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くろやみ国の女王  作者: やまく
第五章 海の上の会合
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海の騒乱 13 ―錆びついた精霊―

 

 

 

「な、なに今の?」

 突然の轟音に飛び起きると、窓の外はもう朝になっていた。

 遠くからがんがんと何かがぶつかりあうような音が絶え間なく聞こえてくる。酷い雷雲の中にいるみたい。こんな中でよく眠っていたわね私。


「ファムさま、おはようございます」

 既に起きていたらしいヴェール姿のハーシェがいつものように穏やかに挨拶し、寝台の上に着替えを並べていく。

「おはようハーシェ。今度は何が起きているの?」

 不審な振動と音に包まれ、急いで身支度を整えつつ状況を尋ねる。

「わたしにもよくわからないのですが、ここは安全だそうです」

 ハーシェが指し示す方を見ると、寝室の隅に完全武装した黒い鎧が入口の扉を向いて立っていて、頭の上にザウトを、左肩にサユカを乗せている。

「ズヴァルト、大丈夫なの?」

「規模は大きいですが戦闘自体は離れた場所で行われています」

 声をかけると顔だけこちらへ向け、落ち着いた声で状況の報告をしてくれた。

「戦闘?」


 船全体を軋ませるような音が響く。

 これで離れているって、本当に大丈夫なの?


 チーズとハムと野菜を挾んだパンを食べ、ピーチジュースを飲みながら状況を確認する。

「戦闘ってどこで起きているの? 会合の場所はどうなっているの?」

「ちょっと事情があり、今そのあたりが戦闘の中心なんです」

 会話しつつも切ったりんごをしゃりしゃりと食べ、ハーシェが渡してくる順にいくつかの薬を飲む。

「どことどこが戦っているの?」

「我々と、明朝に現れたモノとです」


 何かがぶつかる衝撃音と共に部屋が振動し、遠くから叫び声のようなものが聞こえてきた。

「ちょっと、全く大丈夫じゃないじゃないの。本当にどうなっているのよ」


 甲板に出てみると、なんだかとんでもないことになっていた。

「シャァアアア!(ファムさま、おはようございます!)」

 鋭い鳴き声とともにブルムが甲板にやってきた。どこからか飛んできたらしい船の破片のようなものを鋭い爪で掴んでいる。

「ファムさま」

「やあ、くろやみ国のみなさん、おはよう」

 銀の小竜と、いつも通りの涼しげな表情でいるレーヘン、それと灰色の三つ編み髪を海風に遊ばせている闇の精霊が挨拶する。この顔ぶれが並んでいるのって珍しい光景だわ。

「おはよう、みんな。ここはアナタ達だけなの? カラノス達は?」

「組頭はこの海域の警備に参加中です。シシがついていますから、ワタシはここで状況の確認をしています」


「現状は一体どうなっているの?」

 海には客船ではない、がっしりした形をした知らない大型船が何隻も増えていて、しかも半数以上がぼろぼろになって沈没しようとしている。

「あの大型船は玄執組と、夜半に追加でやってきた彼らの仲間の船です。増援ですね。彼らは精霊を捕獲しに来た連中です。特級精霊の会合はいつも人間が来られないような場所で開催していましたから、今回は捕獲するのにいい機会だと思って集まってきたのでしょう」

 コトヒトの説明に、思わずレーヘンを見つめる。見た感じではいつもと変わりない。

「それって、うちは……大丈夫みたいね。他の国の精霊たちは?」

「皆無事ですよ。それに、玄執組は特に脅威ではないんです」

「もう完全制圧されてますし」

 レーヘンもコトヒトも同じ方向を見たまま会話をしているので、同じ方向を見てみる。

「確かにどの船もほとんど沈みかけているか、ぼろぼろになっているわね」

「あれは現在彼らの船を足場として使っているからなんです」

 銀髪に朝日を受けながらレーヘンが言った。

「まだ何かあるの?」

「昨日調べた段階で玄執組の船内には精霊を使った様々な物体と、その材料が大量にありました。それ自体は別に脅威ではないのですが、その玄執組のコレクションを嗅ぎつけてきた“モノ”がやっかいなんです」


