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くろやみ国の女王  作者: やまく
第五章 海の上の会合
79/120

海の騒乱 6 ―両腕―

 

 

 死んではいない。だが意識が戻らずぐったりした様子にはただならぬものがある。

「おいヴィルヘルムス、お前血まみれじゃないか」

 ケセルがヴィルヘルムスの様子に気づいて驚きの声をあげる。

 ナハトの右腕を持ちあげていたヴィルヘルムスの両腕は袖ごと切り裂かれ、傷だらけで床には血が滴り落ちている。

 ヴィルヘルムスは指摘されて気がついたらしく、両腕を見てわずかに顔をしかめる。

「さっき体当たりしながら無理やり術を展開していたな」

 ケセルは白い霊晶石を取り出すと、補助しながら精霊術を発動させ裂傷の応急処置をする。

「ありがとうございます」

 腕の出血が止まったのを確認し、ヴィルヘルムスは礼を言った。


「さあて、他の奴らが来る前に脱出するぞ」

 部屋の外に出て様子を確認してきた部下の報告を受け、紅濫が言った。

「ナハト代表が甲板までの経路を確保してくれているようだ。一か八か、それにかける。それに」

 轟音がして部屋が大きく揺れた。

「外に救援が到着したようだ」


「我々も同行願えるか?」

 青い服の部下に補助されながらキョプリュを背負い、ケセルが立ち上がる。

「ああ。この状況下でその人数じゃ青のじいさんを守るのも大変だろう。いいな、紅衛殿下」

 自分を含め部下達の装備を確認しながら紅濫が紅衛に呼びかける。

「もちろんだ。ちゃんとお守りしろ」

「ナハト代表は紅梅が」

 紅祢の指示を受けて紅梅が動くが、ヴィルヘルムスが拒否した。

「この人は私が連れていきます」

 そう言うとヴィルヘルムスはゆっくりと彼女の身体を抱えあげる。頭を自分の左肩に預けさせ、左腕で腰から腿を支える。あいた右手でそっと顔にかかった髪をどけようとするが、指が震えてうまくいかなかった。そして右腕で足をすくい上げるように支えると、崩れないように位置を安定させ、仕上げとして両腕に“補強”と“維持”の法術をかけて固定した。

「両腕にあんな術を……」

「もしもの時に誰が結界を張るんだ」

 ヴィルヘルムスが自分の両腕をとっさに解除できない強固な術で固定してしまったのを見て、青嶺国側から不安そうな声が上がる。

「指先が動けば結界も法術も使えます。最低限の支援はできますが、皆さんも自衛をしっかりなさってください。赤麗国の方々はキョプリュ前王とケセル達をお願いします」

 周りの視線を物ともせず、ヴィルヘルムスは淡々と答える。

 ケセルは彼の表情を見ると頷いた。

「分かった。ナハト代表のことは任せる。こちらも腕がふさがっているからな。ちゃんと自分で対処しろよ」

「白箔王がそう言うんじゃ、大丈夫じゃろう。その方は我々を助けてくれた。見捨てるわけにわいかん」

 最後にキョプリュが配下の者たちを見渡し、ゆっくりと言った。


 ヴィルヘルムスが両腕に抱えた人をもう一度見ると、いつの間にか灰色のちいさなフクロウがナハト代表の上に乗っていた。落ちていたヴェールの冠をくわえ、大きな瞳が不安そうにヴィルヘルムスを見上げてくる。

「大丈夫です。君の主人は私が守ります」





「こ、殺さないでくれ!」

「殺しませんよ。死にますと脳から情報が得られませんからね。ですが死が欲しくなるくらいの苦痛や恐怖なんて、いくらでも提供出来ることをお忘れなく」

 そう宣言するとジルヴァラは相手の四肢を突いて自由を奪い、最後に頚椎を突いて意識を落とす。


「ジルヴァラ、動力室はこの階層だ。俺は先にそちらへ向かう」

 行く手を塞ぐように襲ってきた黄色いゲル状の物体を剣で切り裂き、活動を停止させていたズヴァルトが言った。

「わかりました。あ、そのケープ貸してください」

 ジルヴァラがズヴァルトから受け取った灰色のケープを棒状にくるくると巻き、仕上げに一振りするとかつて闘技場で使用したものと同じ形状の灰色の槍になる。

「はいどうぞ。こないだの改良版です。力加減はこちらのほうがやりやすいでしょうから、情報が引き出せそうなものは残しておいてください」

 そう言って灰色の槍を手渡す。

「了解した」

 ズヴァルトは床に倒れ痙攣する海賊を見て頷き、動力炉を破壊すべく走りだした。


「オマエら、けっこうえげつない事もするんだな」

 大空騎士団の制服を着たジェスルがようやく追いつき、倒れている海賊達に回収用の目印を法術で付けていく。

「ん? もしかして精霊が俺達兄弟に突っかかってくる時ってけっこう手加減されてるのか?」

「もちろん。あなた方に対してのは遊びですから」

 顔色を悪くするジェスルに対し、ジルヴァラはおだやかに答え、また別の相手に腕から伸びた銀の針を突き刺した。



 ジルヴァラが海竜に乗ったズヴァルトと合流し目標の船に接近する途中、何故かジェスルがブルムを連れて現れた。


 ナハトと別れたブルムは船を飛び出し高速で海の上を飛んでいたが、どこをどうしたのかたどり着いたのはジェスルがいる大空騎士団の船だった。

 言葉は通じないがブルムの慌ただしい様子と、首に巻かれたナハトの衣装を見たジェスルは、異常事態が起きていると判断し、団長エシルの許可を得て自分の小隊と共に高速移動船で会合が行なわれているはずの海域へ向かった。


