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くろやみ国の女王  作者: やまく
第六章 国への襲撃、防衛戦
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襲撃 7 ー索敵と結界ー

 

 

 

「どうしてジェスルと……ヴィル……がいるのよ……」

 完全に予想外の事態に頭が追いつかずにふらついてしまい、レーヘンに支えられる。

「ファム」

 向こうもこちらに気付いたようで、目を見開いてこちらを見ている。

「ご、ごきげんよう、ヴィル、ヘルムス王」

 そう言いつつ、私は黒い霧のヴェールを揺らしながら礼をする。

「こんなところで一体何を?」

「あれに巻き込まれたんです」

 そう言ってヴィルヘルムス王はジェスルを指さす。

「は、はあ……」

 思わず首を傾げる。

「会合の合間にジェスルと立ち話していたら突然何者かに海に突き落とされたんですよ。あとはそのまま海の精霊に連行されて、なんだかんだと気がついたらここへたどり着いていました」

 そう言うとヴィルヘルムス王は疲れた様子で前髪をかきあげ、ため息をつく。彼は片手にぼろぼろになった白箔王の上着を抱えている。こちらも手持ちの荷物はないらしい。

「ファム達がいるという事は、ここはもしかしてくろやみ国ですか?」

「え、ええ。そうよ。あの……どれくらいここにいたの?」

「だいたい半日程度です。移動中は法術を使ったので怪我はありませんが、着のみ着のままで海に落とされたので食料も無く連絡手段もまともに使えず困っていたところです。法術はともかく、ここでは精霊術がまともに使えず困っていました」

 困っているとは思えないくらいあっさりとヴィルヘルムス王は言う。

 確かにここの土地は霊素が極めて薄いから精霊術はほとんどまともに使えないらしい。さらに地面に生えている涸れ草も銀鏡海の海水も、海辺で採れる海産物も、人間には食べられないものばかり。

 もしここで会えてなかったらと思うと、ぞっとした。


「イグサ族を助けに来てよかったわ……」

 思わずそうつぶやくと、背後にいたレーヘンが耳元でささやく。

「彼らが来たのは事故でも青嶺国王子の習性でもありません。実は精霊間の通信でワタシに連絡がきていました」

「え、そうなの?」

 小声で返事をすると闇の精霊は静かに頷いた。

「はい。折を見て探しに行く予定でした」

 少し視線を逸らしながらレーヘンが言う。ちょっとそれ、いつ探す予定だったのよ。

「アクシャムとアカネの連名で意図的に送り込まれたようです。オーフは納得していなかったようですが、最終的に同意したようです」

「国精霊達が? ……でも、どうやって私達より先に銀鏡海を渡れたのかしら」

 私達も最速で帰ってきたつもりなのに、それよりも早くたどり着いたなんて。

「転移門を使ったんです。実はここからほど近い岩場に古い転移門がひとつあります。会合の会場に近い場所にある小島と繋がるものが」

 レーヘンの言葉に思わず驚いてしまった。

「そんな……! レーヘンもベウォルクトもいないのにどうやって転移門を起動させたのよ」

 転移門の鍵を知っていた旅の精霊は玄執組に捕らわれていたのに。

「ファムさま、他にも転移門を使える精霊はいますよ。くろやみ国の前身であった暗病国と関わりのあった精霊が」

 そう言ってレーヘンは私と目を合わせてきた。

「それってもしかして、黒堤組のコトヒトのこと?」

「そうです。どうやら黒堤組の精霊の協力もあったようです」

 精霊達が協力して送り込んできたって事は、何か重要な意味があるのかしら?

「二つほど理由があるようですが、基本的に皆善意でやってますよ」

 そう言うとレーヘンは微笑む。

 善意? どんな意味合いの善意なのかしら?

 私が首をかしげていると、ずっと辺りを観察していたヴィルヘルムス王がこちらを見た。

「……本当に何もない所なんですね。霊素どころか気脈もこれほど薄いなんて。それにこれは瘴気……ですか? こんな場所は初めてです」

 灰色の空に暗い色の海を珍しそうに眺めるぼろぼろの白箔王。なんだか申し訳ない気持ちになってきた。本人はこんな状況なのに笑っているけれど

「あの……なんだか楽しそうね」

「楽しい、いや、嬉しいです。貴女と再会できましたし、それに……」

 薄く笑顔を浮かべていたヴィルヘルムス王は笑みを深める。

「ようやく貴女の住むくろやみ国に来れたんですから」

 白箔王の言葉に何故か背中がひやりとした。




「結構いやがるな」

 マルハレータはファム達とは別の経路で地上に出た。すたすたと歩くマルハレータの後ろを錆精霊がついて行く。

 岩肌だけの小山に登って辺りを見渡す。ざっと眺めると遠目にちらほらと動く影が見える。転移門を使った玄執組の一行はいくつかの班に分かれて広範囲に展開しながら王城へ向かっているようだ。