「やっかい? 一体何かしら」

 目を凝らすと船の上を飛び回っている人影っぽい何かがちらほら見える。さらに観察すると複数の人影が一つの姿を追っているのがわかる。あの先頭の一体が暴れているのね。

「玄執組の船の積荷につられてここまで来ましたが、“アイツ”の一番の狙いは会合施設です。なので周辺に囮として玄執組の船を配置して足場として使っています」

 じゃあ、あの船の向こうに会合施設があるのね。

「これをどうぞ」

 コトヒトが黒くて四角い双眼鏡のようなものを貸してくれたので、それを覗き込むとより詳しく様子を知ることができた。

 戦っているのは赤、青、白色の人たちがちらほらと……体格からして赤麗国の紅濫、それと青嶺国のケセルらしき人影も見える。

「現在各国が協力して対応中です」

「俺ら大空騎士団もな」

 声に振り返ると見慣れない騎士服を着たジェスルがいた。

「あら、思ったより早い再会だったわね。国には戻らなかったの?」

「おう、途中でこっちの騒動に巻き込まれて職場復帰。そのままここまで来たんだよ。んで、この船にはうちのじいさん達や赤麗国の要人達がいるから俺の部隊はここで警備中」

 ジェスルの片手にはいつもの彼の剣が握られていて、その刃はいつか見た時以上に強く青く輝いていた。陽気に喋っていてもかなり真面目に警戒態勢をとっている。

「ヴィルヘルムス王は別の船で結界の準備中だ」

 彼も頑張っているのね。


「ナハト様」

 船橋に昇って操舵手達と状況を確認しあっていたズヴァルトが甲板に飛び降りてきた。

「戦闘領域がこちらに移動しているそうなので、少し離れるそうです」

『ワタクシまた行ってきますわ! アイツの目をそらしてきます』

 引きちぎって遊んでいた金属の塊を甲板に放り出すと、ブルムが再び飛んでいく。

「あんまり無茶しちゃ駄目よー!」

 あっという間に飛んでいっちゃった。本当に元気いい子ねー

「ねえ、ところで……あの暴れている、あの鎧、なんだかすっごく見覚えがあるんだけど」

 双眼鏡で見つめる先では、ズヴァルトやジルヴァラと同じような鎧姿をした何かが大型船の甲板上で水柱をあげているところだった。あれ、色違いだけれど、見れば見るほど身近で見たことがある形にそっくり。

「あの姿はどういうことよ」

「ええと、俺の口からはちょっと……」

 ズヴァルトが気まずそうに私の後ろを見るので、振り返ってレーヘンを睨む。


 そういえばサヴァは鎧を着ているけれど、こちらは鎧を着ておらず銀髪の青年がいつもの服を着た姿。しかも先ほどからやたらと私と目を合わせようとしない。

「アナタ、一体何したのよ」

「ええと、実は着ていたケープを駄目にしてしまいました」

「この騒動なら仕方ないわね、でもそれだけじゃないでしょう」

 近寄って腕を組んで見上げると、逸らされ続けていた青みがかった灰色の瞳が、ちらりとこちらを見る。

「レーヘン、怒らないから正直に言いなさい」

 しつこく問いただすと目の前の精霊はようやく白状した。


「そのう、先ほどあれとやりあった時にかじられちゃいまして、鎧ごと体の一部を持っていかれました」

「それ一体どういうこと? 分かるように説明しなさい」

「あの暴れているモノは錆精霊さびせいれいといいまして、 世界で唯一の“食事が必要な精霊”なんです」

 私が睨んでレーヘンが気まずそうにしているせいか、横からコトヒトが説明を始めてくれた。

 錆精霊?


