襲撃 8 ー扉と精霊ー
これからの行動を話しあった結果、またふた手に分かれる事になって、私達は城の機能を取り戻す先行組とイグサ族を保護しつつ待機する組に分かれることになった。
「ズヴァルトとハーシェは残っていて。ザウトとサユカも一緒に。城内には私とレーヘン、ブルムで向かうわ」
待機組はいわゆるもしもの為の存在。もし先行組の私達に何かあった場合、ズヴァルトの鎧とハーシェの個体認証があれば私の代わりに城のシステムに潜入できる。サユカは連絡要員として、ザウトはズヴァルトと一緒に皆を守ってもらう。
「ジェスルと、ヴィルヘルムス王も待機組と一緒に」
「わかった」
「私は先行組と同行を希望します」
素直にうなずいたジェスルに対し、ヴィルヘルムス王は別の意見を述べた。
「おいおい、ここは大人しくしとこうぜ。俺達は保護されてる身なんだぞ」
「先ほどの玄執組のこともあります。大陸の術式に詳しい者がそれぞれに同行していた方がいいと思いますが」
ジェスルの言葉を気にする事なくヴィルヘルムス王は言葉を続ける。
提案は一理ある。でも彼は白箔国の王だし、危険な目に遭わせる訳にはいかない。
「自分の身は自分で守れます。それにもし国家の機密漏洩を気にしているのでしたらこれがあります」
そう言うとヴィルヘルムス王はポケットから何かを取り出して手のひらに乗せ、よく見えるように差し出してきた。
「これは?」
「特例結界術師の資格証です。私は一国の王もしていますが、大陸で認められている結界術師でもあります」
初めて見る結界術師の資格証はブローチの形をしていて、大陸文字で結界術師と説明されている金の台座に白い貴石がはめ込まれ、石の表面には何かの彫刻が一面に施されている。
「私が結界術師として行動する場合、契約を結ぶと白箔国王の立場より特例結界術師の立場が優先されます。その場合のみ私個人と依頼主との守秘義務はちゃんと守られます。私を雇いませんか?」
「そういやお前そんな立場だったな。国王に即位する時の条件の一つだったか。確か、他国からも結界術関係の依頼が絶えないからそうなったんだっけ」
「ええ」
どうしよう。でも……
「今なら格安ですよ」
「う、うーん」
ブローチを見つめながら他国の要人の安全と自分達の都合について考えこんでいると、ジェスルがヴィルヘルムス王の肩に手をかけた。
「でもお前は残ったほうがいいと思うぞ? なにしろ……ほら」
そう言いながらジェスルはイグサ族と対話を身振り手振りで会話を試みているハーシェがいる方をちらちらと見る。何かあるのかしら?
「私は同行を希望します」
「いやだから、お前は残ったほうがいいって」
「どうしてですか?」
「はぁ? そりゃお前、ずっと探していたんじゃないのか?」
「確かにそうですが、ここまで来て何故そう引き止めるんですか」
「いやだってお前……」
「ジェスル、先ほどから何が言いたいんですか」
なんだか込み入った話になってきているみたいね。
「ファムさま、少しいいですか?」
「どうかしたの?」
道の先を調べていたレーヘンが呼ぶので、何やらもめ始めたヴィルヘルムス王達から離れ闇の精霊の所まで行く。
「レーヘン、何があったの?」
たどり着いた先にはとてつもなく巨大な扉が行く先を塞いでいた。元々広かった通路を完全に塞ぐような厳重なもので、表面は真っ黒。よく見ると王の間で見た覚えのある植物を模した彫刻が表面に施されている。
「ここから先が城の内部になります」
そう言い、レーヘンは扉の彫刻をなぞるように撫でる。
「城の内部ですが、ベウォルクトが管理システムと融合して守っているようです」
ゆ……何ですって?
