海の騒乱 10 ―面会1―
くろやみ国の銀の鎧姿の精霊ことジルヴァラは、大空騎士団の調査部隊に案内され玄執組の船内を見て回っていた。
「これは黒堤組でも使われている通信装置ですね、こちらは周辺の海底の様子を探査するものです」
あちこち説明しながらひと通り見て回り、最下層にある厳重な扉の先にあった部屋でジルヴァラの足は止まった。
「これは先ほどご説明したモノの一つ。思っていたよりしっかりしたつくりのようですね」
そう言いつつ、一見すると素焼きのようなざらつきのある物体を叩く。
「こいつは動かないのですか?」
団員の一人がジルヴァラに質問する。
「これは中が空のようですから動きません」
そう言うとジルヴァラは拳を作り、物体と、物体を保管していた装置もろとも破壊していく。
「すみませんが、これ万が一使われたら危険なので処理させて頂きます」
粉々になっていくソレを見て、驚いている騎士団員の中から一人が進み出た。
「どう危険なのか教えていただけませんか? 同型のものが沿岸の方で確認されましたが、そちらは動いていました」
「海岸地域はそれでやばいことになってるらしいな。うちの団長達が近海で待機中なのもそれだろ?」
腸詰め肉を挟んだパンにかじりつきながらジェスルが話に加わってきた。部隊長の行儀の悪い姿に部下の一人が小言を言うが、彼は気にせず話し続ける。
「勘弁しろよ。俺昨日から飯食べてないんだって。そういや一緒に破壊行動する銀髪の目撃情報もあったっけな?」
ジェスルはそう言いながらジルヴァラを見てにやりと笑う。
「ええーーっと」
銀色の騎士は大空騎士団員達から沿岸で起きている騒動のあらましを聞き、この件についてはまるっとファムの判断に委ねようと決めた。
◆
「あんた達も急ぎの用事があるのか?」
「……ええ」
隣からヴィルの視線を感じつつ、私はしっかりと頷いた。
私たちは予定通りの日程で、遅れること無く帰国しなければならない。そうしないと……
「わかった。ニカノル、書状用の紙を準備しろ。形は略式でいい」
私の視線を受け、カラノスはグラスの中身を飲み干すと待機していた部下に声をかけた。
「ナハトさんよ、面会の要件はどうする?」
え、面会に要件って必要なの? どうしようかしら。
「挨拶をしたいと伝えればいいでしょう」
横からヴィルが言った。
「ちょうどいいので白箔国も便乗させてください」
ヴィルはそう言うと上着の内ポケットから上部に印章のついた金の指輪を取り出す。
「マヴロ、宛名はキョプリュ前王と紅衛殿下に。名指しのほうが効果的です」
「わかった」
カラノスはニカノルから透かし模様の入った薄い灰色の紙を受け取ると、黒いグローブをはめた左手で模様の一部をなぞる。それから筆を受け取ってさらさらと文面を書いた。
「できたぞ。内容に問題なければ署名してくれ」
そう言うとカラノスは腰につけたシシの剣から飾り紐を取り外し、その先に結ばれた石を押し当てヴィルの前に差し出す。
ヴィルは書面をざっと読むと指輪の印章部分を押し当て、二枚とも私の前に置いた。
これ、くろやみ国の署名印が必要ってことよね。
うちはまだ正式な印を公開していないから私達だと証明できるものなら何でもいいわよね。
『ファムさま、ファムさま』
ハーシェの声が頭に響いて、振り向くと小さな何かを手渡された。
手のひらに乗ったそれは指先ほどの大きさで花びらのように見える。指で触ると硬くて、かなり薄い。結晶の破片のようにきらきらしているわ。色は銀色がかった半透明。
もしかして、これブルムの鱗?
『遊んでいた時に剥がれたものなんです』
確かにあの銀の子竜は他国に存在しない。
これならなうちの国の証明になるわね。
ブルムの鱗をそれぞれ一枚ずつ、二通の書面の黒堤組の組頭の印章と白箔王の印章の隣に乗せる。
……どうやって貼り付けようかしら。特殊な紙っぽいけれど、糊とかでくっつくかしら?
