海の騒乱 3
扉を開けると、いわゆる修羅場だった。
「ごきげんよう、赤麗国のみなさん」
「ナハト代表か」
赤い衣装を来た団体が壁から生えている縄に囚われていて、別の集団が彼らを傷つけようと剣を振り上げていところだった。
そしてよく見れば赤い団体は昨日遠目から見かけた赤麗国の人たちだった。別の集団は見慣れない格好をしているけれど、こちらもほとんどが赤い髪。
私の姿を見て赤麗国の一人が叫ぶ。
「黒闇国は朱家側だったのか!」
「しゅけ?」
聞きなれない単語に首を傾げる。状況がわからないのでひとまず肩のザウトに触れて合図を送る。
『はいです』
ザウトの返事が頭の中で響き、赤い集団を捉えていた縄の一部がゆるんで別の集団の手足をとらえ、まとめて全員身動きできないようになった。
これでゆっくり話が聞けるわ
「何者だ一体」
「くろやみ国のナハトです。この騒動、赤麗国が起こしたのですか?」
赤麗国だけ会合に現れない中でこの状況だもの。一番に考えられる事だわ
「違う!」
低い声がして一人が縄に縛られながらもがく。深い赤色の頭髪に口ひげ、飾りのついた帽子と裾の長い上着に身分の高い人物だとわかる。
「お初にお目にかかる。私は紅衛、今回の会合での赤麗国の代表を努めている。今回はこやつら朱家の者たちの仕業。我々紅家を陥れようとしてのことだ」
そう言って紅衛はあごで目の前の集団を示す。
じゃあこの人達は敵対している朱家の集団ってことね。でもそれで他国も巻き込んだ大規模なことになるのかしら?
「もう少し皆さんの事情を教えていただきたいのですけど」
「わかった」
説明をきくと紅家と朱家はどちらも赤麗国の名家で、国内の権力を争って対立しているらしい。カラノスの言っていた派閥争いの当事者達という訳ね
「ただの内輪もめでしたら立ち去らせていただきます」
この状況だから仕方ないけれど、他国の内部問題にはあんまり深入りしたくない。急いで脱出する必要があるし、このまま放置して立ち去るのがいいかもしれない。
「待て! 黒闇国の代表、なんで勝手に出歩けているのか知らないが、聞きたいことがある」
今度は朱家と言われた集団の一人が声を上げる。
「なんでしょう」
「あんたは俺たちと紅家とどっちに着く?」
「どういうことでしょうか」
「我々の側に着くのなら身の安全を保証する。ここは海の上だ。我々の協力なしに元の場所へ帰れると思うか?」
男の言葉に別の一人が続ける。
「これは今各国の代表に尋ねていることだ。契約が結ばれれば無事に元の場所へ帰れるぞ」「紅家につきます」
「だがもし紅家につくのなら……何だって?」
「紅家につくと言っているんです」
そう言いつつザウトに合図を送ると、紅家の拘束だけが解除された。
「それでは朱家の皆さんは大人しくしていてくださいね」
朱家の集団は縄が全身に絡みつき、意識を失った。
『攻撃しようとしたので縄経由で意識を落としましたです』
「おいおいナハトさんよ、相手に媚び売って情報を引き出す機会だってのに、なに真逆のことしてんだ」
縄から開放された紅濫が起き上がり、相変わらずの赤いぼさぼさ頭を震わせ呆れたように笑う。
ああ、そういったことに使えるのねさっきの会話。
「精霊がついている側の方がまだ信用できますから、そう答えただけです」
そう言って紅濫の背後を見る。
「バレてるみたいだな」
立ち上がった紅濫と紅衛が互いに目配せする。
「本来は結界付きの飾り物でごまかせているはずだが、こういった事はナハト代表の方が一枚上手らしいな。どうりで代表も騎士達も術で解析できなかったわけだ」
「うちの国精霊については内密に願う。赤麗国は表向き精霊の助力は受けていないことになっているんでな 」
「わかりました。ではこちらからも一つあります」
私は彼らの背後から目線を外し、紅衛に向き合う。
「なんだ?」
「黒闇国ではなく、くろやみ国です。正式な発音でお願いします」
「わかった」
「ところで、赤麗国は精霊を加工して道具にするのですか?」
そう言って私は床に転がる剣を指さす。
突然の話題に紅濫がわずかに首を傾げる。
「全てではないが、人工精霊を組み込んだ物は一部の者が使っている」
部屋で昏倒している朱家の集団を見る。彼らの使っていた武器、あれからは精霊の気配がする。しかも……
「人工精霊ではありません。あれの元はおそらく二等級の精霊です」
「そうなのか?」
紅濫が驚きの表情で朱家の装備を見る。