「玄執組は精霊を使った道具で外からシステムに侵入しようとしたようです。おそらくそれを防ぐためにセキュリティを強化したんでしょう。そのためには精霊が対応した方が確実なんです。代償としてこちらからの連絡も含め外からの情報をすべて遮断しているんです。卵の殻に閉じこもるように」
「それ、ベウォルクトはともかくライナ達は無事なの?」
「無事です。内部を守っているのがその証拠です。おそらく王の間に近い上層階のどこかで保護されているはずです」
「そう……」
「この扉は厳重に封鎖されていますが、開ける方法はあります」
青灰色の瞳がこちらを見つめてくる。
「ワタシが城のシステムに入り中から扉を開けます」
「……それってアナタも融合するってこと?」
「そうです。ベウォルクトの守りはかなり厳重のようですから、解除するには同じ特級で同属性のワタシでないとうまくいかないでしょう」
レーヘンははっきりと言った。うちの精霊がそう言うなら、そうなのね。
「そう。私達は何をすればいいの?」
「城に入ったら王の間へ行き王座に座ってください。それでシステムは全てファムさまの元に戻ります。そこまでの経路はワタシが用意しますので」
精霊はささやくような穏やかな声で説明した。
「わかったわ」
「すみません……その、本来なら王座までワタシがお守りしたかったのですが」
「仕方ないわ。扉を開けるのはアナタにしか出来ないんだもの。中に玄執組はいないんでしょう? 大丈夫よ、私達は家に帰るだけなんだから」
そう言いつつ私も扉の彫刻に触れる。
「扉が開いたらそれを察知して玄執組の追っ手がやってくる可能性がありますから、とにかく最優先で王座を目指してください」
「ええ。ねぇ、ひとつ聞いていいかしら?」
「なんでしょう」
「城のシステムには既にベウォルクトが入っているのでしょう? そこにまた精霊が入って……レーヘン、アナタはちゃんと戻ってこられるの?」
そう尋ねるとレーヘンはわずかに顔をしかめた。
「……確証はありません。べウォルクトはこの状況を予測したでしょうが、それでも特級精霊が厳重に守っているところに力ずくで介入することに変わりはないですから。……戻りやすいよう実体は残していきますが、完全に元に戻れるかどうか」
レーヘンの目線が泳いでいる。珍しく自信がないらしい。表情もいつもと違いどことなく暗い。
「……うまくいっても戻るには時間がかかるかもしれません。もし後になってワタシが戻らなくても、ファムさまは気にしないでいてください」
そう言ってレーヘンが柔らかく微笑む。
私が海賊船でやらかした時、レーヘンがどんな気持ちだったのかわかった。
「そう。じゃあ命令しておくわ」
あえて明るく言うと精霊の頭をそっと引き寄せ、抱き込んでぽんぽんと頭をなでる。
「ファムさま?」
手を離して元に戻すとレーヘンは不思議そうな顔つきでこちらを見る。
「いいわねレーヘン、ちゃんと無事に戻ってきなさい。アナタは私の国の大事な精霊なんだから」
「……はい」
レーヘンはふわりと笑った。それから私が触れていた部分を手で触る。
「いいですね、これ。戻ったらまたしてください」
精霊が嬉しさとくすぐったさを混ぜたように笑う。
「いいわよ。その為にもちゃんと帰ってくるのよ?」
「了解しました」
返事をすると今度はわずかに眉間にしわを寄せ、不満そうな顔つきになる。
「不本意ですが、ここからしばらくはあの男に任せます」
「あの男?」
「白箔王です。あの男はそれなりに役に立ちますし、あの男なりに何があってもファムさまを守るでしょうから」
「もしかして、さっきの会話を聞いていたの?」
「はい。今もあちらで何やら言い合ってますが、気は変わらないようですね」
「わかったわ。彼に同行してもらって王の間を目指すから、アナタは扉を開けることに集中してちょうだい」
「ファムさまはくれぐれも気をつけてくださいね」
「ええ。私だって女王よ。ちゃんと国とみんなを守ってみせるわ」
胸を張って私がそう言うと、レーヘンは銀髪をふるわせ笑った。
「頼みにしています」
「では、ちょっと行ってきます」
「気をつけてね」
「はい」
レーヘンはこちらに向かって微笑むと、扉の脇に移動して操作盤に手を触れ、目を閉じた。
次の一瞬、何か巨大なものが動くような気配が現れる。薄暗い空間いっぱいに広がる何かの気配はすぐに消えると、闇の精霊の身体から力が抜けた。
「わっ」
その場に崩れ落ちそうになる身体を慌てて支え、なんとか壁際まで引きずって目立たない位置に座らせた。
特級精霊の身体は異様に軽かった。
「……何やってるの?」
扉の前から一人戻ってみると何故かヴィルヘルムス王がジェスルの首を締め上げていた。
私が声をかけるとヴィルヘルムス王が手を離し、解放されたジェスルは咳き込みながら荒い呼吸を繰り返す。
「ちょっとした意見の相違がありまして」
「げほっ、うえっ、ち、ちょっと勘違いしててな……」
何があったのかしら? ハーシェ達は変わりないので問題は無さそうだけれど、彼らだけで何かがあったらしい。
「まぁいいわ。さあみんな、もうじき扉が開くから準備しておいて」
「わかりました。レーヘンはどこに?」
「城の扉を開けるために少しね。しばらくいないわ」
そう告げるとズヴァルトは一瞬目線を下げて何か考える仕草をして、鎧の腰部分から何かを取り出す。
「竜鈴です。俺達人間には小さい音に聴こえますが、城の中に入って鳴らせばゲオルギなら気付くはずです。持っていてください」
受け取ると人指し指ほどの長さの金属製の筒だった。
「ありがとう。使わせてもらうわ。扉が開いたらしばらく開きっぱなしになるそうだから、待機組は玄執組が来ないように見張っていてちょうだい」
「わかりました」
「それから、その、ヴィルヘルムス王は同行をお願いしていいですか? 結界術師としての契約で」
そう言うとヴィルヘルムス王は勢い良くこちらを見て、それから力強くうなずいた。
「わかりました」
準備をしている間に進行方向から低く響く音が聞こえてきた。
レーヘンが扉を開けてくれている。
「みんな、時間を確認しておきましょう」
みんなで扉に向かって歩き出しながら、くろやみ国の面々でそれぞれ身につけた時計を出す。
「もし私からの連絡がこの時間までなかったら、中に入ってあなた達で城のシステムを復旧させてちょうだい」
「……わかりました」
ハーシェの声が少し震えている。安心させるためにぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫。定期的に連絡するし、すぐにまた会えるわ」
「はい」
2018/02/09:少し加筆。
2020/05/22:セリフなど少し加筆。