海上の会合 1
「ファムさま、隠れてしまうのに化粧をするんですか?」
「これはね、サユカ。気合よ、気合を注入しているの」
「きあいって粉でできているんですか?」
「ザウトちゃん、気持ちが重要なのよ」
大小二羽のふくろうに見守られながら、私は鏡の前に座り顔にクリームやパウダーをのせていく。前々からこの日のために睡眠や食事、軽い運動やスキンケアにも細かく気を使ってきた。おかげでお肌は万全の状態。お化粧ノリが最高だわ!
どうせ黒いヴェールに覆われてしまうので見られることはないけれど、気持ちとしては晴れ姿でいきたい。なので最低限の化粧はしっかり施す。
「朝食の準備が終わりましたわ」
「ありがとうハーシェ。アナタも化粧する?」
「はい。もちろんです」
途中で化粧を直す時間があるか怪しいから、崩れやすい部分は最低限に。アイカラーは薄いピンク系にして、唇にはリップ。
「わたし、この水色を使ってみたいです」
「いいわね! 絶対似合うわよ」
二人できゃいきゃいやっていると、レーヘンがやってきた。
「おはようございます」
「おはよう、レーヘン。精霊達の会合は大丈夫だった?」
精霊は眠らないので国精霊達の集まりは昨夜のうちに開かれていた。レーヘンだけでちゃんとやれるか心配だったけれど、人間は参加できないし、精霊には精霊の掟があり私は口出しできないので、昨夜はハラハラしながら見送った。
「はい、しっかり終わりました」
「結果はどうだったの?」
輝く銀髪がゆれ、精霊は爽やかに微笑む。
「今回参加した国精霊は、満場一致でくろやみ国を認めてくれました」
「よかった! じゃあ、あとは人間側から認めてもらうだけね」
「はい」
朝食を食べ、すっかり準備が整うと黒いヴェールを身にまとう。
「じゃあ、行ってくるわ。夕方には戻ってくるから、それまでハーシェ、サユカ、お留守番よろしくね」
「わかりました。ファムさまもお気をつけて」
「いってらっしゃいませ」
「いくわよ、ズヴァルト、ジルヴァラ」
「はい」
「ええ」
両肩にブルムとザウトを乗せ、ズヴァルトとジルヴァラを引き連れて海の上の廊下を歩く。途中警備に出ている各国の騎士達からの緊張した視線を感じつつ第一広間へ向かう。
扉を押し開け、不安も緊張も吹き飛ばすつもりで明るく声をだす。
「さあ、くろやみ国世界デビューよ」
「誰もいませんね」
もちろん、それを狙って来たのよジルヴァラ。
部屋の中は真新しい静かな朝の空気に満たされている。
外の海に広がる朝霧の先から届く日差しはまぶしいけれど暖かくて、なんだか空にも応援されている気分になってきた。
黒と銀の騎士達が部屋の最終点検をしている中、楕円の形に並ぶ椅子を数え席を確認する。椅子の輪は二重になっていて、内側は今回の会合開催の中心になった国。外側がその呼びかけに応じたそれ以外の国々。
「本当の意味は特級精霊がいる国とそうでない国ってことなのよね。人間の国限定だけど」
これは内側の席に座る国しか知らない情報。精霊達が趣味で作ったランキングは内側の国の一部の人間しか知らないので、表向きこの会合は青嶺国主催の小規模な国際交流の場ということになっている。
その割には大陸の三大国が揃っちゃうけれど
「会合には精霊も参加しますが、政治や国の主要部分に精霊が存在するのを嫌がる国もあり、表向き精霊と公表していない者もいますので、会合中は誰が精霊であっても気にせずにいて欲しいとのことです。まあ、たいていどこも国の中枢にばっちりいたりはするんですが」
「緑閑国にも精霊はいるのか?」
「ええ、以前は。今は国を離れています」
ズヴァルトとジルヴァラが会話している脇で自分の席に座る。
主催国である青嶺国の数席隣の、この1席だけがくろやみ国の場所。
ゆっくりと周囲を見渡すと、あることに気がついた。
ここ、白箔国側が思いっきり向かい側にくるわね……
「やっぱり机を出しましょう」
「え、邪魔になるから無くすんじゃありませんでしたか?」
「ほら、書類とか配るかもしれないじゃない」
向かいとの間に何か置かないと落ち着かないじゃないこの位置!
