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くろやみ国の女王  作者: やまく
第五章 海の上の会合
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海の騒乱 8 ―思いと答えの涙―

 

 

 

 どこからどうみてもヴィルに見える人物が部屋の扉の前に立っている。正確には白箔国のヴィルヘルムス王が。

「げ、幻覚!? どうしよう、私とうとう頭が可笑しくなっちゃったの?」

「落ち着いてくださいファムさま。はい、お水飲みましょう」

 ハーシェが私の肩をなでながら落ち着いた様子で語りかけてくるので、私もすこし冷静になってきた。

 さっきまで訳のわからない精霊界なんて場所にいた記憶があるし、目の前の光景が信じられなくて不安になる。

「大丈夫ですか?」

 幻覚が話しかけてくる!


「ファムさま、脳の働きは正常です。その男は本物で、ちゃんと目の前にいますよ」

 腕組みをしたレーヘンがヴィルを横目で睨みながら言う。


「どういうことなの……うう」

 驚いて大声をあげたせいか、ひどいめまいに襲われて頭を抱える。

「ファム」

 扉の前に立っていた白金色の髪の青年が早足にこちらに近づいてきた。

 うん……歩き方もヴィルだわ。


「ヴ、ヴィル……なの?」

 本物に思えない。でも彼がじっと見つめてくるのが懐かしくて、うれしくって、声が震える。思わず手を伸ばすと、両手でしっかりと握ってくれた。

 顔を見上げると、違和感に気がついた。

「な、泣いてるの? 大丈夫? ヴィ、」

 もう一度名前を呼ぼうとしたらいきなり痛いくらいの力で抱きしめられた。それからがっちりと両頬を押さえつけられ、キスの嵐が降ってくる。

「ちょ、っちょっと、~~~っ!」

 まぶた、額、頬に目尻に鼻先に、唇……久しぶりの感触に全身の肌が粟立ち、くすぐったくなる……というか

「話をしま……うう」

 なんとか会話をしようと口を開ければ、深いのがやってきた。

 しばらく翻弄されて、ようやく向こうが落ち着きを見せた瞬間にヴィルの顔を両手でめいっぱい押し返して遠ざける。

「ちょっと、もう、話をききなさいよヴィル!」

 突っ張った先の両手に包まれたヴィルの顔は不満そうだったけれど、なんとか大人しくなってくれた。このやたらと強気なところ、ヴィル本人だわ!

「とりあえず、はい、これ」

 涙を拭くために枕元にあったタオルを差し出すと、腕ごと掴まれて彼の目元にやられてしまった。

 仕方がないからそのまま涙を……

「止まらないわね。大丈夫?」

 いくらタオルをあてて吸い取っても、ヴィルの涙は静まることなく流れ続ける。

「私にもわかりません。どうしてだか止まらない」


 喋れるくらい落ち着いたみたいなのでそっとタオルを外すと、今度はおずおずと触れるかのように抱きしめられた。

「ファム、ずっとあなたに会いたかった」

 そう言ってヴィルは身体の奥から絞りだすような深い溜息をついた。

「本当に無事でよかった」

 私の身体に回された両腕が震えている。服越しに彼の存在を感じて、私も一気に目が熱くなってきた。

「私も、私もよ、ヴィル。すごく会いたかった」

 今出来るかぎりの力を込めて目一杯抱きしめ返すと、どこか安心したかのように腕の力がぎゅっと深くなった。


「無事に生きて言葉を交わせる。それだけでも嬉しいのに、あなたは私を忘れずにいてくれた。名を呼んでくれた」

 忘れるわけないわ。あなたは私に光をくれた人だもの。

「これも忘れてないわよ」

 そう言ってそっとヴィルの頬にキスした。

「嬉しくてたまらない」

 ヴィルの顔、泣いたり笑ったり、大変なことになってるわ

「顔、凄いことになってるわよ?」

「あなたの顔だって」

 そう言ってお互い笑い、またキスをしようとしたところで声がした。

「そろそろ落ち着きましたか? ファムさま」


 振り向くと、どこか不機嫌な顔つきのレーヘンをはじめとして、サユカとザウトを抱えたヴェール姿のハーシェ、視線が遠くをさまよっている黒い騎士服姿のサヴァ、サヴァの肩で眠そうにしているブルム、皆が勢揃いしていた。

「ぎゃーっ! ヴィルちょっと待って! ちょっと……ううう」

 びっくりして思いっきりヴィルを寝台の外まで突き飛ばしてしまい、私は頭痛とめまいで寝台の上に倒れこんだ。



「ええと、それで、どうしてヴィルがここに?」

 ふたたび水を飲み、さらに甘いゼリーのようなものを食べると体調もだいぶ落ち着いた。

 改めて質問すると何故かレーヘンとヴィルが同時にサヴァを見る。

「ええとその、白箔王がひどく気にされていたんで、同行してはどうかと提案したんです。あのままだと戦闘になりそうだったんで」

 レーヘンとヴィルのちょうど中間あたりの場所に立っているサヴァが言った。


 詳しく話を聞くと、どうも私が倒れた直後に騒動があってヴェールが外れ、ヴィルはそのまま意識のない私を守ってくれていたけれど、救出に来たレーヘンと鉢合わせになって、一触即発の状態になってしまったらしい。