 目的の海域は混乱状態だった。いるはずのない略奪が得意な海賊船団、そして海上にそびえる小山のような竜。

 ジェスルは海竜を見て興奮しつつも、その頭部に見知った騎士の姿を見つけ、ざっくりと事態を把握しくろやみ国に協力を申し出た。

 一行が目的の船に接近すると強い結界に阻まれるが、ジルヴァラが内部にいるナハトから通信を受け、終わって少しの時間が経過すると結界が消える。すかさず海竜が体当たりをして船の動きを止め、一気に乗り移った。

「まどろっこしい」

 このあたりでジルヴァラが勝手に動き出した。手刀を鋭い刃物に変形させて頑丈な壁をさっくり切り裂くとどんどん内部に侵入し、ズヴァルトとブルムがそれを追う。

「うおおおい、オマエ何いきなり人間やめちゃってんの?」

「フシャー! (ぼやぼやしてるとおいてきますわよ!)」

「わかってるって! お前たちは情報の確保と増援の手配を頼む」

 ジェスルは部下達に指示を出すとくろやみ国の騎士達を追って走りだし、現状に至る。

 


 襲ってきた邪魔なものをひと通り排除し終えると、ジルヴァラは動きを止め船内の音を拾う。

 何階層か下で聞き覚えのある複数の足音が聞こえ、その音の調子や声から状況を察知する。

「ブルム、この真下です。底を撃ちぬくつもりで先導を」

「キシャー!(お任せを!)」

 ジルヴァラの指示でブルムが勢い良く羽ばたき、一度天井へ向かって飛び上がると大きく口を開け、真下に向けて衝撃波を放つ。

 数人は余裕で通り抜けられる穴を一撃でつくりあげ、ブルムは元気よく降下していく。

「うそぉ」

 仲良くなったと思っていた小さな子竜の、思っていた以上の攻撃力にジェスルは目を丸くする。

「そういえば、どうやらナハトさまは青嶺国の集団と一緒にいるようですよ」

 ジルヴァラはそう告げるとブルムの作った穴から階下へ向け飛び降りた。

「おう、じゃあ俺もついてく!」

 慌てて返事をしたジェスルは剣に複数の術をかけ、続いた。


 ジルヴァラが目的の階に到達し、降り立った廊下を走り角を曲がったところで目的の集団が現れる。

 ブルムとザウトが飛び回っている真下、集団の間から流れおちるかのように長い黒髪が見えた。

「……!!」

 呼びかけようにも呼びたい名前で呼ぶ事は許されていない。この人間たちの前では。

 ジルヴァラは無言で駆け寄る。

「くろやみ国の騎士か」

 集団を守るようにして立ち塞がった一人が言う。

 面倒なので排除したかったが、どれも会合の警備で見た覚えのある顔なのでジルヴァラはこらえ、出来うる限りの冷静さを保ち、話しかける。

「何があったんですか」

「お前の国のナハト代表は先ほど外との通信中に倒れた。意識はないが生きてはいる」

 立ちふさがっていた人物が脇へ流れ、ジルヴァラは目的の相手へとまっすぐに歩み寄る。

「本当に、いつも無茶をされる……」

 そうつぶやきながら顔を覗き込み、白銀色に包まれた拳をほどいて指先で白い額にそっと触れ、顔の輪郭をたどるようにすべらせ首筋で止めて体内の命脈の様子を確認する。予想されていた中ではそう悪くない状態だったのでジルヴァラは肩の力を抜いた。