「うおおお、お、俺の武器が!」

 遠くから聞き覚えのある声が聞こえてきたので、慌てて双眼鏡で見ると錆精霊が赤麗国の紅濫から赤い斧を奪い取ったところだった。

 錆精霊は兜の仮面部分の下半分を割りひらき、亀裂のような口で斧の刃に食いつくとばりばりと食べ始める。

「我が家の至宝が! ちょっと伯父さま、なにやらかしてんのよ!」

 紅梅らしき女の子の絶叫が聞こえてくる中、コトヒトは解説を続ける。

「あの錆精霊が必要とする食事とは霊素の塊の事です。普段はあの赤麗国の斧のような“かつて精霊だったもの”を主に食べています。人間が肉体の構成材料を食事から得ているように、あの精霊もああやって霊素を食べていないと自己を保てないんです」

 紅濫の持っていたあの赤い斧は精霊だったもので作られていたのね。じゃあ玄執組が使っていた精霊を加工したものも食料になるってわけね。それに……

「そして超高密度の霊素でできている我々も捕食対象にしっかり入っているので、あまり近寄れないんです」

 そういえば追いかけている中に精霊はいなかった。

「つまり、レーヘンはうっかり近づいて身体の一部をあの錆精霊に食べられた結果ああなっているわけね」

「はい。あの錆精霊が出現した際に玄執組の船に誘導しようとして……その、腕を一本ほど持っていかれました」

 レーヘンの両腕は揃っている。形としては元の状態に戻っているけれど、失なったレーヘン自身の霊素は戻ってこない。

「その結果いく分か身体情報も持っていかれたので、鎧姿も奪われてしまいました」

 なにやってるのよ……


「あの錆精霊は大昔から存在していますが、どこにも所属しておらず、あんな状態で世界をふらふらしています。我々自身も下手に近づくと危ないのでいつも遠巻きに様子をみていました」

「それがどうしてここへ?」

 コトヒトは答えず、レーヘンの方を見た。

「本来はもっとずっと後、会合が終了した頃にここへ誘導する予定だったんです。会合用に作ったあの建物は霊素でできていますから、それなりに良い食料になりますし」

「どっちにしろここに連れてくるつもりではあったわけね」

「はい。どうも大陸で起きた何かの影響と、玄執組の積荷のおかげで予定よりかなり早く到達してしまったみたいなんです」

 錆精霊、錆精霊ね……まったくもう、あれを何とかしない限り会合が再開できないじゃない。

「もう少ししたら一番良い餌になる国精霊達が加わって誘導し、拘束して白箔王の結界で海中に封印する計画になっています」

「それ、要するにみんな危険って事でしょ」

「ファムさま?」

 せっかくとりつけた会合の約束があるのに、これ以上想定外の出来事が起きるのは防ぎたい。予定を遅らせたくないわ

 ひとつ息を吐くと、ハーシェの腕にいたサユカを抱えて甲板のふちまでずんずんと歩いて行く。


「サユカ、私の声をあの精霊のところまで届けてちょうだい」

「は、はい」

 サユカが戸惑いつつも返事をして、私は目一杯空気を吸ってお腹に力を入れる。

「ちょっとアンタ! 聞こえてる? こっちよ!」

 目一杯声を出して、錆精霊と呼ばれた存在に呼びかける。

 錆精霊は聞こえているのかいないのか、たぶん聞こえているはずなんだけど、まったくの無視。私の声にまるで反応しないのに腹が立ったので、今度は甲板に転がっていた何かの金属の破片のうち、手頃な大きさのものを拾い上げる。

「レーヘン、アイツにぶつけられるよう補助お願い」

「え、あ、はい。わかりました」

 レーヘンがあわてて破片に手を触れる。

 一気に軽くなったそれを思いっきり振り上げて力いっぱい放り投げると、きれいな弧を描いて錆精霊の頭に命中した。


「げーなにしてんのこの人!」

「ジェスルは黙ってなさい」

 騒がしい背後を黙らせて、錆精霊を睨む。


 沈没中の船の舳先にいた錆精霊は頭をさすり、首をめぐらせ私の姿に目を留める。それから腰を落として屈むとこちらに向かって一気に跳躍し、あっという間に私達がいる船にたどり着き、甲板に積まれた貨物の上へ降り立った。

