襲撃 9 ー合流ー
◆
扉が開きファム達が中に入ってしばらくすると外につながる通路から何かがやってくるのをザウトが探知した。
「来ました。白箔王が設置した探知結界に引っかかりました。人ではありませんです」
「イグサ族達をお願いします」
ズヴァルトは最前列に立つと剣を抜き、背後のハーシェに合図する。
「気をつけてくださいね!」
ハーシェはサユカを抱え、イグサ族の集団をまとめながら奥へと下がる。
「ザウト、大きさと数は?」
「およそ八体、単体の大きさは人間の半分ほどです。かなりの速さで接近中です」
ズヴァルトの肩でザウトが報告を続ける。
「扉が開くのをどこかで待ち構えてたのか。本当に墓荒らしと同じだな」
壁際で休憩していたジェスルも立ち上がって剣を抜き、ズヴァルトと並ぶ。
「あの、できれば客人には奥にいて欲しいのですが……」
隣で意気揚々と準備運動を始めた王子に対し、黒い鎧の武人は落ち着いた佇まいに似合わない気弱な言葉を発する。
「悪いな、恩を売らないと落ち着かない性分なんだ。手伝わせろよ」
そう言うとジェスルは楽しそうに笑う。
「はぁ。あ、ザウトはそろそろ後方に移ってくれ。報告と指示はサユカ経由で鎧につなげれば俺まで届く」
「はいです」
ズヴァルトの言葉を受けてザウトが飛び上がり、扉近くで待機するハーシェ達の元へ向かう。
「相手はおそらくこれまでと同じ精霊を加工したものです」
「わかった」
ズヴァルトの言葉を受けジェスルは剣に抗精霊術をまとわせ始める。
しばらく経たないうちに胴の長い昆虫のような身体をした精霊兵器の集団が現れる。土色をした身体には術式らしき文様が描かれ、鋭い節足を動かしかなりの速さでこちらへ向かって来ている。頭部にある光の無い眼がズヴァルト達を見つけると一斉に飛びかかってきた。
それらを素早く避けながらも、一体も逃さないようズヴァルトとジェスルは剣を突き立てていく。だが通常の生物とは仕組みが違うらしくそれらは頭部を破壊しても動き続ける。仕留め方がわからないので仕方なく足を切り飛ばし、動けないよう細かく切り刻んで通路脇に蹴り寄せていく。
『まもなく第二波が来ますです』
半分ほどを処理したところでズヴァルトの鎧に影霊の声が届く。
「了解した」
「おお!」
通信を外部音声にしていたのでザウトの声はジェスルにも聞こえていた。
「女王さんが到着するまでひと頑張りするか!」
◆
扉が開いた。さぁ、帰宅するわよ!
「ここから先は私が先に行きます」
そう告げてヴィルヘルムス王より前に出て城内を進む。
早足で進む通路はよく見慣れたもので、非常灯しか点灯していないのを除けばいつも通りの風景だった。試しに壁にはめ込まれた操作パネルを触ってみると反応はなし。やはり王の間に一度行かなくては城の操作はできないらしい。
「ブルムちゃん、何か異変を察知したらすぐに教えてちょうだい」
『シャー!(わかりましたわ)』
通路は最小限の照明のみなのでかなり薄暗い。とにかくまっすぐ進んで、別れ道に来ると一方向だけが点灯する。レーヘンが私達を最短経路に誘導してくれている。
道案内に沿って長い一本道を進むと見覚えのある金属製の扉までたどり着いた。
重厚な取っ手を回し扉を開けて中に入ると、動力の入る音がして座席の並んだ空間に明かりが灯り、空間が振動し始めた。
「ここはどういった場所ですか?」
見慣れない室内にヴィルヘルムス王があたりを観察している。
「ここは城内を移動する列車内です。これで地下から城の上層階まで一気に移動します」
私が答えるとヴィルヘルムス王は悲しそうな顔をした。
「ファム、こんな状況ですが二人きりですし、普段通りの喋り方にして欲しいのですが」
「え? あ、そうね、わかったわ」
確かに、ちょっと違和感あったのよね。
「しかし外から見て巨大な建物だとは思っていましたが、こんな移動手段があるんですね」
「面白いでしょ? しばらくこれで移動するし、揺れるから座っていたほうが良いわよ」
そう言うとヴィルヘルムス王は私の座っている席の隣に腰をおろした。
「身体は大丈夫? ずっと動き通しでしょう?」
「問題ありませんよ」
そう言いながらヴィルヘルムス王は持っていた白箔王の上着の袖を腰のあたりで結んで身体に括りつけている。……かなり豪華そうな上着だけれど、そんな扱いでいいのかしら
「ファムは大丈夫ですか?」
「ええ。島に戻るまでにゆっくり休んだから」
城の機能がどうなっているかわからないからヴェールはまだ脱げないけれど、たいして疲れてないし、まだまだ元気よ。
「……」
会話が途切れる。なんだか気まずい。今のうちに竜鈴を服に付けておこう。胸元で大丈夫かしら?
