海上の会合 2
こっからが長いんだ
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◇
室内に入ると白箔王はくろやみ国の代表のいる席へとまっすぐ向かう。だがあと一歩の所で銀と黒の甲冑騎士たちによって静かに行く手を遮られた。
「白箔王、あなた方の席はあちら側ですよ」
黒色の騎士が国の代表を守るように立ち、銀色の騎士が一歩前に出て丁重に言う。見慣れない形の甲冑に包まれた姿からはその内側の表情を知ることは出来ない。
「あなた方に尋ねたいことがあります」
「ご質問は白箔国の席に座られてからどうぞ」
物々しい雰囲気を出す白箔王に対し、銀色の鎧はゆっくりと手で席を示す。
「落ち着けいヴィルヘルムス王。まだ会合は始まっておらんぞ」
「……そうですね。失礼しました」
青嶺国の前王キョプリュがやんわりと言い、ヴィルヘルムス王は表情を変えることなく自国の席へと向かう。それを見て不安そうな顔をしていた白箔王の部下たちは安心したように王の後に従った。
「白箔国の王を務めているヴィルヘルムスです。こちらは補佐官のファンフルリートとオレマンス。後ろに立つのがテオフィル以下護衛団の面々です。どうぞお見知りおきを」
白箔王と文官達が礼をして席につき、護衛達が背後に立つ。
「そしてこちらが」
そう言いながらヴィルヘルムス王が隣の席にカンテラを置くと、中から光があふれ出し、一瞬のうちに精霊が現れた。白く優雅な外套をまとい、頭には白い円筒状の帽子を乗せ、肩に輝く黒髪を垂らしている。
「我が国の精霊オーフです」
紹介に合わせて白箔国の精霊オーフは無言のまま優美な会釈をする。くろやみ国代表が精霊に会釈を返すと、精霊は深く微笑む。
白箔国の団体が席に着く様子をじっと佇んだまま見ていたくろやみ国の代表は、彼らが落ち着くのを確認すると、自身も黒いヴェールをゆらめかせ静かに椅子に座った。
「オーフか、久しいの。実はこの会合は七十年ほど前にも開かれておっての、その時は青嶺国、赤麗国、白箔国、緑閑国、黄稜国が揃ったんじゃ。いや、懐かしい」
キョプリュ前王が白箔国の精霊を眺めて感慨深そうに言う。ハーリカ王妃が背中と椅子の間に小ぶりのクッションを置くと、ゆったりと深く背を預け、ひとつため息をつく。
「だが時代は流れ、変わっていった。あの黄稜国が滅び、赤麗国に吸収され、緑閑国も今回欠席となった。国内がごたついておって誰も来れんそうじゃ。あそこは精霊達もあらかた行方不明での。もう知っておるかもしれんが、今後は青嶺国が管理する事になっておる」
「まだ混乱は収まらないのですか?」
ヴィルヘルムス王の言葉にキョプリュ前王は頷いた。
「どうにものう、ごたごたが片付かんのじゃ。今うちの息子がそれであちこち駆けまわっておる。だが新しい国も生まれ、こうして参加してくれたのは頼もしいことじゃ」
そう言ってキョプリュ前王が視線を送ると、くろやみ国の代表が会釈した。
「……くろやみ国代表のナハトです。この騎士達はズヴァルトとジルヴァラ。ジルヴァラの肩にいるのは竜のブルムです。本日はよろしくお願いいたします。白箔王」
「どうも。こちらこそ、よろしくお願いします」
ヴィルヘルムス王は静けさをたたえた表情と硬い声で返事をする。
それに対するくろやみ国のナハト代表の表情は窺い知れない。
「まだ来ていない主要国は……あとは赤麗国ですか」
白箔王は腕を組み、反対側の席のくろやみ国陣を見つめながら低い声で言った。
◇
「ジェスル先輩、ちゃんと結界を張ってください!」
「やってるっつーの! お前、これどんだけしんどいかわかってんのか?」