「おまかせくださいです」
今度は膝にいたザウトが声をあげ、テーブルの上に飛び乗る。とてとてと歩いてブルムの鱗までくるとその上に片足をちょこんと乗せ、ぺたぺたと踏みしめる。
「「……」」
黒堤組の組頭と白箔王がすっごい無言で小さなフクロウの動きを見ている。
「できましたです」
少ししてザウトが足をどけると、鱗の表面はきらきらと光っていて、触ってみると綺麗に貼り付いている。
「紙にかけられた術を利用して固定しました」
「ありがとう、ザウト」
自慢気な影霊の頭をなで、鱗の傍に手持ちのペンでナハトの署名を入れた。
「できたわ」
完成した書類を差し出すと、ヴィルとカラノスが覗きこむ。
「初めて見る固定方式ですね」
「鱗? あの小さい竜のか」
「これは臨時のものだけど、これでくろやみ国だと通じるでしょう?」
「そう言われりゃそうだが」
カラノスはそう言うと二通の信書を部下に渡す。
「そちらの喋るフクロウは変わった特技を持っているようですが……精霊ではないようですね」
ヴィルがまばたきせずじっとザウトを見つめている。すごく興味を持たれているわ。
「えっと、この子はくろやみ国に住むちょっと変わった種族なの。あの、あまり気にしないで」
そう言ってザウトを持ち上げると素早く膝の上に戻し、ヴィルににっこりと微笑む。
それからしばらく待ち、私がコップの中身を飲み干す前に青嶺国からの返事が返ってきた。思っていた以上に返答が早かったのは、青嶺国の一団が今この船にいるかららしい。
身だしなみを整えて、黒いヴェールをつけて、まだちょっとふらつくのでサヴァに抱えられて移動する。ハーシェとサユカは部屋で待機してもらう。
「重かったら途中から歩くから言ってね」
サヴァがこわばった表情でいるので声をかける。鎧を着ていないのでぎこちない様子がよくわかるわ。
「いえ、重くはないんですが、腕の力加減に不安が……あの、痛かったら言ってください」
「わ、わかったわ」
不安になったのでしがみつくように首に回した腕をさらにしっかりからめると、サヴァがより硬直した。
そういえばマルハレータがサヴァは女性が苦手と言ってたわね。
「限界がきたら交代するぜ」
横からカラノスが口の端を上げながら言うので、思いっきりにらむ。
「サヴァはすぐに慣れるわ。うちの騎士をなめないでちょうだい」
「おーおー、元気が戻ってきたようで。しかしその黒い霧で顔が見えないのは寂しいな」
「ヴェールの下では睨んでるんですけどね」
「なにしてるんですか」
声のした方を見ると隣室から出てきたヴィルヘルムスがこちらをじいっと見ていた。しっかりと服装は整えられ、白箔王の正装に戻っている。肩の小鳥は何故か三羽に増えていた。
「ファム、私が運びますよ」
そう言って彼も手を差し出してくる。
「白箔王が他国の使者を運ぶなんて変よ。……それと、一応ここからはナハトとお呼びください。ヴィルヘルムス王」
「……わかりました」
手をゆっくりと下げ、目線を下げて言う姿に胸が締め付けられた。
元々、遠目で見ることが出来ればいいって思っていた相手。それがこうして眼の前で言葉を交わせるなんて思ってもみなかった。
再会の勢いで気軽に言葉を交わしていたけれど、彼と私の距離はもう近くはない。ちゃんと他国の王として向き合わなくちゃ。
「ですがせめて……部屋に戻ったら、また先ほどのように話させてくれませんか?」
「え、ええ」
距離を置かなくちゃと意気込んでいたのに、ヴィルがあんまり寂しそうに言うので思わず頷いちゃった。
隣のカラノスがなにやら苦い顔をして酷く物言いたげだったので、色々言われる前にサヴァを急かしてさっさと移動を開始する。
早足で移動する間に、白箔王が追いついて小声で話しかけてきた。
「正直に言います。白箔国とは別に、私個人としては会合は中止になっても構いません」
「え?」
「目的の一つは果たせました」
「目的?」
「貴女を探し出すことです。そのために考えられるありとあらゆる手段を講じました。この会合もその一つです」
「他の目的もあるの?」
「はい」
そう言うとヴィルはじっと私を見つめ、言った。
「貴女を取り戻すことです」
私を抱えるサヴァの腕にわずかに力が入り、肩にとまっているザウトが頬にすりよってきた。
◆
ジルヴァラは船の甲板から満天の星空をじっと眺めていた。
別に遥か彼方に広がる世界に思いを馳せているのではなく、惑星軌道上にいる精霊達と必要な情報を交換している真っ最中だ。
「やはりそうだったんですか。ええ、想定外でしたよ。予定が一気に早まってしまいました」
銀の鎧が独り言をつぶやく姿を大空騎士団の団員達が不気味そうに遠巻きに眺めているが、ジェスルだけは気にならない様子で調査結果をまとめつつ、かじっていた携帯食のビスケットをブルムに与えようとして尻尾で叩かれていた。
「え? なんでそんなことに? はあ、そこからだと見応えの有りそうな光景でしょうね。まあ確かにそうなんですけど、現状としては喜ばしくないですよ」
空の上から降ってくる呑気な言葉にジルヴァラは相槌をうちつつ、別回線で会合に参加した精霊達とも情報をやり取りして対策をまとめあげる。
「まあとにかく、やってみるしかありませんね」
ジルヴァラは自分の足元を見つめる。この会合に参加しに来た精霊達の中で一番戦闘に向いているのは自分だ。
「あの、さっき破壊した同型のものがここへ来るのですか?」
精霊の独り言を聞いていた大空騎士団員の問いに、ジルヴァラは首を横に振る。
「いいえ、ソレではありません。もっと危険なものです。みなさんを集めてください。緊急でお話があります」