「はあ……警備上はあまり無いほうがありがたいんですが」
ジルヴァラがぶつぶつ言いながらも、部屋の装置を操作して床下からそれぞれの席の前に半透明の机を出してくれた。
「ありがとう」
ヴェールの下でスカートや上着を整え、それから抱えていた羽毛を膝の上に乗せると、ヴェールはふんわりと形を変え膨らみは目立たなくなった。
「ザウトちゃん、息苦しくない?」
「へいきです」
ふふふ、このヴェールがあってよかったわ。これでザウトを膝の上に隠すことができるんだもの。これで私の背後にズヴァルトとジルヴァラ(肩にブルムちゃん)が並び立てば、くろやみ国の配置は完成。
「あなた達の立ち位置はそこで大丈夫? 長時間になるし、疲れそうなら椅子を増やしてもいいのよ」
「ただ立つだけなので平気です。俺は発言する予定はありませんし、こちらのほうが安心して警備に専念できます」
「同じく」
騎士達と会話していると入り口が騒がしくなり、青嶺国の代表が入ってきた。
「ほうほう、くろやみ国が一番乗りかの」
杖をついた老人を中心に、老人を支えながら歩く小柄な中年女性。背後に昨日会った警備担当のケセル青年とその配下。
「儂はキョプリュ。この会の主催者で、先代青嶺国王をやっておったおいぼれじゃ」
薄い水色の髭をたらし、様々な青色で刺繍された外套を着こなしたおじいさんが言う。
ふふふ、海賊から事前情報はばっちり仕入れているわよ。
このおじいさんは一見ほのぼのとしているけれど、じつは侮れない人物。
キョプリュ前王は在位中賢王と評されていてとても評価が高かった。おかげで今でも国内だけでなく、各国に絶大な影響力を持っている。退位後は表舞台から退き、めった現れる事はない、いわば影の実力者……なんだけど……
「さあ、ゆっくり座って、杖はここでいいかしら? あら、おじいちゃん、よだれが」
「おう、すまんのう」
実物を目の前にするとなんだか力が抜けちゃうわね。もっと眼光が鋭くて怖いおじいさんかと思っていたのに、だいぶ印象が変わったわ。
いえ、油断させようって考えなのかもしれないわ。見た目に騙されないようにしなくちゃ。
「今日はよろしく頼むの。こっちはつきそいで来てもらった現王妃のハーリカ」
「よろしくお願いいたしますわ。くろやみ国の皆さん」
ハーリカ王妃が紹介されてやわらかく微笑む。
青い巻き毛の上には濃い青色の帽子がちょこんと飾られ、連なった真珠飾りと水色の羽が揺れる。帽子と同じ色の落ち着きのあるドレスにも同様の真珠飾りと波しぶきのように白いレース飾りが嫌味なく飾り付けられている。
「こっちの紺色坊主が護衛のケセルと、あとはその部下じゃ」
「昨日ぶりですね。改めて、よろしく」
ケセル青年は昨日と同じく紺色の長い髪を後ろで一束にし、革と金属で出来た軽装の鎧を身に着けている。
さあ、挨拶には挨拶を返さなくては。ザウトを手に持ち、静かに立ち上がり青嶺国の代表に向き直る。
「青嶺国のみなさん、本日はこの場に呼んでいただきありがとうございます。私はくろやみ国使節団代表のナハト。こちらは護衛のズヴァルトとジルヴァラ、ジルヴァラの肩にいるのは竜のブルムです」
「おお、よろしく頼む。ナハトさん」
「まあ、可愛らしい子竜さん。なんていう種類なんですか?」
「……この子は保管していた古い卵を孵しましたので、わからないのです」
「護衛の騎士は大空騎士団の闘技場で活躍したお方かの?」
「ええ、ズヴァルトがそうです」
「格好いいのう」
ハーリカ王妃もキョプリュ前王も、きらきらした目で質問してくる。なんだか、好奇心いっぱいの人達ね。ジェスルの家族というのがよくわかるわ。
「ところで緑閑国から来た竜騎士をご存知でしょうか? 妹の治療のために以前そちらに滞在していた」
「覚えておる、覚えておる。立派な騎士じゃった。妹のことでえらく難儀な目にあっておった。随分前に旅立ってしまったが、うちの者たちもえらく心配しておった」
「彼ら兄妹は今我が国に居ます。かつての礼をしたいそうですので、後ほど時間を頂けますか?」
キョプリュ前王はフサフサの眉毛をあげ、目を見開いた。あ、瞳の色は深い青色なのね。
「無事に生きておったのか。そうか、そうか。是非話を聞かせて欲しいの。どうかの、ケセル」
「明日の午前中なら」
「それでは後ほど時間の調整をいたしましょう」
これで一つ目的を達成出来たわ!
ヴェールの下でほっとひと息ついた時、入り口から声が聞こえた。
「おまたせしました」
かつて私が、よく知っていた声。
「おお、白箔王、おぬしちゃんと間に合ったようじゃの」
「心配をおかけしまして、申し訳ありません」
キョプリュ老人が声をかけている方向をゆっくりと見る。
そこには、白箔王がいた。
痩せたかしら?
しばらく見ない間に背丈が伸びて、肩周りも一回り大きくなっている気がする。
白を基調にした細かな刺繍がされた裾の長い王の衣裳を着こなし、背筋はすっと伸びていてとても格好いい。
朝日に輝く白金色の髪は実際に触るとさらさらしてとても手ざわりが良いのを知っている。目元はきつく、よく実った小麦畑のような金色をした瞳は暗い影を持ち……こちらをものすごく睨んでいる。
泣いてもいいかしら?
精霊達の会合は後日番外編に投稿予定です。
2012/08/31 加筆