襲撃 10 ー痴話喧嘩ー
「女王? この国の?」
茫然としていたヴィルヘルムス王が物言いたげにこちらを見る。なんて説明したらいいのかしら。
「……一応本当なのよ。隠していてごめんなさい」
「ファムさま、さあ、こっちです」
まだ何か言いたそうなヴィルヘルムス王を置いて、ライナに手を引かれて王座の前まで行く。
「ペーペル、ラオリエル、お願い」
ライナが片手で王座に触れて影霊達に合図する。
「了解。城との接続を解除します。ラオリエル、ライナの命脈を保護してください」
「まかせてちょーだい!」
私の両肩にいた鳥達がライナの両肩に移動して仕事を開始する。
サユカ達と同様に、城に残っていた羽毛達にもそれぞれ能力がある。ペーペルはお城との接続補助、ラオリエルはライナ達の気脈や命脈の保護、カニールは物理的な防御、みんなの協力で私が留守の間この国を守ってくれていた。
「……ライナの接続解除が完了しました。ファムさま、いつでもどうぞ」
「わかったわ」
ペーペルの言葉を受けて、そっと王座に座る。久しぶりに感じる、身体の感覚が目に見えない形で大きく広がっていくのに身を委ねる。
城のシステムの奥のほうに二つの異質な反応がある。精霊達ね。
「こちらは元通りになったわ。さっさと戻ってきなさい」
身を固くして息を潜め閉じこもっていた状態から、防衛機能を最大値にしつつ外に知覚を広げ、海を含めて今どういった状況なのか調査するように城の設定を変える。サヴァの鎧との接続も回復させて……外のマルハレータにも連絡を入れて、あとは……
王座に座りながら作業していると、扉に寄りかかりながらこちらを見ているヴィルヘルムス王が目に入った。護衛の為か、警戒しているのか、シメオンはゲオルギとカニール、ブルムと一緒に彼の傍に立っている。
◆
マルハレータは転移門からの侵入者を待ち構えて捕獲する遊びをして暇をつぶしていた。
転移門自体をさっさと破壊してしまうのも考えたが、転移門の向こうにいるはずの敵の大元を放置したままにしておくのは気分が良くない。
島内の侵入者はすべて拘束してしまったし、あとはつまらない精霊兵器が残っているだけだった。錆精霊は少し前に皿を噛りながらふらりと歩き出して姿を消してしまったが、島のどこかにはいるだろう。
『マルハレータ聞こえる? 今何してるの?』
頭の中に明るい声が響く。
「そっちは片付いたか。おれは転移門の前だ。これから向こうの奴らを捕まえてくるからこの門の鍵をよこせ」
『あともうしばらく待てばローデヴェイクが到着するわよ』
「あいつがいなくても別に平気だ」
思わず眉間に皺を作りながらマルハレータが返事をすると、向こうは楽しそうに笑う。
『そのあたりは相変わらずなのね』
それから転移門の鍵を口頭で伝えてくる。
『海の方はまだ残ってるし、あまり長居しないで帰ってきてね』
「気をつける。島内の奴らは拘束して転がしてあるから回収は任せた」
『わかったわ』
◆
『城の機能が回復しました』
サユカの声と共にズヴァルトの鎧の接続システムが自動的に立ち上がり、城との通信回線が繋がる。
同時に通路の照明がすべて点灯していく。
「ジェスル王子、もうここを守る必要はありません。城内に移動します」
「わかった!」
何度目かの襲撃を仕掛けてきた玄執組の精霊兵器を切り飛ばしながら二人はハーシェ達の元へ後退し、そのまま合流して城内に駆け込む。
扉を抜けたところでズヴァルトが壁のパネルを操作し扉を閉鎖する。
続いてズヴァルトは王の間で妹達と一緒にいるはずの女王と連絡を取ろうとしたが、なぜか応答がない。影霊達とも通信できるサユカに尋ねると、ブルムなど他の影霊達は応答するらしいので、無事ではいるらしい。何か上で問題が起きているのだろうか?
