海の騒乱 12 ―面会3―
正直に……全てではないけれどこちら側の切実な事情を説明すると、詳しい話を聴いてくれるとのことで、明日のうちに青嶺国、赤麗国、白箔国で会合を開いてくれることになった。
「大空騎士団も興味を持ちそうな内容だからの、これくらい認めるじゃろう」
「ちょうどいい、お前ら黒堤組も警備に混ざれ。金は赤麗国が出す」
「……いいけどよ。臨時依頼は高くつくからな」
紅濫の言葉にカラノスが頷いた。
「それでは私たちは先に部屋に戻って休ませていただきます」
話がまとまって一息つくと、だいぶ身体が重たくなってきていた。明日の約束は取り付けたし、もう休んだほうがいいわね
明日の警備について話をするというカラノス達を置いて、サヴァに抱えられて退出する。
「ナハト代表」
廊下へ出たところで後を追ってきたらしい白箔王に声をかけられた。
「会合が終わればすぐに帰国するというのは、全員ですか?」
「……ええ。我々は遅くとも明後日の朝、ここを出発し帰国せねばなりません。この予定は動かせませんし、誰一人置いては戻れません」
白箔王は静かにこちらを見る。
「ナハト代表、あなたの国には白箔国から来た人間がいます。もしこちらが国として認めなければ、その人の国籍は白箔国のままです。その場合、私の国民を返せと要求することも可能です」
サヴァに抱えられながら私は片腕を伸ばし、こちらを見つめるヴィルの頬に触れる。
「脅しているの?」
「懇願です」
「その白箔国から来た人は元いた場所で殺されかけて、今いる場所で生かされて、頑張って生きているの。無理やり連れ帰っても悲しむだけよ」
殺されかけて、のところで彼の表情は強張り、何かを必死にこらえる表情になった。
「少し話をしましょう」
部屋に戻るとハーシェはいなかった。奥の寝室にサユカといるらしい。
「サヴァ、カラノス達が来ないよう見ていて」
「……大丈夫ですか?」
表情は変わらないけれど、サヴァは先ほどより白箔王を警戒している。これがレーヘンだったらすでに勝手に動いて騒動になっているところだけれど、彼はこらえてくれている。
「ええ。短時間で済ませるつもりだし、もし何かあったらザウトが気付くから、扉の前で待機をお願い」
「わかりました」
サヴァは私を降ろし、数歩離れると礼をしてザウトを肩に乗せ部屋を出ていく。
それを見届け、私はヴェールを取り去りヴィルと向き合う。
「いい? 法術とか、何か強引な手を使ったらだめよ? そんなことをしたら私また倒れて死にかけちゃうから」
「わかりました。ここでは話だけにします」
そう言うと、彼はわずかに笑うと苦しそうに自分の白い上着の胸のあたりを掴んだ。
「ファム、ずっと貴女を探していました」
痛みを堪えるような表情で彼が話しだす。
「あの時、約束の五日後に私は白箔王として即位し、その足で貴女を迎えに行くつもりでした。……結局、間に合いませんでしたが」
大好きな小麦畑の色をした瞳が暗くかげる。
「即位後は政務をしつつ、それらしい人物の目撃情報を集め、時には国外の事件に自ら出向いたりもしました」
そんなに心配してくれていたのね……
「ごめんね。ヴィルは王様になっちゃったし、白箔国への連絡手段がなくって……その、手紙は受け取らなかった?」
「ええ。即位式典のあった日に受け取りました」
そう言って彼は上着の下に着ているシャツのポケットから一通の封筒を取り出した。薄灰色だったはずの表面は一面茶色のまだら模様になっている。
「それと、ここに来る直前にも、もう一通」
そう言ってもう一通取り出した。くしゃくしゃになっているけど見覚えのあるものだわ。彼女、渡してくれたのね
「一通は血まみれの精霊から、もう一通は銀髪の不審人物から。どちらも喧嘩腰で渡されたので、あまり信用出来ませんでしたが、貴女が生きているらしいとはわかりました」
レーヘンが手紙を渡す際に攻撃したのは知ってるけど、マルハレータは何やったのかしら
「ファム、本当に私と一緒に白箔国へ帰ることはできないんですか?」
泣きたくなった。ありがとうヴィル。
「……ごめんね、ヴィル。私、帰れない」
あの国に私の帰る場所なんてもうないの。
「白箔国の家は燃えてしまったし、貴族に命も狙われているわ」
「大丈夫です。貴女の命を狙う者達はすべて処理しました」
し、処理? 何やったのかしら……
「そ、それにね、私、くろやみ国でやりたいことが沢山あるの」
「それはくろやみ国でしか出来ないのですか?」
「うん」
小さい小さい国だけど、大切にしたいみんながいる。あの枯れた大地で、見てみたい景色がある。
私の命を助けてくれたのも、苦しんでいる時に支えてくれたのも、くろやみ国。
「今の私の家はくろやみ国なの」
「……どうしてもですか?」
「私は戻らないわ」
ヴィルの瞳がふるえる。そんなに辛い顔はさせたくないのに
「ファム、私は」
「ヴィル」
彼が言おうとする言葉を遮るようにそっと手で頬に触れると、体ごと近づいてきた。両腕で囲まれるように抱きしめられ、身体が触れ合う。
この流れはまずいかも……!
