
そこへ麗音が激しく斬りかかってくる。
何合か合わせた時、龍は木の根につまづいた。
麗音はその隙を逃さない。すかさずナイフを突き出してくる。
ギキンッッ
突きは防いだが、持っていたダガーが飛ばされてしまった。
「~っ!」
手が痺れる。
それでも麗音は攻撃をやめない。
龍は攻撃を避けながらブラッドフットが余計に貰ってきたダガーナイフを左手で抜いた。
_ナイスだ、ブラッドフット!
「諦めろっ」
麗音が怒鳴る。
「誰がっ」
龍も怒鳴り返した。
麗音の攻撃を左手のダガーで防ぎながら空いている右手をさっき飛ばされたダガーへ向ける。
「来いっ!」
あのナイフにはすこし仕掛けがあるっ
「…何っ⁉」
麗音が飛び退いた。さっき弾き飛ばしたダガーが鋒を先にして飛来したからだ。
龍はそれを空中で捉えた。
「なんで…?」
「秘密だ」
ニッと歯を出して笑ってやる。
実はダガーの柄に自分の魔力を巻き付けておいてそれを引き寄せただけなのだ。
これはブラッドフットが提案した技だが、結構簡単なのに役に立つ。
_ナイスだ、ブラッドフット!(二回目)
龍は両手にダガーを持ったまま麗音に斬りかかった。
-☆-☆-☆-
キキィンッ
麗音のナイフが続けざまに二度鳴る。
龍と麗音の戦いを翼は茂みの中で見ていた。ライトニングクローも一緒だ。
「ライ、今の見た⁉ダガー飛んだぜ?」
「見た見た。どうやったんだろ?」
「しかも狙ったようにちゃんと手のとこ行ったよな!」
二人が小声で話しているとカサカサと音がして、煌が茂みに入ってきた。
「なんの話をしてんだ?」
小声で訊いてくる。
翼とライトニングクローはたった今見たことを煌に話してやった。
「へ~…すげえな、それは」
話しを訊いて煌も龍達のほうを振り向く。
「二刀流なぁ。見た感じアレがあいつにあった戦い方なんだろう。でもさ、ちょっとつまんないよな。あの二人、戦い始めるとずっと戦ってるから。龍が見つかんなきゃいいけどあいつすぐ見つかるし」
煌が愚痴る。
「そうだよな。龍、戦闘には向いてたっぽいけど隠れんのは全くだから…今度チームわけしてもらうか」
「そうだな。そしたらもうちょっと龍に隠れ方教えられるんじゃないか?」
「じゃ、今度麗音に言っといてよ」
「俺が⁉」
「あ、」
ライトニングクローが突然声を出した。
「どうした?」
「勝負、ついたみたいだよ?」
見ると龍が麗音に組み伏せられている。
「あらら、龍負けちゃったよ」
煌が茂みから出ようともがいた。
苦労して抜け出たはいいが、そこへブラッドフットと仁が飛んで来てその戦いに巻き込まれる。ソーンテイルが慌てて引っ張り起こした。
それを見ていた翼は災難だったな、煌…と思った。
翼も茂みを出ようとした。が、異変に気付いて前を向いた。
案の定、龍の上から麗音が退いている。
龍はダガーナイフを取り戻していた。
つまり…いいとこ見逃したっ!
「ライ、今龍何した?」
「僕も見逃したっ!」
_なんで見てないんだよ~っ
翼は心の中でそんなことを思いつつ、視線を前に向ける。ちょうど二人がぶつかるところだった。
ギキキンッ
金属音と共に火花が散る。辺りが薄暗いのでそれがより目立って見える。
バッとわずかに土塊を飛ばし、双方間合いをとる。
そしてまた相手を目指して駆け出す。
ガキンッ
しかし龍と麗音のナイフは相手に当たる前に止められた。
「はい、そこまでです」
いままで見当たらなかった昴が絶妙なタイミングで二人の間に割って入り、双方の攻撃を受け止めたのだ。龍のナイフは白銀の刃に止められ、麗音は腕を掴まれている。
「何時だと思ってるんですか。食堂はとっくに開いてるんですよ?お腹空いたでしょう?」
_理由はともかく、勇気あるなぁ。
翼はそう思いながら茂みを抜け出す。
激突寸前の刃に割って入るのだから。しかもなんか止め方がかっこいい。
「あ、もうそんな時間だった?…ってか、周り真っ暗だな」
麗音がナイフをしまいながら周りを見渡した。
-☆-☆-☆-
昴に言われ、龍も周りを見渡してみる。…確かに真っ暗だった。
「そうですよ。何をしているのかと思って来てみれば、あなたと龍は戦っているし、翼はそれを観戦しているし、兄さんは何故かあっちで死んでいるし、おまけに仁とブラッドフットは姿さえ見当たらない」
昴が麗音に愚痴を言う。
「あれ?何処行ったんだ、あいつら」
姿が見えないどころではなく、どっちかと言うと気配さえ無い。
「おーい、仁!」
麗音が手をメガホンの形にして呼ぶ。
_そんなんでいいのか?