仕方ないので通信は後回しにして、鎧のシステムを使って城の状態を確認する。最低値に抑えられていた動力炉が主の帰還と共に徐々に通常値まで上昇しつつある。城の内外の機能に大きな破損はないが城壁や外の設備のいくつかが壊れているらしい。
ズヴァルトは鎧の接続システムを操作して国内すべての警備システムを最高レベルに設定し、異常を確認すると随時鎧に連絡が来るように設定する。他にも鎧から操作出来る範囲で細々とした設定を整えてしまうと、ハーシェ達の元へ戻った。
「これからどうするんだ?」
装備の破損を確認していたジェスルが尋ねてくる。
「ここから近い大部屋にイグサ族の待機場所を用意しました。まずそこへ彼らを案内して、王の間へ向かいます」
「王の間へ行く途中で治療室へ寄りましょう」
ハーシェの言葉を聞いて、見ればジェスルは手足に軽い切り傷を負っている。
「これくらい軽傷だって」
ハーシェが通訳しつつイグサ族を待機場所へ案内し、一行は王の間のある上層階へ向かい、まず治療室に立ち寄ったところでライナ達に出迎えられた。
「兄さん! おかえりなさい!」
飛び込んできた妹や鳥達をそっと受け止めつつ、ズヴァルトは怪我が無いか確かめる。治療室にいたということは誰かが負傷したということだ。
「お前たち、何故治療室にいるんだ? 誰か怪我をしたのか? 女王は無事なのか?」
シメオンも駆け寄ってきた所で尋ねる。
「ファムさまは大丈夫よ、兄さん」
「怪我はないよ。実はヴィルヘルムスさんが倒れちゃったんだ」
「そういやあ俺ら海に突き落とされてからずっと動き通しだったもんな。それにヴィルヘルムスは会合前からずっと忙しくしていたからな、そろそろ限界が来たんじゃないか?」
自分も腹が減ったと言いつつ、まだまだ元気そうな様子のジェスルが言う。
治療室奥の寝台には確かにヴィルヘルムスが寝かせられていた。といっても意識はあり、さらにそこそこ元気はあるらしく、傍の椅子に座りヴェールを外した状態のファム女王と何やら口論になっていた。
「そっちだって、身分はその、私も聞かなかったけど、年下だったなんて!」
「そんなのたった一歳だけです! ファムが年上の男性が好みだって言うから言い出しづらかったんです」
「な、なんでそうなるのよ」
「どうしても私を見て欲しかった」
「いきなり何を言うの!」
驚いたファムが身を引こうとするがヴィルヘルムスに手を掴まれて阻まれる。普段は冷静沈着なヴィルヘルムスだが、疲労のせいかいつもより感情が露わになっているようで表情にもどこか思いつめた様子が伺える。
「どうやったらあなたの気を引けるのか必死で考えましたよ。贈り物は断るし、観劇に誘っても断られました」
「あれは! すっごく高いチケットだったし、私そういう場所に着ていく服も靴も持ってなかったのよ! 化粧だってそんなに上品なの出来ないし! 作法だって」
逃げるに逃げれず、ヴィルヘルムスの言葉にファムが反論する。
「言ってくれたら全部用意しました。マナーだって!」
「そんなの、全部男にやらせてるみたいで嫌なのよ! 貢がせてるみたいで!」
「貢がせて下さい!」
「いらないわよ! 何言うのよ! そういうの勝手にやったら、怒るわよ? わ、私は、ただ一緒に笑っていられるなら、それでよかったのに」
ファムは涙を浮かべ、それでもヴィルヘルムスから目を離さない。
「私だってそうです。あなたと共に過ごせたらそれでよかった」
「そんなの、王様になったらそれどころじゃなくなるでしょうが!」
「それでも方法を用意していました。迷いましたが、貴女を守るために必要だったんです! それに……」
「……あのう、白箔王が倒れたって聞いたんですが……」