「こんこんこん。えー白箔王はこちらですか?」
「……何やってるのレーヘン」
突然声が聞こえてきた方を見れば、無愛想な表情の銀髪の精霊が口で言いながら壁を叩く真似をしている。
「いつの間に部屋に入ってきたの」
「部屋に侵入したのは一瞬前です。ノックはしました」
「白箔国の精霊からそろそろヴィルヘルムス王を休めるように依頼を受けましたので、強制連行させて頂きます」
「……オーフが?」
ああ、なんだか今までに見たことの無いヴィルの表情だわ。なんていうのかしら、熱していた炭の上に灰を撒いたような
「ええ。どこかの王さまは二日前から動きっぱなしでろくに寝ていないそうですので、そろそろ限界かと。このあたりの結界を管理しているのもその人物ですので、倒れてもらうわけにはいきません」
倒れる寸前って、澄ました顔で何無茶やってるのこの人は……
「そう、じゃあもう休んだほうがいいわね。ヴィル、精霊が言い出すのってよっぽどのことよ。身体は大事にしてね」
私もあんまり人のこと言えないけど。
レーヘンがヴィルの背後にまわって羽交い絞めにする。
「ファ、ファム!」
あんまりに必死な様子で手を伸ばしてくるので、近づいて頬にキスをする。
いまはこれで精一杯よ。
「会えて嬉しかったわ、ヴィル。明日もお互いがんばりましょう。レーヘン、丁重に案内してあげて」
「わかりました」
レーヘンは羽交い絞めにしたヴィルを軽々と抱え上げる。
「それでは寝室にご案内します」
「待て、まだ……!」
「おやすみなさい」
騒がしい声と共にゆっくりと音をたてて扉が閉まる。
「ファムさま」
気がつくとハーシェ達が背後にいた。
「ハーシェ、ありがとう。サヴァ、寝台までお願い」
すがりつくようにハーシェに寄りかかって崩れ落ちるのを防ぐ。傍に来ていたサヴァが素早く抱き上げてくれて、寝台まで運んでくれた。
ずっと気を張っていたから、一気に疲れが出ちゃったみたい。寝台に寝かされながらハーシェが差し出してくる薬瓶を受け取って中身を飲む。
「ザウトが結界を調節しました。今日はもう来客が来ることはありません。サユカも引き続き回線を維持し続けていますから、ファムさまはゆっくり休んでください」
「あとは俺達がついています」
「ありがとう。みんな……お願いするわ」
ハーシェとサヴァの言葉になんとか返事をすると、意識が途切れるかのように眠りに落ちた。
◆
「寝る子は育つといいます。ここは大人しく引きさがってください」
「このタイミングはオーフの差し金ではないでしょう」
「ええ。来る途中でジェスルが足を引っ張ったので割り込むのが遅れました。彼ももう休んでいます」
「……強制的にではないのですか?」
「まあ似たようなものですね。あちらもだいぶ疲れていたようですから」
レーヘンは白箔王にあてがわれた部屋の前に来ると扉をあけ、抱えていた人物を放り込む。
そのまま床に落ちて気絶するかと思いきや、受け身をとって着地し睨んでくる。それをレーヘンは静かな表情で一瞥する。
「明日はあなたの結界を頼りにしているので、しっかり休んでください」
「それはどういうことですか」
レーヘンは返事をせず扉を閉めた。
「やっかいなモノが来るんです。ワタシ達が盾になりますから、あなたはファムさまを守ってください」
そう言うと精霊は銀色の髪の下で弱く微笑んだ。
ファムさん達の事情説明はちょっと後回しに