ザッ
「なんだ」
なんと、麗音の前に仁が現れた。もう人間の姿になっている。
「あれ、ブラッドフットは?」
龍は一緒にいたはずの仁に向って訊いてみる。
「何?」
「どわっ‼」
いきなりすぐ後ろにブラッドフットが現れた。
「どうしたんだよ?」
ブラッドフットが困惑顔で訊いてくる。
「お前がいきなり後ろに現れるからだろ!」
「え、あ…ごめん?」
頭の後ろを掻く。
「それよりさ、お腹減った」
「だから、夕飯の時間はとっくに過ぎているんですよ?行きましょう」
昴のすこしイライラしたような言葉に従い、一同は食堂目指して歩き出した。
-☆-☆-☆-
「じゃあ、食べ終わった奴から第二訓練場に来い」
麗音は早めに夕飯を食べ終わると食堂から出て行った。これから面白い事をするのでその準備があるとか。
龍達は食べ終わるとゾロゾロと訓練場へ向かった。
第二訓練場は広い草原のところどころに大きな岩が突き出しているところだ。
「おーい麗音、何処にいる?」
翼が呼ぶ。だが、返事は無い。
「何処へ行ったんでしょうか?」
最後尾の昴が言う。
一応皆でかたまっていると、いきなり昴がしゃがんだ。次の瞬間丸い何かが飛来し、昴の上を通過して…煌に当たった。
ゴッという音(煌の側頭部に命中)に続いて爆発音。飛んで来たその物体が弾け、色とりどりの火花が煌に降りかかる。
「ぎゃ~あつい燃える~」
煌がバタバタと騒ぐ。
何故かセリフは棒読みに近い。
「あははっもう一発行ったぞー!」
麗音の声と共に“花火”(だと思う)が飛んで来る。
皆一斉にその場を離れる。
夜目を鍛えている途中で反応が鈍かった龍はブラッドフットに引っ張られた。ついでにその勢いで転ける。
起き上がると目の前には、仁に乗った麗音。
このくらいの近さなら大分見えるようになってきた。
「おい、龍。ついて来いよ。特別狩りに同行させてやる」
「か、狩り?」
「いいからついて来い」
龍はブラッドフットの方を見た。
ブラッドフットもこちらを見て肩をすくめる。
結局逆らったら後が怖いので、ついて行くことになった。
「お、あれは翼だな」
暫く歩いた後、急に麗音は立ち止まった。
龍も麗音が向いている方向を向いた。
確かに人がいる。残念ながら誰だか分からんが。麗音が翼だと言うから翼なのだろう。
「よし」
ガシャ
麗音がバズーカらしきものを構えた。
「麗音、まさかそれは…」
「心配するな。中身は花火だ」
いや、そういう問題じゃねぇよ。
「ってか、それは何処から取り出したんだ!?」
「あたしの武器庫からだ!」
バスンッ
何か仕掛けでもあるのか、中身が花火のバズーカは見かけより音は出なかった。
だいぶ離れたところで花火が開く。
それをバックに翼の影が浮かび上がる。当たらずに済んだらしい。
「ちっ、外れたか」
_お前あいつを殺す気か!?それもう花火じゃなくて火花が色 とりどりなだけの砲弾だろ!!?
「さーて、次誰にしよっかなー」
麗音が舌なめずりしそうな声で言う。
龍は花火の光に照らされたその顔を数秒見つめかけた。
〈なぁ、ブラッドフット〉
念話を使ってブラッドフットに話しかけた。
〈前から思ってるんだけど、麗音ってさ、この性格直ったらモテるんじゃないか?〉
〈いや、今のままでもすごい人気だよ〉
〈嘘だろ?〉
ズドーン
麗音が放った花火の玉が煌に直撃する。
「よっしゃ、命中♪」
麗音がガッツポーズをする。
〈ホントだよ!ここ女子が少ないってのもあるかもしれないけど、麗音は一番人気なんじゃないかな?〉
「龍、一発打つか?ちょうどあそこに目標がいるぞ」
ものすっごい上機嫌な麗音が花火バズーカを渡して来る。突然だったのでおもわず受け取ってしまった。
「え?いや、俺はいいよ。遠慮しとく」
「撃てって」
麗音は龍にバズーカを構えさせ、的(?)の方へ向けた。
龍は振り向いてバズーカを返そうとしたがやめた。後ろから早く早くと急かすような視線が飛んで来ている。
_上手く外れてくれますように。
バシュンッ
放たれた花火砲弾が微かに風の音をさせながら飛んで行く。
ドーンッ
見事に命中してしまった。
「うわ、あれ煌じゃん」
龍の隣で見ていたブラッドフットが気の毒そうな声で言った。
_何回当たってるんだ、あの人は。つーか、よく死なないな。
龍はバズーカを麗音に返した。
その後、麗音は何度か発砲し(煌以外は全員避けたが、彼はあれから三回も当たった)最後に空へ向かって特大のを打ち上げ終わりにした。
それでこの、どう見たって麗音のお楽しみとしか思えない花火大会はお開きになった。