海の騒乱 11 ―面会2―
案内された青嶺国の客室には先客がいた。
寝台に横たわるキョプリュ前王を中心に青嶺国の見覚えのある面々。ハーリカ王妃も無事だったようで寝台の傍の椅子に座っている。
そこからやや離れた位置にある椅子には赤麗国の要人達がいた。
紅衛代表と、護衛の紅濫、そして女官長の紅祢。
「赤麗国もこちらでしたか。どうりで返事がこないわけだ。密談でもしていましたか?」
簡単な挨拶のあと白箔王が問いかける。まったく物怖じせず、余裕の表情で二大国を相手にしている。
「我々は見舞いと、状況の確認にきただけだ」
紅衛が眉をひそめ白箔王に答える。
「白箔王はお一人か?」
「そうです」
「単独で動きすぎじゃないのか?」
赤麗国の警備責任者の紅濫があきれたように言う。確かに、護衛する立場からすれば一人で出歩く王様なんて面倒極まりない存在よね。
「状況が状況ですから臨機応変に動いているんです。一応護衛もついていますのでご心配なく」
そう言って肩に小鳥達を乗せた白箔王は青嶺国の元へ行き、キョプリュの様子をみつつケセルやハーリカ王妃と言葉を交わす。
私はサヴァに赤麗国と青嶺国の中間あたりに椅子を運んでもらい、ゆっくりと下ろしてもらった。
「青嶺国の方々、こちらキョプリュ前王にとうちの精霊が調合した薬です。よろしければお使いください」
部屋を出る事をレーヘンに伝えた際に「渡しといてください」と言われた小箱を差し出す。
サヴァが運んで警備担当のケセルに渡し、ハーリカが笑顔で受け取った。
「まあ、助かりますわ。うちのおじいちゃん、普通の治療術が使えないから」
「ナハト代表の方は大丈夫かの」
寝台の上に半身を起こしたキョプリュが声をかけてくる。意識はしっかりしているけみたいだけれど、声に力がない。
「お気遣いありがとうございます。まだ万全とはいえませんが回復いたしました」
そう言って軽く会釈する。
「そこにいるのがサヴァかの」
続けてかけられた声にサヴァがその場で膝をつく。
「はい。元緑閑国のサヴァです。青嶺国での滞在の際には大変お世話になりました。お陰様で妹も元気に国で過ごしております」
「よかったのう」
キョプリュが微笑む。
「青嶺王や青嶺国の皆様の助力のおかげです。ありがとうございました」
サヴァは深く頭を下げた。
「息子は強い武芸者が好きだからのう。おぬしが生きておると知って喜ぶじゃろう。うちの騎士団には来てくれないのか?」
「申し訳ありません。俺の剣はすでに別の国へ捧げました。俺たち兄妹はくろやみ国で生きていきます」
「そうか、幸せにの」
「しっかり生きいくんですよ」
「はい」
キョプリュに続いてハーリカ王妃の言葉に頭を下げると、サヴァは立ち上がる。ふと目が合うと、明るい緑の瞳は静けさをたたえていて、とてもおだやかな色あいだった。
これで目的その二は達成ね。
「こちらも謝罪と礼を言わせてもらおう、くろやみ国。今回は赤麗国の内部騒動に巻き込んでしまい、申し訳ない。そして、脱出の際の助力に感謝する」
赤麗国の紅衛がそう言い、赤い瞳がぎらりと光った。
「おかげでようやく朱家を一掃する口実ができた」
紅衛は私達にではなく、この場にいない誰かに向かって物騒に笑う。
「これでようやく宰相に戻り咲けるのう、王弟殿。だがあんまり怨恨は残さん方がいいぞ、後々を考えるとな」
紅衛に対しキョプリュがのんびりと言う。
「年長者からの言葉として受け取っておきます」
紅衛は現赤麗国王の紅華の弟。でも宰相ってどういうことかしら? 事前の情報ではこの人の肩書きは宮廷内の書記官長だったはず。
「赤麗国は宰相が三人いる。紅衛は二年前までそのうちの一人だったが、政敵に引っ掛けられてひきずり下ろされた」
私の背後に立っている黒堤組のマヴロが小声で教えてくれた。
「現在朱家の者は全員拘束中だ。ほどなく国内も同じ状況になるだろう。今回のこともある。もし青嶺国や白箔国に逃げた場合は対処を頼みたい」
「逃げるとしたら玄執組でしょう。今回の転移事件は朱家が手引きしたようですが、あの海賊たちと手を組んで仕組んだ事ですから」
紅衛の言葉に白箔王が言葉を挟む。
「そういえば大空騎士団が早くに介入してきたのは、元々玄執組の動きを別の目的で追っていたからだそうですよ。だいぶやっかいな連中のようですね」
「今の大空騎士団の団長は抜け目ないからな。これをきっかけに徹底的に獲物を刈り取るつもりだろう」
膝を組み換え、紅濫が物騒な笑い方をしながら言う。
「ふうむ、本当はこちらである程度処理し終わってから大空に来て欲しかったが……この様子だと後処理に追われて会合は中止になりそうだのう」
え、それはまずいわ
「あの、会合は開いていただきたいのですが。今回もその要請のために面会に来たのです」
「状況が落ち着いたとはいえ、危険要素がすべてなくなった訳ではないぞ。目的は何かね?」
紅衛の言葉に両手をきゅっと握りしめ、私は全員に聞こえるようにはっきりと声を出す。
「私たちの国は精霊側から存在を認められましたが、人間側からも国として認めていただきたいんです」
キョプリュと紅衛がそれぞれの傍らを見る。
「ケセル、席を外せ。ついでに大空騎士団に明日の動きを確認してきてくれ」
「わかりました。白箔王、護衛を頼んでも?」
「かまいませんよ」
ケセルが退出し、赤麗国側から退席者はでなかった。
「ここからは国の機密に関わります。マヴロは同席しますか?」
白箔王がカラノスに問いかける。
「おう。お得意さん達の秘密はもらさねえよ。それに、俺個人もそっち方面ではあんまり部外者でもないんでな」
そう言ってカラノスは腰の剣を外してコトヒトとシシを出現させる。そして眼帯を外し、ずっと隠していた青い瞳をさらけ出した。
「まあぁあ!」
ハーリカ王妃が飛び上がり、駆け寄ってカラノスの顔を覗きこむ。
「あらま、綺麗なうちの青色だわ! それによく見たらうちのファジルちゃんにそっくり! 貴方どうしたの?」
「事情はそこの青いじーさんに聞いてくれ」
カラノスが寝台のキョプリュを示す。
え? どういうこと?