 すぐさま錆精霊と見上げる私の間に剣を抜いたズヴァルトと素手のレーヘン、やや距離をおいて剣を構えたジェスルが立つ。背後ではコトヒトがハーシェ達の傍に立った。

「いいの、みんな構えないで。ザウト、船の守りの結果を利用して一時的にヴェールの代わりを作れる?」

「は……はいです。短時間なら……どうぞ」

 ザウトの合図を受けてから私は黒い霧のヴェールを取り去った。

「ファムさま!」

「私はいいから、下がっていて。ジェスルも」

 うちの騎士たちに言うと納得がいかない様子でこちらを見てくる。

「みんなでハーシェ達を守って。人間の私が齧られることは無いんだから。あの子達も捕食される可能性があるわ。あとレーヘン、アナタは特に下がってなさい。説明は後で」

 影霊も精霊の一種。あの子達にどれほど霊素が含まれているかは私にはわからないけれど、念のためサユカもザウトもハーシェと一緒にいてもらう。

 私達の間にいた面々が背後に移動すると、再び錆精霊を見上げる。


 錆精霊は膝を開いて行儀悪くしゃがみ、こちらをじっと見下ろしている。ズヴァルトと同じ形の鎧だけれど、鈍く光のない鉄のような色に錆が広がったようなザラついた表面。ところどころヒビも入っている。おそらく捕食しやすいように変化した鋭利な指先に顎全体が開きそうなギザギザした口元。そして赤く光る目元。

 姿はまるで違うけれど感じる気配のようなものは同じだし、目元はかつてよく見上げていたものと同じ色をしている。


「セイレイのおじさん。ひさしぶりね」

 鎧が首を傾げる。忘れさせるものですか。思い出す様子がなければまた物を投げつけてやるわ

「十年前、アンタに木の上に置き去りにされた女の子よ。あと、崖の上や荒野に置いてけぼりにされたりもしたわね」

『お前……白い家の子供に匂いガ似てるナ』

 出てきた声は記憶にある声よりも随分しゃがれている気がする。

「その子供本人よ。覚えていてくれた?」

 錆びた鎧はしきりに首を傾げる。

『一瞬で大きくなりすぎじゃネ?』

「アンタの中で一瞬って十年もあるのね。一体何歳なのよ」

『さァ? 知らね。いろいろ忘れちまったからナ』


「あのー、ファムさま、これはどういうことでしょうか?」

 レーヘンが驚いたような、あきれているような、珍しい顔になっている。

「前に話さなかったかしら? アレ、昔私を子守りしてた精霊」

 そう言って左右に首を傾げ、角度を変えて私を観察している精霊を指さす。

「子守り……ですか?」

「そうよ。私が三つか四つの頃から両親が忙しいときに家に来て面倒をみてくれてたの」

 私の言葉にその場にいた精霊、ジェスルも含めて顔が引きつる。ズヴァルトは仮面に隠れて表情はわからないけれど硬直しているのが分かる。


「私に驚かれても意味ないわよ。どこをどうして知り合ったのかもわからないし、依頼したのはうちの両親なんだから、呆れる相手はそちらにしてちょうだい。おかげで子供の頃は好き勝手にあちこち連れ回されて、本当に大変な目にあったわ」

 “セイレイのおじさん”は最初は相手をしてくれたけれど、たいてい飽きるか私の存在を忘れるかして最後はどこかに置き去りにされたままになったので、自力で帰るか、途方に暮れて泣いているうちに他の精霊に助けられたりした。

「ファムさまが精霊に慣れている理由ってこれだったんですね」

「ええそうよ」

 精霊はやさしくないし、厳しくもない。無条件で守ってくれる訳でも神秘的な存在でもない。たいしてあてにならない腹立たしい存在で、興味を持った相手にしか協力しない。全力で訴えないとこちらの言葉もまともに理解してくれない。そういうものだって、子供の頃から思い知らされているわ。


『アいつらはどうしてるんだ』

「うちの両親のこと? 死んだわ、事故で」

『ソうか。にんげんにしちゃ悪くない奴らだったのに、ざんねんだな』

 そう言うと錆精霊は持っていた赤い斧の持ち手をぼりぼりと食べた。

「ありがとう、そう言ってくれて」

身体欠損が残酷描写制限に入るようなので、詳しい戦闘シーンは飛ばしました。

ファムさんメインのお話ですし

2018/02/09:少し加筆。

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