「あ、そういえば結界術師の契約の料金を教えてほしいのだけれど……」
「そうですね、今のうちに契約内容を決めておきましょう」
ヴィルヘルムス王がそう言って両手を閉じ、四角を作るように広げると半透明に白く輝く書面が現れた。
「これが基本形です」
大陸共通文字で書かれた内容にざっと目を通す。結界術師としての行動内容や機密保持について、さらにお互いの権利について書いてあるのを確認する。
「この下に報酬内容を記載します」
既に書かれていた基本料金(かなりの高額料金だった)をヴィルヘルムス王は指でなぞるようにして消す。
「私からの要望は時間です」
「……時間?」
え、お金じゃないの?
「この国の国王との面会時間です」
「こ、こくおう?」
言われてドキッとした。そうよね、私はナハトとして会合に参加したから、国王は別にいるって事になっているのよね。
「くろやみ国は王政とありました。白箔王としてでなくとも構いません。直接会って話す時間を頂けませんか」
ヴィルヘルムス王はまっすぐにこちらを見てくる。単なる好奇心ではなく、何かの意図があるらしい。
「も、目的は何かしら?」
尋ねると、わずかに目を泳がせる。
「……貴女についてです」
私?
「言いたい事があるなら本人がいるじゃない。直接話せるし」
その方が早いわよ。
「ですが……」
「うちの国王はあまり外と関わりたがらないし、何か要望があればちゃんと私が上に伝えるわよ?」
上といっても本人だけど。
「……仕方ありませんね。それでは一日、ファムの時間をください」
結果的にたいして変らないわね。それってさっきの基本料金より安いのかしら。うーん、この騒動が終わるとお互い後処理や他の事でしばらく忙しくなるだろうし、私の時間を拘束するのって結構あちこちに影響出るわよね……
「丸一日は難しいかも……半日じゃ駄目?」
「構いません」
「半日ならいいわ。お互い調整が必要だろうから日時は後で決めていいかしら?」
「わかりました。今回はこの形で収めましょう」
ヴィルヘルムス王は再び書面をなぞり報酬内容の項目に文字を書き込んでいく。なんだか気になるまとめ方をしたわね。ちゃんと納得してくれてるといいんだけれど
書面の中身を書き終えると修正箇所はないか全てもう一度確認して、最後に最下部の空間に私が見よう見まねで指で署名する。完成したそれを再びヴィルヘルムス王が両手を閉じて、また開くと金色に輝く透かし模様の入った指輪が二つ現れた。
「これで契約が完了しました。玄執組の襲撃を撃退するまで私はこの国のために行動し、見聞きしたものはお互いの了承なしに他国に漏らすことはありません」
そう言って金の指輪の一つを左の人差し指にはめる。
私もひとつ受け取って、同じように左手の人差し指にはめてみる。少し大きいけれど手袋の上からだし、これなら落とさずに済みそうね。
「それにしても、法術って色んなことが出来るのね」
書類を出したり、指輪にしたり、こんな使い方もあるのね。
「精霊術も交えればかなり幅広く応用できますよ。くろやみ国だと霊素が薄くて法術しか使えませんが」
詳しく調べればうちの技術にも取り入れられるかしら。
なんとなくお互いについての話題にはならず、法術について話しているうちに列車は目的地の上層階に到着した。
駅を降りると見覚えのある場所だった。ここからなら道がわかるわ!
目指すは王の間!