「最近変わった武器が増えてきているとは思っていたが、そんなものまで出回っているのか」
「玄執組が関わっているんじゃないですか? あいつら精霊を変な形で商売に使っていると聞いてます。それに、ここ最近では朱家と取引があるとの噂もありました」
紅濫の傍にいた赤い軍服姿の青年が言う。
玄執組? またやっかいそうな組織の名前が出てきたわ
「朱家に精霊狙いの海賊か。どっちにしろ俺達はさっさと脱出したほうがいいな。あんたもそうだろ」
紅濫が部下らしき軍服達に指示を出しながら見下ろしてくる。
「ええ、そうですね。それと、他の会合参加者が捕らえられている場所を複数確認しています。手分けして探したほうがいいでしょう」
どこか人のいない場所に隠れているつもりだったけれど船の中じゃ限界があるし、どうせ騒がしくなるなら規模を大きくした方が逃げ道も産まれやすくなるはず。
「青嶺や白箔あたりが囚われているのか。くろやみ国よ、我々と協力しないか?」
いつの間にか近くに立っていた赤麗国の代表の紅衛が言う。紅濫の傍に立っていると気が付かなかったけど、この人もけっこう背が高い。あと、顔が怖い。
「戦闘は一切できませんので、もしもの時に守っていただけるのでしたら」
「そいつは本当に信用できるのですか。我々を騙すつもりかもしれませんぞ」
赤い軍服姿の1人が声を上げる。
「そこは大丈夫でしょう」
ほっそりした細身の初老の女性が進み出てきた。鮮やかな赤い髪をきっちりと結い上げ、紅衛に負けない鋭さのある目付きをしている。
「ここまでして騙そうというのも無意味。くろやみ国にとっては会合を再開するためにも紅家に協力するほうが好都合でしょう」
視線を送られ、ゆっくりと頷く。
「ええ。我々の優先事項は会合の再開です」
なんのためにわざわざここまで来たと思ってるのよ。
「紅梅、ナハト代表の守りを」
「はい。紅祢さま」
女性の言葉に軽装の鎧をつけた女の子が進み出る。腰を締めている幅広の帯の端を引き裂き、中から2本の金属棒を引っ張りだす。それから高い位置で2つに結っていた髪を解くと髪飾りの中から金具を取り出して棒をつなげた。
赤麗国の衣裳って布が多くて動きにくそうだと思っていたけど、色々と隠し持てて便利そうね。
「赤麗国の文官長の紅祢、そして直属の守衛隊の紅梅が責任をもってナハト代表をお守りしましょう」
そう言って 紅祢はうっすらとしわを動かし、微笑んだ。
「ありがとうございます」
◆
◇
白箔王は部下達との口論に近い話し合いを無理やり切り上げ、維持し続けていた結界を解除する。補佐官のオレマンスが邪魔をしようとするが、その前に解除は終わった。
「ヴィルヘルムス王!」
部下の怒りの声に耳を貸さず、ヴィルヘルムスは早口で喋る。
「近衛隊が行方不明のままなのでくれぐれも気をつけなさい。我々と違う場所に転移させられているなら合流する方法を探してください。ただし裏切っている可能性もあります。緑閑国にあれだけ巣食っていた連中ですから他の国にいてもおかしくはない」
「わかりました。ですが我々は貴方の救出を最優先にしますよ」
もう一人の補佐官であるファンフリートが痛みに耐えるような苦笑いで言う。
「ええ、私が自力で脱出してしまう前に間に合うことを期待しています」
結界が消えると白箔国の使節団の姿は白い光に包まれ、ヴィルヘルムスを残して全員消え去った。
「転移直前にとっさに結界を貼り、それを利用して転移返しをするとは。よくこの中で結界を維持できていたのう」
同じ部屋の反対側にうずくまっていた青嶺国のキョプリュが感嘆しながら言う。
「慣れですよ。普段から結界を維持するのに慣れているので出来たんです。さすがに二重結界は疲れましたが」
壁に背を預け、ぐったりと座り込みながらヴィルヘルムスは答える。荒くなっていた呼吸を深いものに変え、整える。
「とっさに彼らに対し結界を張ったのは私ですし、送る側は残らないといけませんから」
「ずいぶんと横暴な王様をやっているんだな、ヴィルヘルムス」
ケセルが呆れつつ言う。かつて青嶺国に滞在していた関係から、彼は即位前からヴィルヘルムスと面識がある。
「王は不在でも国を動かす。そのための補佐官ですよ。必要な指示は既に出してあります。それに、私はちゃんと帰還するつもりです」
淡々と言いながらヴィルヘルムスは意思の宿った瞳で目の空間ではない、どこか遠くを睨んだ。