痴話喧嘩に慣れていないズヴァルトはどこでどう口を挟んでいいのか分からず、とりあえず片手をあげて思いついた内容を女王に質問した。
「あ、あらズヴァルト! おかえりなさい!」
ズヴァルト達に気付いたファムは真っ赤になり、持っていた毛布をヴィルヘルムスの身体に乱暴に掛けるとその上をぼすぼすと叩く。
「そ、そうよ! ヴィルヘルムス、さんは! 疲労困憊なんだから、休まなきゃ!」
「ヴィルと呼んでください!」
掛けられた毛布をかき分けながらヴィルヘルムスが顔を出し、叫ぶように言った。
「でも、あなたヴィルヘルムスという名前なんでしょう?」
「元々の名前はヴィルでした。白箔王の養子になる前までは」
「……っ! もうっ、わかったからヴィルは休んでなさい!」
そう言うとファムはまた毛布を乱暴に叩いた。
「ヴィルヘルムスさん、とりあえずこれ飲んでください」
二人の口論の様子に我関せずと調剤棚で作業していたシメオンは、完成した透きとおった緑色の飲み物をグラスに注いでヴィルヘルムスへ差し出す。
「あとこの錠剤も。命脈の乱れを整えて疲れをある程度まで回復できます。ジェスルさんも」
シメオンはそう言いながら同じものを乗せた盆をジェスルに差し出す。
「おう、ありがとうな。あと何か食い物も貰えねえか」
「私、ご飯用意してきます!」
「お手伝いします」
「僕も行くよ」
ライナとハーシェ、シメオンが調理室に向かうのを見送って、ファムがひとつ息を吐く。
「マルハレータが戻るまでもうしばらくかかるだろうし、ここで体勢を整えましょう。ズヴァルトも、みんなも休んで」
「わかりました」
ファムの言葉に、ゲオルギを撫でていた手を止めてズヴァルトが頷いた。
「さっきはごめんなさい、ヴィルが倒れたから慌てちゃって、連絡できる余裕がなかったの」
「無事でよかったです」
「お前はちょっと寝たほうがいいんじゃないか」
そう言ってジェスルはヴィルヘルムスが錠剤を飲んでグラスを空にしたのを確認し、再び寝かせる。
「平気ですよ……さっきはショックでふらついただけです。まだ話が……」
ヴィルヘルムスは頭だけ動かして反論しようとするが、ジェスルに押さえられる。
「そういうのは落ち着いてからにしろよ」
ヴィルヘルムスをなだめるようにジェスルがグローブをはめた手で額にそっと触れる。その途端、白箔王は言葉を続けることなく眠りに落ちていった。
「俺の術じゃあんまり効かないから、そう長くないうちに自力で起きてくるぞ」
「それでもいいわ。ありがとう、どうにも休もうとしなかったのよ」
ファムは小さく苦笑すると眠るヴィルヘルムスの前髪を指で梳いて整える。
「おたくらはもっとちゃんと話した方がいいみたいだな」
「……そうみたいね」
ファムが寂しそうに笑う。
「またこの男が何かしたんですか?」
「何もしてないわよ。ただちょっとお互いの状況が変わっちゃっただけ……いつの間に戻ったのよレーヘン」
ズヴァルトも察知できないくらい自然に現れ、当たり前のように会話に混ざっていたのは闇の特級精霊だった。珍しく疲れた顔つきをしていたが、ファム女王の驚く様子を見て何故か誇らしげに微笑む。
「ただいま戻りました」
「どうしたんだ、その格好」
ズヴァルトが指摘するとようやく気付いたらしく、自分の姿を見下ろして首を傾げる。
「えーと、皆さんの後から城に入ろうとした所で精霊兵器が襲ってきまして。寝起きだったのであんまり注意する余裕がなかったんです」
穴だらけのズボンとブーツに、ほとんど布の切れ端状態になったシャツを見て、それからファムの顔を見て、レーヘンは両手を前にかざし逃げ腰になりつつ後退する。
「あの、着替えてからまた戻ってきますね、ではっ」
「なにやってるのよ、このバカ精霊!」
◆
2018/02/10:あちこち少し加筆。