「あー覚えがあるようで、ないような……儂は黒堤組には縁がないはずだがのう」
キョプリュが声を小さくしながら胸元にかけられた上着の裾をいじっている。
「お袋は港町の酒場にいた歌い手だった。黒髪のな。俺はお袋が死んで子供のうちにオジ貴に引き取られた」
「おお、それなら覚えがあるぞ。死んだ息子の一人が良い女談義でよく話しておった相手じゃ。なんだ、儂じゃなかったか」
キョプリュの明るい声とは対照的にカラノスはどんどん面倒くさそうな表情になっていく。
「ほんとあんた達一族は自由だな」
「まあ、恋は時と場所を選ばんからの。だが子ができても親権をどうするかはちゃんと話し合うようにしておるぞ」
「俺の場合はお袋が譲らなかったらしいな」
「そうらしいのう」
なんだかややこしい状況になってきたわね。
「ちょっと、どういうことなの?」
「青嶺国の王族は特殊でな、こいつらの血が混じると一発でわかるようになっている。特に目だな」
私の問いに答えてくれたのは何故か赤麗国の紅濫だった。
言い終わってぼさぼさの赤い前髪をあげると、思っていたより凛々しく整った顔つきと橙色の瞳が現れる。瞳の色は何度か瞬きをするとカラノスと同じ青い色になった。
「おい、黒堤組のマヴロさんよ、こいつがそこの国精霊にバレると問答無用で青嶺国王族達の身内扱いされるぞ。特に精霊達にな」
「げ、まじか」
しまったという表情でカラノスが片目を手で覆い隠すが、ハーリカ王妃がとても良い笑顔で見ている。もう手遅れみたいね。
「言っておくが、別に俺は王族相手に権利を主張する気はないからな。今の俺は黒堤組の男で、オジ貴の息子だ」
「でもうちの親戚みたいなものよね、うふふ嬉しいわ。これからよろしくね」
ハーリカ王妃の笑顔にカラノスの顔がひきつり、一歩下がる。それから青い瞳をさらけ出している紅濫を見る。
「あんたのその前髪は目を隠すためなのか?」
「ああ。この色はさすがに赤麗国じゃ悪目立ちするからな。下手すると命にかかわる。普段は紅祢ばーさんに術をかけてもらって人間や精霊からも隠しているが、それでもたまに気づく奴がいたりするから髪は念のためで……あだだだ」
「礼が欠けていますよ。せめて紅祢おばさまと言いなさい」
そう言って紅祢が紅濫の耳をひっぱった。
「黒堤組のマヴロ、カラノスといったかの、ぜひ今度うちの王宮へ遊びに来とくれ。皆よろこぶぞ」
「いとこでもこんなに似るのね、ファジルちゃんと並べて見てみたいわ」
にこにこ顔の青嶺国陣にカラノスはため息をつくと、両脇にコトヒトとシシを控えさせ、腕を組む。
「黒堤組の取引相手としてなら対応するぜ」
彼達の会話を聞きながら、私は椅子ごと移動してカラノスから数歩離れた位置に移動する。
「オイ、なんで俺から離れるんだ」
「えっと、面倒そうな血統だから距離置こうかと」
「普通逆だろ、利用しようとか思わねえの」
「そんな悪知恵働きません」
ただでさえ自分たちのことで手一杯なのに。
「働かせろよ。んで俺を誑かしてみせろよ」
ぎゃー近寄らないで耳元でささやかないで!
「ここで法術の使用は極力避けたいのですが」
耳元に顔を寄せるカラノスを押し戻そうとしていると、ヴィルヘルムス王が鋭い視線と共に低く声をかけてきた。
ううう、大事なやり取りの場で何やってるのかしら私達……
「ああ、後であんたのいない場所でゆっくりとさせてもらうさ」
ちょっと、せっかく注意してくれた相手に対し失礼よ!
カラノスが不遜な態度で笑うと、何故か部屋の壁際にあった棚のガラス戸が割れた。
な、何? また襲撃?
『問題ありません。室内に張られていた結界にひずみが発生したので、こちらで強化しました』
ザウトが声に出さずに報告する。
「なにやら面白いことになっておるようだのう。たが白箔王よ、そういったやりとりは外で頼む」
「すみません」
キョプリュの言葉に何故かヴィルが答える。
それから青嶺国の老人は一つ咳をして、私の方を見た。
「それで、くろやみ国は何故そう強く会合の開催を希望するんじゃ? お主もまだ身体が辛いだろうに、なぜそう急ぐ?」
どうしようかしら。ここですべて話すべきなのか、それとも事情は隠しておくべきなのか……
「理解を求めるのでしたら話した方が得策ですよ」
紅祢が静かにこちらを見つめていた。
「……わかりました」