「ひとまずは大丈夫のようですね」

 あとは一刻も早くちゃんとした治療をせねばと、ナハトを受け取ろうと両腕を差し出すが、ボロボロの白い袖に包まれた腕に遮られた。

 顔を見ると、覚えのある忌々しい男がこちらを見ていた。

「邪魔をしないでくれませんか?」

「ようやくこの人を見つけ出せたのに渡せと?」

「ええそうです。この方は我が国のとても大切な人ですから」

 王と銀色の騎士は睨み合う。

「どうしたんだ白箔王」

 赤い髪の男が訝しみ声をかける。

「何をしているんだ。この人はくろやみ国の要人だぞ」

 今度は紺色の髪の男が言う。

 白箔王である忌々しい男は周囲の声に耳を貸さず、ジルヴァラから目を離さない。

 ジルヴァラも、なんとか殺さずに相手を排除できる隙をつくれないかと、動かない。



「お、ヴィルヘルムス、それとみんな、無事だったか!」

 ようやくジェスルが追いつき、緊迫した状況に場違いな明るさで声をあげる。

「げ、ジェスル。何して……ぐえ」

「ジェスル! またお前は、こんなところでなにしとるんだ! 仕事はどうした!」

 ケセルが驚きの声をあげるが、背中のキョプリュも驚いたようで思わず首に回していた腕に力が入り、ケセルが窒息しかける。

「今回のこれは仕事だ! 青嶺国から大空騎士団に緊急の連絡がきて駆けつけたんだよ!」

 キョプリュに負けじとジェスルも怒鳴り返す。

 ふらふらと出かけては騒動を起こす一族は、危機的状況や危険が迫っている時など奇妙な状況で再会する事が多いため、出会い頭に驚きと腹立たしさで怒鳴ってしまう習慣がある。ちなみにキョプリュの場合、自分の過去をまるっと棚に上げて孫を叱る事が多い。


「あ、そうそう、お袋は無事だ。ここに来る途中の海で七色イルカと泳いでたから拾った。今は会合をやってた場所に戻ってもらっている」

「そうか、よかった」

 王妃の無事を知り、ケセルほか青嶺国使節団に安堵の表情が浮かぶ。

「戻り次第ハーリカさまにキョプリュさまの治療を頼まねばならない」

「おう、じいちゃん、俺が守ってやるからな、あとちょっとだけ頑張れよ!」

 ケセルの肩越しにジェスルが声をかけると、キョプリュはそっぽを向く。

「うるさいわい」


「ところでさっきから何突っ立ってるんだ? ああ、固定してるのか」

 ジェスルは白箔王とくろやみ国の騎士が睨み合っているのを見て素早く状況を理解すると、ヴィルヘルムスの術を勝手に解除した。

 術が解かれるとジルヴァラが素早く腕をねじこんでナハト代表の身体を奪い取るように抱えあげる。

 上空を舞っていたザウトが素早く降りてきてくわえていた黒い冠をそっと頭に乗せると、ナハトの身体は黒い霧のヴェールで全身を黒く包まれた。


「……友人に本気の殺意を覚えたのは初めてです」

 一瞬呆然としていたヴィルヘルムスが正気に戻り、低い声でつぶやく。

「うちのを殺さんといてくれんか。いろいろアホじゃが、孫は孫なんでの」

 これまでのヴィルヘルムスの様子から何かを察していたキョプリュが弱々しい声で助命を乞う。

「この人はずっとヴェールつけてないとまずいんだって。倒れたんだろ、治療しないと」

 ヴィルヘルムスが探している相手が別人だと思い込んでいるジェスルは動じない。

「どういうことですか?」

「詳しくは知らないが、長時間外にいること自体あまりよくないらしい」

「その王子が言っている事は真実ですよヴィルヘルムス王。あり得ない事ですが、命脈が暴走を始めて内側から肉体が崩壊しかけています」

 それまで黙って様子を見ていた紅祢が驚きを隠せない表情で言った。

「今は強制的に休眠状態になっているため進行が遅くなっていますが、一刻も早く手当をしないと間に合わなくなるかもしれません」

 ジルヴァラはそう言い、目の前の男を見つめた。

「今度こそ本当に死んでしまいますよ?」

 ヴィルヘルムスの瞳から全ての感情が消えた。


「それでは」

 用は済んだとジルヴァラが背を向けたところで首筋に気配を感じ、動きを止めた。

「待ちなさい」

「なんですか。ワタシは急ぐのですが」

 顔だけ振り返ってみればヴィルヘルムスがジェスルの剣を奪い、首筋にあててきている。ただの刃物であれば無視できるが、何らかの術がかけられているようでないがしろに出来ない。

「治療の後に彼女に会わせてください」

「できません。というか、嫌です」

 不満があるのでジルヴァラは素直にそう言った。本人がナハトとして会うと言っても、面会の依頼は可能な限り排除するつもりだった。

 視界の端で精霊の知り合いが驚きに目を見開いているのが見えるが、これもやはりどうでもいいのでジルヴァラは無視する。


「ジルヴァラ、一体どうした」

「くろの騎士、いやズヴァルトか」

 そこへ動力炉を破壊してきたズヴァルトがやってきて、自国の騎士と他国の王が一触即発状態になっているところに合流する。

 彼はジェスルほど状況の察知や人の機微に鋭くないため、白箔王がジルヴァラに剣を向ける理由がわからず首を傾げ、周囲の人間を見渡すが、こちらも状況がわかっていないようで戸惑いの表情を浮かべている。

 一応顔見知りのケセルや紅濫に目を向ければ、お前が何とかしろと険しい表情で語っている。

「あー、その、えーと」

 最終的にズヴァルトの言葉でヴィルヘルムスは剣を降ろし、いいかげんヴィルヘルムスの相手をするのが面倒くさくなってきていたジルヴァラも、最終手段に出ずにすんだ。

最後の部分、なんだかゆるい感じになっちゃった。

詳しい後書きはブログにて


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