 面倒なので散らばっている彼らを一気に始末してしまおうと、マルハレータはグローブに包まれた両手を広げ、法術を展開する準備に入る。久しぶりに大規模な術を展開をすることになりそうだ。

「……細かい作業がめんどくせえな」

 法術の調整をしながらマルハレータは軽く顔をしかめた。ファムの元にいた術の細かい制御が上手かった影霊の小さいふくろうを思い出し、連れてくれば良かったと一瞬考える。しかし今さらの話なので気を取り直して組み上げた法術を起動する。


「おい、オマエも手伝え」

「オレがやるとあそこの城まで全部壊れちまウが」

 錆精霊に声をかけると、相手は地面にしゃがみこんで皿をかじりつつ、のっそりと王城のある方角を指さす。この特殊な精霊は女王から発話方法を指示されたらしく精霊語以外でも喋るようになった。だが今は口元で音声を作っているのではないらしく、食器を食べながらも普通に喋っている。

「……ちっ!」

 大きく舌打ちすると、マルハレータは両手に展開していた術式を放棄し、新しいものを組み立て始める。

 嘘を言う理由も無いし、事実なのだろう。錆精霊は自分以上に力加減が下手なのだ。そもそも、精霊が細やかな配慮など持ち合わせているとは思えない。


「今からおれが目標物に“目印”をつける。オマエはそれを潰していけ」

 マルハレータは気を取り直し、島を覆う規模の“探知”の法術を新たに展開する。島中に法術が広がると、すぐに複数の反応が返ってくる。

 その反応の種類と位置にあわせて今度は別の法術を展開する。王城やファム達には“保護”をかけ、島をうろつく玄執組の集団には“目印”を付けた。

 大規模な法術はマルハレータの得意とするところだが、この細やかな術の同時展開はなかなか神経を使うものだった。加えて支援役に回るのは元々好きではない。しかし錆精霊の方が攻撃力があるので、これが一番効率的な方法だと理解している。