「正体不明の銀の騎士が例のやっかいな闇の精霊だとわかって、全部納得しましたよ」

「それはどうも」

 ヴィルが眉間にシワを寄せて言うのに対し、精霊は涼しげな顔で空になった薬瓶を片付けながら答える。

 そういえばレーヘンは私からの手紙を届けてもらった際にヴィルと戦闘になっちゃったのよね……

「あの、その節はごめんなさいね?」

 闘技場でも白箔国の人たちに追われたし、やはりうちとの関係って問題になっているのかしら。

「それが国の方針なら仕方ありません。国精霊は自国の為になるなら何にだって手を染めますし、国主の言葉以外従う必要ないと考えている存在ですから」

 眉間に皺を寄せたままヴィルが言う。

 あー、その、精霊に好き勝手させちゃった私の責任ってことよね、それ。

 ナハトの正体は知られちゃったけど、ヴィルは私の立場がただの使節団代表だと思っているみたいね。


「同行する条件として白箔王には武装解除していただいています。法術に使う道具一式は俺が」

 そういえばヴィルはずっとクリーム色のスラックスに白いシャツ姿だった。見ればサヴァの傍にあるテーブルの上に法術士のグローブや腕輪などが白箔王の凝った刺繍の入った白い上着と一緒に置かれている。


『もし何かの術が発動すれば即座に干渉・停止しますです』

『不審な動きをした場合、速攻で仕留めさせていただきますわ』

 頭の中にザウトちゃんとブルムちゃんの声が聞こえてきた。


 一国の王が他国の領域内でほぼ丸裸の状態でいるという状況に、思わず寝台の傍に立つヴィルを見上げると、深い金色の瞳はまっすぐこちらを見ていた。

「状況が状況ですから覚悟の上でここにいます。私が何かしない限り身の安全は保証すると、そちらの漆黒の騎士と約束しました」


 確かに、ここで白箔王をどうにかしちゃうと後で困るのは確実にうちの国だから危険は少ないだろうけど……ブルムをはじめ影霊達がヴィルの一挙一動を注意深く観察しているのがわかるし、レーヘンが先ほどから不自然なくらい静かなのも気になる。

 サヴァがいつもより私の近くにいるのは、ヴィルを守るためでもあるのね。

「私がいうのもなんだけど、あんまり危ないことしちゃ駄目よ?」

 そう言いながらヴィルの頬に触れると、彼は自分の手を重ね、微笑む。

「はい」

 以前と変わらない、嬉しい時にする表情に、胸の奥が締め付けられる。


「そういえば他の白箔国の人たちは? あなたがいないと大変なんじゃない?」

「彼らには別の場所で体勢を立て直してもらっています。うちの国の使節団にも密偵が紛れ込んでいたので、あぶり出しと、その後処理の真っ最中です」

「そうなの……」

「あちこちから狙われている私が留守にしていたほうが、部下たちも動きやすいんですよ」

 ヴィルは慣れた様子で言う。白箔国上層部ってけっこう物騒なことになっているのね。ちょっと詳しく聞きたいけれど、ここはあんまり深く尋ねないほうがいいかしら……

 それに、今はもうあの頃とは違う。私はくろやみ国側で、彼は白箔国を守る立場だし……

 なんだかぎこちない雰囲気になったところで部屋に扉を叩く乾いた音が響いた。


「どうぞ」

 サヴァが答えると扉が開き、黒堤組が現れた。

「ようやく起きたか」

 目が合うと厳しい顔つきだったカラノスの表情がゆるみ、眼帯に隠れていない方の黒い瞳で微笑むのが見えた。

「ええ。おかげさまで」

 ということは、ここは黒堤組の船なのかしら?



「国を放り出して他国の者と歓談とは、いい身分ですな白箔王」

 カラノスが部屋に入りながらヴィルに嫌味を言う。

「放り出していませんし、我々にも事情があるんです」

 そう返事をしながらヴィルはヴィルで何食わぬ顔をしながらカラノスの部下から茶色の小鳥を受け取っている。

 あんまり和やかな関係には見えないけれど、顔見知り以上ではあるらしい。


「……滞在料金割増しだからな」

「どうぞ。そのかわりちゃんと警備をお願いしますよ」

 一瞬の睨み合いのようなものあと、カラノスがこちらを見た。

「くろやみ国さんよ。また赤麗と青嶺から援助要請がきてるぜ。どうする?」

 援助要請? 一体何かしら?


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