「ギュルルル!(ファムさま、こちらに接近する足音が!)」
ブルムが肩から飛び上がり、大きく鳴き声をあげた。
かなりの速さで走っている重い足音と、物をひっかくような音が進行方向から聞こえてくる。
警戒するヴィルヘルムス王に安心してと声をかける。
「大丈夫、身内だから」
羽ばたきの音がして、腕を差し出すと淡い灰色に包まれた翼がふんわりと腕に乗る。
「ペーペル!」
「ファムさま、お帰りなさいませ」
お皿のような顔に小さな目をしたふくろう姿の影霊が出迎えてくれた。続いてひと回り小柄な一羽がやってくる。
「本当にファムさまだ! おかえりなさい!」
「ラオリエル!」
鋭いくちばしにきりりとした大きな目を持つ小柄な姿。ペーペルに肩に移動してもらい、こちらも腕で受け止める。
「久しぶりね! あなた達が元気そうでよかった」
「今他のみんなも来るのです」
廊下を駆け抜ける足音がどんどん近づいてくる。
「私はこっちよ、ゲオルギ!」
声をかければ足音はさらに力強くなり、見覚えのある黒っぽい巨体がこちらにやってくるのが見えた。
「ギュー!」
「ファムさま!!」
「ライナちゃん!」
目の前で止まったゲオルギの背から白い翼が零れ落ちるように降りてくる。翼を割るようにして中から現れたライナは黒のタイトワンピースに灰色のタイツ姿で、見たところ怪我をしている様子はない。しっかりとした足取りで、笑顔で駆け寄ってくると勢いよく飛びついてきた。ラオリエルも肩に乗せ、ライナを両腕でしっかり抱きしめると、元気な身体が強く抱きしめ返してきてくれた。
「ライナちゃん、ちゃんと無事なのね!」
「はい!」
よかった。本当によかった。
「シメオンは?」
「います!」
声と共にゲオルギの背中からライナと同じく黒に身を包んだシメオンが降りてきて、ライナの傍に立った。
「あなたも無事ね?」
「はい。ライナも僕も、ゲオルギも無事です! わっ」
「よかった!」
嬉しくって、二人まとめてぎゅっと抱え込む。
「カニール、みんなを守ってくれてありがとう」
竜の背に留まったままの、力強い目つきと先が少し曲がったくちばし、そして太い足を持った大きな鳥姿の灰色の影霊は、こちらに向かってゆっくりと羽ばたいて挨拶をしてくれた。
「ファムさま、無事でなによりだ」
「ゲオルギがファムさまに気付いてここまで連れてきてくれたんです」
「ゲオルギ、すぐに気付いてくれてありがとう! あなたも無事で良かった!」
そっと触れるようにゲオルギのとげとげした額をなで、硬い鱗に覆われた頭を抱きしめると、ぐるると喉を鳴らす音が聞こえる。
「きっとこれが役に立ってくれたのね」
そう言って胸元の竜鈴を外すとライナに渡す。
「兄さんの竜鈴……!」
「今はハーシェ達と一緒に城の出入口を守ってくれているの。大丈夫、すぐに会えるわ」
「はい!」
竜鈴を握りしめ、ライナは目元をぬぐうと元気な返事をした。
「えっ、ヴィルヘルムスさん?」
声に振り向けばシメオンが眉間にしわを寄せながらヴィルヘルムス王を見上げていた。
「白箔王がどうしてここにいるんですか?」
「色々あって私の護衛について来て貰ってるの。ちゃんと契約を結んでいるし、警戒しなくていいわ」
「久しぶりですねシメオン。大事な探しものとは再会できましたか?」
あら、顔見知りだったのね。
「はい、無事見つかりました。そちらもちゃんと探しあてられたんですね」
「ええ。おかげ様で」
シメオンは大人びた様子でヴィルヘルムス王と会話するとゲオルギの背後に回って、隠れていたライナに声をかける。
「ライナ、この人は白箔国の王様だよ」
「……シメオンの知ってる人?」
「うん。怖くないから。紹介するよ、僕が傍にいるから」
二人は手を繋いでヴィルヘルムス王の前に出てくると、ライナがお辞儀した。
「はじめまして、ライナです」
「ヴィルヘルムスです。君がシメオンの大事な人だね」
「シメオンとは幼馴染なんです」
「そうですか」
ライナとシメオンがヴィルヘルムス王と会話しているのを眺めつつ、お留守番組の無事と合流できたことをサユカ経由でズヴァルト達に伝えると安心する声が返ってきた。向こうはどうやら襲撃を受けているらしいので、とにかく急いで王の間まで移動することにした。
「じゃあ芽が出たのね!」
「はい! 全部ケースに入れてお城の保管室で育てています」
外の土に植えた種が発芽したなんて! 土壌回復の証だわ! とても嬉しい。玄執組の襲撃なんてさっさと鎮圧して外の土の調査をしたいわね!
ライナの報告を聞きながら使える道をたどって王の間の前まで到達する。
「ここからはベウォルクトさんが融合してから閉鎖しています。なのでお城の機能も一割以下の稼働率に下げたままにしているんです」
「ここは私一人の方が良さそうね。ありがとうライナ。この国が無事なのはあなたのおかげよ」
感謝の気持ちを込めてライナの頭をなでると、嬉しそうに笑う。
「シメオンやラオリエル達が手伝ってくれたおかげです!」
「あなたと、みんなが頑張ってくれたからお城が無事なのよ」
本当にありがとう。
ここまで来ればもう問題ないわ。
扉に近づき両手で触れると、布越しに肌の表面を何かが走り抜けるのを感じる。久しぶりねこの感覚。
《生体反応を確認中……》
天井から声が降ってくる。融合しているからか、なんとなくベウォルクトの声に似ている。
《生体認証完了。再接続完了》
扉がゆっくりと開く。城の管理権限が私に戻ってくるのがわかる。
《おかえりなさいませ、女王ファム》
あっまずい
ゆっっくりと振り返ると、背後でヴィルヘルムス王が目を見開き、固まっているのが見えた。
「……女王?」
あっという間にばーれーたー
羽毛の影霊これで全員登場です。
カニールはでかすぎるのでファムに飛びつくのを控えました。
ペーペル……メンフクロウ
ラオリエル……ハヤブサ
カニール……ワシ
2018/02/09:ヴィルヘルムスの契約、羽毛達の描写に少し加筆。