「おらよ。破壊するとまずいものは全部“保護”した。後は壊すだけだ。さっさとやれ」

 隣の皿をかじる音がやんだ。

「防御がタリない。術をあとミっつ重ねがけシロ」

「オマエ、法術を感知できるのか」

 マルハレータは驚き、思わず錆精霊を見た。精霊が人間の法術を理解できるとは思ってもみなかった。

 錆精霊はひび割れのような口元を笑うように広く開き、言う。

「オレは人間の使う術なラ全テ知ってるぞ」





「緊急措置として、くろやみ国に私とそこの大空騎士の保護を依頼します」

 ヴィルヘルムス王はまっすぐな目でこちらを見て言った。

「ええ、それはもちろん。お受けいたします。白箔王」

 ここは人間が生き延びられる場所ではないわ

「ひとまず私達と一緒に来てください。良いわね? レーヘン」

「わかりました」

 無事に一族の貴重品を確保できたらしいイグサ族と一緒に海辺から離れ、ハーシェ達が待つ地下への入り口へと早足で向かう。


「今はどんな状況なんだ?」

 歩きながらジェスルが質問してくる。

「私達は城に戻る途中よ。救援を求められてイグサ族を保護しに来たの」

 そう言って私達が引き連れている腰高までの身長の草の塊のような集団を手で示す。

「変わった種族がいるんですね……おや?」

 ヴィルヘルムス王が突然空を見上げる。

「何か巨大な法術の気配を感じますが……」

 彼のつぶやきと同時にマルハレータから簡単な連絡が入る。

「……別働隊が島内の玄執組に仕掛けるらしいわ」

「我々と、お城、他の重要拠点は“保護”がかけられました。一斉攻撃に入る準備のようです」

 ザウトちゃんが詳しく教えてくれる。


「この島を覆う程の規模の法術を……これは一人で展開しているのですか? そんな事ができる人間が存在するとは……」

「ええと、一応できるみたい」

 一般的な法術師がどの程度の力を持つのかわからないけれど、マルハレータは戦争慣れしているから大規模な戦闘は得意だと以前言っていた。限界は知らない。

 法術を使えるヴィルヘルムス王とジェスルは先ほどから何かを察知しているらしく驚いた表情で空を見上げている。

「この規模で複数の法術が動いている。見たこと無い速さだ。しかも同時に……?」

「これ展開してるの何者だよ。信じられねえ」

 私にはわからないので説明出来ない。けれどまもなく島内で戦闘が始まることは確実。

「島に侵入した玄執組は別働隊に任せて、私たちは急いで戻りましょう」


 地下に続く出入り口まで到着すると、レーヘンが扉を開ける。

 中に入るとズヴァルト達が出迎えてくれた。

「みんな無事ね?」

「はい」

「信号の発信源はイグサ族だったわ。地上は危ないから、一緒に来てもらったの。ちょっと人数が増えちゃったけど、ひとまず皆で地下空間へ戻りましょう」

「わかりました。ところで後ろの二人はイグサ族ではないようですが……えっ」

 ズヴァルトが私の背後を見て固まる。

「よう」

「どうも」

「海辺で会ったの。なんだか精霊のせいで遭難してここまで来ちゃったらしくて」

「そ、そうですか……」


「ファムさま、やはり城とは連絡が取れないようです」

 ハーシェがサユカを抱えて駆け寄ってくる。

「そう。ならやっぱり力ずくで行くしかないわね」

「それと、城へ続く道の途中に変なものを見つけました」

 変なもの?


 案内された場所へ向かうと地下通路の途中、イグサ族を助けに行った時に使ったのとは違う地上出口の付近から蜘蛛の巣のようなものが広がり、城へと続く道まで塞がれていた。

「何よこれ……」

「おそらく玄執組が先にここに来たようです。この先の扉をこじ開けられなかったため去って行ったようですが、他の者が通れないよう塞いで行ったようです」

 あらかた調べていてくれたらしく、ズヴァルトが説明してくれる。

「墓荒しのやる手口だな。横取りされないよう自分達が戻るまで塞いでおくんだ」

 ジェスルが腰の剣を抜いて蜘蛛の巣のようなものに触れると、金属を引っ掻くような嫌な音が響く。なにか特殊な素材でできているみたいね。

「嫌な置き土産をするわね」

 というか、なんで墓荒らしの事に詳しいのこの王子さまは。

「これは例の精霊を加工した兵器の一種のようです。細かい繊維が壁内まで入り込んでセキュリティシステムに干渉しているので俺の剣で切り裂くのは難しいです。無理矢理突破すると俺達まで排除対象として城の防衛システムに攻撃されます」

 ズヴァルトが言う。

「ザウトちゃんはどう?」

「すみませんファムさま。強く拒絶されて干渉できそうにありません……。無理矢理介入するとこちらが侵食されそうです」

「そんな。あと一歩のところでつまずくなんて……」

 城に入れさえすればこちらのものなのに!


「私ならなんとか出来そうです」

「えっ」

 声を発したのはしゃがみこんで繊維質のそれを調べていたヴィルヘルムス王だった。

「玄執組の手の内はもう見ましたから。これは彼らの使う人工精霊の基礎理論に結界を応用したものです。そこの小さなフクロウ君はこの手のものと相性が良くないみたいですね」

「そういやお前、得意だよな結界破り」

 剣をしまいながらジェスルが言う。

「結界を作る者は同じくらい破壊にも詳しくなりますから」

 そう言いながらヴィルヘルムス王は両手に法術師のグローブをはめ、蜘蛛の巣状のものに手のひらをそわせるようにかざす。

「壁の内部を保護して破壊すればいいんですよね?」

「ええ、出来るのなら、お願い」

 私が頷くと、彼は真剣な表情で蜘蛛の巣状のもの全体を見渡し、持っていた白箔王の上着に縫い付けられていた紋章の一つを引き剥がすとそこから細い光の針のようなものを作り出し、あちこちに突き刺す。

 それから今度は金色に輝く細い糸を作り出して針の一本に結びつけると、それぞれの針を繋げるようにするすると糸を渡していく。糸を渡す順番には一定の規則があるようで何かの図形を描いているようにも見える。

 全ての針が糸で繋がると、彼は手元の紋章を握りしめ、引っ張った。

 すると、行く手を塞ぐようにみっしりと通路を覆い尽くしていた蜘蛛の巣状のものはずるりと剥げ落ちて床に落ちてしまった。

「念の為にここと、ここを破壊しておいてください」

 剥げ落ちた物を見てヴィルヘルムス王が示した部分をズヴァルトが剣で切り裂く。

「これで大丈夫でしょう……ファム? どうしました?」

「えっと、あの、あんまり静かに終わったからちょっと驚いちゃって」

 特に問題も派手な事も起きず、びっくりするくらいあっさりと終わった。

「今のは結界術というんです。法術の一種ですが、私が得意とする領域です」

 そう言って彼は微笑む。


「大陸じゃヴィルヘルムスと並ぶ結界使いはそういないんじゃないか。白箔王になっても結界設置の依頼が来てるんだろ?」

「扱いに慣れた人物が少ないだけです」


 精霊達が彼らを送り込んできた理由の一つが分かった気がする。大陸の技術に弱いもの。私達。


「ヴィルって、やっぱり凄い人だったのね……」

「今はただの遭難者ですよ」

ファムが見ているので普段より丁寧に作業しました。byヴィルヘルムス


2018/02/09:少し加筆。

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