ジェスルは移動艇の先端に青く光る剣を突き立て、船体をまるごと抗精霊術の結界で覆っていた。結界の外には移動艇と同規模か、それ以上の大きさの海獣型精霊が数匹、とってもじゃれつきたそうに周囲を泳ぎまわっているのが見える。
「いいですか! この結界が切れたら先輩を海へ放り出して我々は逃げますからね!」
「わかってるよ! ちきしょー陸はまだか!」
ジェスルは額の汗を振り払いながら半分やけくそになりつつ叫ぶ。
「あれ? 大空騎士団の旗艦があんなところに」
見れば、騎士団の一人が指差す方向に大空騎士団の旗をかざした大型船が浮かんでいる。
「航行予定はなかったはずだよな」
「はい」
「おい、あそこに近づけろ!」
旗艦に近づくと精霊達は泳ぎ去っていき、ジェスルは抗精霊術を解除して乗り込んだ。
「やあジェスル王子。休暇はどうでした? ちょうど迎えに行こうとしていたところだったんですよ」
「大きさからして、やっぱり団長の旗艦だったか」
そこには海風に薄紫色の髪を遊ばせる、大空騎士団団長のエシルがさわやかな笑顔で立っていた。
「ジェスル兄ー!」
「会いたかったあぁあ」
「うおっ」
突然の声と共にエシルの背後から小柄な人影が2つ飛び出してジェスルに体当たりをしてくる。
「げ、シナンにレイス、お前らここで何してんだ!」
「ソルとサーグに頼み込んで、大空の人たちのとこまで釣り籠で運んでもらったんだ」
ジェスルが弟達が指差す甲板の奥に目をやると、副団長のユリアが二頭のグリフォンにオレンジを与えているのが見えた。
「あいつらが動いたってことは、よっぽどの用事か?」
「大変なんだよ兄ちゃん! これみて!」
そう言うとシナンが青い三つ編み髪をほどいて青嶺国王家専用の法術で編んだ極秘文書を渡す。薄く光るリボン状のそれを手にし、ざっと眺めたジェスルは顔色を変える。
「おい……この情報どこで手に入れたんだ」
「精霊のオーレが持ってきたんだ。かあちゃんとじいちゃんが危ないんだよう。兄ちゃん。助けて!」
レイスがジェスルにしがみつき叫ぶように言った。
「団長、あんたには状況がわかっているのか?」
「細部のいくつかは把握しているが、全体はわからない」
弟たちをなだめながらジェスルが上司の顔を見ると、エシル団長は相変わらず微笑んでいたが、まとう雰囲気には緊張が含まれており、大規模な仕事の際のものになっている。
グリフォン達の相手をしていたユリア副団長が報告に来た部下を連れ書類を手にやってくる。
「エシル団長、会議の準備ができました」
「わかった。ありがとうユリア。さあジェスル、君の持つ情報もあわせる必要がある。急ぎ確認作業を始めよう」
エシルはすっと笑みを消し、まっすぐにジェスル達を見下ろす。
「我々は水面下の大きな動きを見逃していたようだ。各国首脳陣に危機が迫っている」
◇
◆
指に鋭い痛みがあり、見れば膝の上にいたはずのザウトが床の上で私の手をつついている。
「ナハトさま、ナハトさま」
「あ、あら? ザウトちゃん? どうしたの?」
「気が付かれましたか。身体は大丈夫ですか?」
「え、ええ。大丈夫だけど……どうしちゃったの私。ここはどこ?」
気がつくと私は薄暗い床にしゃがみこんでいた。
「え? ちょっと? どういうことよ?」
確か、他の小国が集まって、会合の時間になっても赤麗国の代表団が現れなくって、
「おかしいですね。遅すぎやしませんか? もう時間がきているというのに。おい、ちょっと見てきてくれ」
とかなんとかケセルが言い出し衛士達が扉を開くと、勢い良く何かが飛び出してきて、びっくりしている間に身体に何かが巻きついてきて……
「ナハトさま、我々は何者かによって強制転移されました」
ちょっと、それどういうことよ!
うおー
ちゃんとみんなついて来いよー
2012/08/31 加筆修正